第15話 銀の月 金の星
私――アレサンドラ・ステラは、根本エレクトラが苦手だった。
いや、今にして思えば、嫌いだったのかもしれない。
輝くような金髪と、誰からも好かれる明るい性格。
私と同じように日本人らしからぬ容姿をしているのに、私と違って皆に溶け込んでいる、そんな姿があまりに眩しく――私には痛いほどだった。
そんな太陽のように輝く彼女を、遙か遠くから眺める星のように思い、きっと交わることなどないのだ、と勝手に決めつけ自ら遠ざかっていた。
けれど――
「あ、あの! 先輩!
卒業、おめでとうございます!!」
「おー、トラ! ありがとなー。
「は、はい! あ、いや、その、そうじゃなくて」
「ん? なんか用事か?」
「あ、あの……
先輩! ずっと、ずっと好きでした!!」
それは、不運な通りがかり。
盗み聞きする気なんて全くなく、だからといって出て行くわけにもいかず。
私は物陰から一部始終を見ることになってしまった。
「お、おう。
そか、うん、ありがとう。
うれしい……んだが、うーん、トラのことは男としてしか考えてなかったから、変な感じだな。
わりいな」
「……あ、あの……すいません……
わ、忘れてください!!!!!」
そう言って走り去る彼女。
「トラ…………」
いや、『トラ…………』じゃないでしょう?
何なのあの人。
いくらなんでもその言い草はないじゃない?
『男としか見れない』とか、どんだけあの子のこと見てなかったの!?
いや、思ってても普通言わないわよね、そんなこと。
でも。
それを言ったら、私も同じか。
あの子のあんな顔、初めて見た。
こんな顔するんだ、なんて思ってしまった。
そうよね。
どんなに眩しいからって、いつでも輝いていられるわけではないのよね。
彼女が走り去った方へゆっくりと歩みを進める。
大丈夫だろうか。
……なんて、大丈夫なわけないわよね。
今までの私なら、あの子が泣くところなんて想像もできなかったし、言われても信じられなかっただろうけれど。
でもきっと、泣いているんだろうな。
泣いている、か……。
私はいったい、何をしようというのだろう。
今までまともに会話をしたことすらないのに、どうしたいんだろう。
うーん。
教室へ着くと、すぐにエレクトラさんが見つかった。
机に突っ伏して泣いて……寝てる!?
呆れた。
いや、そうでもないか。
これは、彼女なりの逃避なのだろう。
それから二時間。
私は、エレクトラさんの横でずっと寝顔を眺めていた。
長いまつげ、整った顔立ち。
普段は男らしい雰囲気もあるのに、寝てると可愛らしい。
けど……このままってわけにもいかないわね。
この時期、すぐに日が落ちてしまうもの。
さて、一芝居しますか。
「あら……まだ教室に残ってる人がいるなんて。
……寝てる??」
「……ん、んぅ?」
「おはよう、もう外は真っ暗ですわよ?」
既に18時を過ぎている。窓の外を見ても、すっかり夜だ。
「あ、いや、その。
起こしてくれてありがとう」
「いいえ。
こんな所で寝ていると、風邪引きますわよ?」
「そ、そうだな、うん」
「では、
ごきげんよう」
「お、おう、じゃーな」
うん、なかなかの名演技じゃない。
それから。
私とエレクトラさんはよく話すようになった。
「そのさー、『エレクトラさん』ってのやめようぜー。
なんかこう、背中の辺りがむずむずしてくるんだよなー」
「あら、素敵な名前じゃない、エレクトラ、って」
「別にな、嫌い、ってわけじゃないんだけどさー。
みんな『トラ』って呼ぶし、それで頼むよ」
「わかったわよ、トラ」
「うん、ありがとう、ステラ」
そうこうしているうちに、あっという間に『あの日』がやって来て、私たちは正式にお付き合いをする間柄となった。
それから、2年とちょっと。
この間中学校を卒業したと思ったら、もう進路を考えないといけないらしい。
ガラガラッ
「おかえりなさい、トラ」
「おー、ただいまー。
……つっかれたー」
生徒会室に入るなり、荷物を放り出したトラが机に突っ伏す。
「お疲れ様。
どうだったの? 進路相談」
そう、今日は進路相談の日だった。
授業は午前中で終わり、一人ずつ順番に担任の先生と今後について話す日。
ただ、うちの学校の場合、そのまま大学に進級する人も多いのですぐに終わることも多いんだけど。
「もっと勉強しろ、ってさー」
「ま、そうでしょうね」
「ぶー、ステラまで言うのかよー」
「それはそうでしょう。
だってあなた、宇宙飛行士目指すんでしょう?
それには残念ながらまだまだ足りないわよ」
「そーなんだけどさーーー。
ちょっとは慰めてくれよーーー」
「はいはい」
「えへへー」
そっと手を伸ばして頭を撫でる。
もしかして、最初からそのつもりで突っ伏してたのかしら……?
こうやって頭を撫でていると、ほんとトラって可愛い。
もっとみんなにも可愛い姿を見て欲しい。
カッコいい、のはもちろんとしても、こっちを知らないのはもったいない……。
私だけが知っているというのも、ちょっと優越感があっていいのだけれど。
「で、そっちは?」
「ん? 私?」
「うん。
留学、するんだろ?」
「そうねぇ。
ひとまずはうちの大学に進級するわよ」
「そうなのか!?」
「この前も言ったじゃない、もう」
「そうだっけか、ごめん、へへ」
トラが宇宙飛行士を目指す、と言うのを聞いて、ならば私は地上でトラを支えたい、と思うようになった。
そのためのコネクションも、教育プログラムもこの学校にはある。
留学も考えてはいるけれど、まずは基本を身につけなければいけないだろうし。
「じゃあさ、ステラ」
「ん?」
がばっと身を起こし、私の手を握るトラ。
いつになく真面目な目。
と、思ったら、いたずらっ子の目に……??
「高校出たらさ、一緒に暮らさないか??」
「…………え……??」
「うちさ、大学行くなら一人暮らしして社会経験積め、って言われてるんだよね」
「う、うん。
それは……前にも聞いた……けど」
「でさ、お前、寮に住んでるじゃん?
大学でも寮に入るんだったら、俺んとこで一緒に住んだ方が色々便利じゃね?」
「で、でも、そげんこと迷惑やなかと?」
「迷惑なことあるわけないじゃん。
むしろ、こっちこそ迷惑かけると思うぞ?」
「ふふ、少しは自分でもやりよ?」
「が、がんばる」
ああ、私、こんなに幸せでいいのだろうか。
「トラ……」
「ステラ……」
握った手に力が入る。
顔が熱い。
そうして。
私たちは初めてのキスをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます