第100話 すばる望遠鏡

☆今回はケイ視点でのお話です。


PiPiPiPiPi……


「ん……」

 目覚ましの音に、ゆっくりと目が覚めていく。

 時計を見ると……0時。

 普段と違うサイクルで寝ようとしたものだから、なかなか寝付けなく。

 さっき寝たばかりで、あまり寝た気がしないわね。

 隣のベッドで寝ているスミカは微動だにしない。

 この子、ちゃんと起きるかしら……。


バシャッ!


 眠たい目を覚ますように、冷たい水で顔を洗う。

 昼間温かいハワイとはいえ、さすがにこの時間の水はひんやりしている。

 寝癖も直して……よし、とりあえずは大丈夫かな?


 洗面所から戻ると、予想通りスミカはまだ夢の中だ。

 まぁ、スミカの目覚ましの音がずっと鳴っていたから、わかってはいたけれど。

「スミカ、起きなさい。

 もう時間よ」

「う……ぅ?

 あれ、ボク…………」

 一瞬目を開けて、そのまま閉じる。

 って、

「ちょっと、そのまま寝ない!」

「ふぁ!?

 ……む、おはよう……?」

「はい、おはよう。

 ほら準備してきなさい、集合に間に合わないわよ」

「ふぁわああぁい」

 大きなあくびしちゃって。

 髪もボサボサだし、仔猫ちゃんたちには見せられないわね。


 今日は星空&日の出を見たあと、いよいよ『すばる望遠鏡』見学だ。

 一日中星とともに、なんてとっても贅沢。

 すばるんと同じ名前の、世界一大きな望遠鏡

 色々写真とかお土産とか買っていってあげないとね。

 ふふふ、うらやましがるかしら?


「おや珍しい、ケイがにやけてる」

 さっきまでの寝ぼけ眼はどこへやら。

 すっきりした顔でスミカが戻ってきた。

「え? にやけてなんかいないわよ?」

「いやいや、すごく嬉しそうだったよ?

 なんかいいことでもあった?」

「別に何もないって」

 普通だと思うんだけど。

 なんとなく頬を手で押さえてみる。

 当たり前だけど、自分ではよくわからない。


「……あ、化粧水と日焼け止め塗らないと。

 スミカもちゃんと塗りなさいね」

 そんなことより、問題はハワイの日差しだ。

 バッグから自分の分とスミカの分(どうせ持ってこないだろう、と持ってきたら案の定だった)を出して渡す。

「いいよ、めんどくさいし」

「シミになってもいいなら」

「……うう」

 渋々と受け取るスミカ。

 この会話、こっち来てから毎日してるわね……。


 準備を終えてホテルのロビーに向かう。

 全員が集まったらバスで出発だ。

 富士山より高い山へバスで行ける、というのはなんか不思議な感じ。

 そんな所へ徒歩で、とか言われても困るけどね。


 バスはおよそ2時間ほどかかるらしい。

 真夜中で景色が見えるわけでもないので、おしゃべりをしていた子たちもあっという間に夢の中へ逆戻り。

 かくいう私も……。


「それでは、いったんこちらで降ります~。

 軽食がありますので、受け取ってくださいねー」

 バスガイドさんの声にふと顔を上げると、バスはすでに停止していた。

 ちょっとうとうとしている間にオニヅカビジターセンターへ到着したみたいだ。

 ここですでに標高2800mとか。

 富士山で言うだいたい7合目くらい。


 一気に登ってきたというのもあって、少し標高に体を慣らすため30分ほどの休憩が挟まる。

 受け取ったサンドイッチを食べながら、空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。

「すごいわね」

「うん、これはすごい」

 横で同じように上を見上げていたスミカがポツリと漏らす。

「でも、この後、もっとすごい所に行くんでしょ?」

「らしいわね。

 建物もなにもない、星空の海にダイブできる、だったかしら?」

 受け取ったガイドブックに書かれていた文言を思い出しながら答える。

 多少大げさな書き方なのだろうけど、こうして実際に見ると、あながち嘘でもないのかもしれないと思える。

「すばるんにも見せてあげたいなぁ……」

「ん? 何か言った?」

「……何も言ってないわよ」

 どうやら口に出ていたみたいだ。


 時計を見ると時間は3時過ぎ。

 確か時差がマイナス5時間だから、日本は今22時くらい、か。

 まだ起きてるかな?


 リュックからスマホを取りだす。


『すばるん、起きてる?』


 メッセージアプリを立ち上げて送信。

 まぁ、寝てたら寝てたで、あとで写真だけでも送ってあげよう。

 返事を待ちながら残りのサンドイッチを食べてしまう。

 スミカや友達と他愛のない話をしているうちに、あっという間に30分が経過。

 今日は早く寝てしまったのかな?

 残念。


ぴろりん


 と、思っていたら、立ち上がりかけた所でやっと返事が届く。


『あ、ごめんなさい! お風呂入ってました!』

『あら、そうだったのね』

『何かありましたか?』

『そういうわけではないんだけど。

 星空見学に行く前に、高山病対策でちょっと休憩時間があってね』

『ちょっと暇だったんですね?』

『ふふふ、そうかもね』


「おーい、ケイ?

 行くぞ―」

「ええ、わかってるわよ」


『ごめんね、ちょうど休憩が終わっちゃったので行くわね。

 また後で写真送るから』

『はい! 待ってます!』

『あ、もっと遅い時間になるかもしれないから、眠かったら寝ちゃってね。

 朝起きてから見てくれたらいいから』

『はい!』


「ケイ~?

 置いてくぞ―」

「今行くわ」

 スマホをリュックにしまって歩きだす。

「なんか、朝から妙にご機嫌だなー」

「そうかしら?」

「うん、明らかにニコニコしてる」

「そ、そう?」

 言われて頬を押さえる。

 朝にも同じことをした気がするけど、やっぱりよくわからない。

 うーん。


「さっきのって、すばるちゃん?」

「え?」

 そのまま歩いていると、突然そんなことを聞かれる。

「さっきの、って?」

「スマホ」

「ああ」

 なんのことかと思ったら。

「そうよ」

「そっか」

「うん」


 不思議な沈黙が訪れる。

 スミカは、何が言いたいのかしら?


 集合場所まで戻ると、体調についての確認が行われ、全員での移動が始まる。

 バスでちょっと行った所にベストスポットがあるのだとか。




 バスから降りると、目の前には星の海が広がっていた。

 ここまでとは。

「これは……すごいな」

「ほんと、すごいわね……」

 さっきはガイドブックの表現はあながち嘘では内科も、なんて思ったけれど。

 実際に目の前にすると、むしろ控えめなんじゃないか、と思えるほどだった。

 すごい、以外に言葉が出てこない。


「1時間後にバスまで戻ってきてくださいね。

 暗いので、くれぐれも足元にお気をつけて」

「はーい!」

 ガイドさんの声に、めいめいが分かれて歩きだす。


 そうだ、写真。

 再びリュックからスマホを取り出してパシャリと1枚。

 ふふ、そういえば、夏合宿のときもこんなことしてたわね。

 こういう時だけは、マキちゃんが持っているようなすごいカメラが欲しくなるけど。

 スマホの写真で我慢してもらいましょう。


「ケイ」

「ん?」


パシャリ


「ふっふー、ケイを激写!」

「もう、何してるのよ」

 他にも星空観測をしている人もいるので、手元の小さい明かり以外はフラッシュは禁止。

 だから、こんな真っ暗じゃ誰だかわからないでしょうに。

「あとですばるちゃんに送ってあげよう、っと」

「……なんでそこですばるんが出てくるのよ?」

「……なんでか、言ってもいいの?」

「…………」

 急に真面目な顔で言われたものだから、言葉に詰まってしまった。

「言われなくても……わかってるわよ」

「ん」


 再び沈黙。

 空を見上げると、いや、見上げるまでもなく目の前には星の海が待ち構えている。

 なんとなく、スミカの顔を見ることができず、遠くを見たまま柵に寄りかかる。

「ねぇ。

 どうしたらいいと思う?」

「そんなの、ボクにわかるわけないじゃん」

「そうだよねぇ……」


 吸い込まれそうな星空に包まれながら大きく息を吸う。


 まだ『好き』というものはよくわからない。

 でも、『怖い』というのはなくなってきた気がする。

 きっとすばるんに惹かれていっているのも間違いないのだろう。

 だけど。


 まだ、私にはよくわからない。

 どうしたいのか、よくわからない。

 ただひとつ。

 今確実なのは――


「すばるんに会いたい」


 そっとスミカが離れていった気配を感じる。

 私はそのまま空を見上げ続けていた。



 その後。

 日の出、すばる望遠鏡見学を終えて。

 帰路についた。

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