第2話 異世界へ(改)
【無責任なガイド】
………………さい。…………お……さい。
耳元で誰かが何かを言っている。俺は意識を集中させる。
「大丈夫ですか! 起きて下さい!」その声に我に返り一気に覚醒する。ここ……どこだ?
生い茂った木々の隙間から、眩いばかりの月明かりが煌々と射す。人家の灯火も文明も一ミリも感じない森……ジャングル? どうやらすごく奥深い場所に俺はいた。一体どんな姿をした生き物だろうか?
聞いた事もない地を這う様な何かの叫び声が遠くから聞こえくる。自分の顔を軽く叩いてみる。……感覚はある。もう一度辺りを見回すと、心配そうに俺の顔を覗き込む小人衣装に身を包んだ彼女。
「これ……夢じゃないよな?」俺の問いに、
「無事に戻ってこれました。さあ白雪姫のところまでご案内します。ささ……こちらへ」そう言って、木々生い茂る暗闇へ誘おうとする。
「いやいやいや! ちょっと待て。色々説明が必要だろ! 何だよこの状況……異世界来ちゃいました系か? だったらもう少しファンタジー感出せよ! 夜更けの森って……ただの遭難者じゃねぇか!」
息絶え絶えに叫ぶ俺をみて目をパチクリさせながら少女は、
「え? 怒ってます?」
「当たり前だろ! これが夢だか何だか知らねぇが帰せ! 今すぐ元の場所に帰せ!」俺の憤った態度に彼女は、
「…………ごめんなさい。あたしじゃ帰せません」
そう言って彼女は三つ指たてて、頭を深々下げ土下座する。
「いや帰せませんじゃねぇよ。てか――あたしじゃって誰なら帰せるんだよ!」
苛立つ俺。
「うーん…………魔王とか?」彼女のふざけた返答に、
「どこに居るんだよ! どうやって頼むんだよ!」
俺は無意識に彼女の首を絞めていた…………。
【お伽噺の世界へ】
一悶着終え俺達は、白雪姫が眠る小屋に向かっていた。
「もう少しで着きますけど……他の仲間達の首は絶対に絞めないでくださいね? やっぱり人選ミスかしら。この人、魔女より悪人じゃないかしら…………」
さっき俺に絞められた、首元を気にしながらブツブツと訝しげに呟く少女。
俺は彼女の後ろをついて行きながら、自分の所持品を確認していた。とはいえこの世界? に持ってこれたのはスーツのポケットに入っている物だけだ。
まずは財布。
スマホは……確認するも、やはり電波は入らない。それでも持っている物で一番役立ちそうなアイテムだ。
俺はいざという時にバッテリー切れなんてあるあるを防ぐ為、電源をオフにした。
後は今時レーザーポインターのキーホルダーをつけた鍵束。
それに俺は吸わないが、同僚や上司が求めた時の為に所持しているライター。
そしてフリスク。中高年の口臭対策に欠かせない。
ってこんな所持品でどうしろと……。
しかしこれ……現実なのか? 何度も顔をつねって確認してみる。多少痛みは感じるが自分の置かれた状況が受け入れられない所為か、どうも感覚が鈍い感じがする。
俺……ここで死んだらどうなるんだろう? そんな事を考えながらジャンプしてみたり木を軽く殴ってみたり、力を込め何かを手の平から撃ち出してみた。
何も起きない。変化も無い。何の能力も宿っていない。
まんま中年男の能力値のステータスしかない。
これでどうやって魔女と戦うっていうんだ……?
そんな俺の行動を冷ややかに見つめる少女。
「いや……止めてくれ、そんな表情で見るのは。現実を確認しているだけだから……」自分の言葉に現実を再確認し少し落ち込む。
俺の言葉に怪訝な表情で頷く少女。すると、
「ここです。ここが私達の小屋です」想像よりも小さい小屋だ。
少女が玄関を開けると、八畳ほどの部屋に小人に扮した6人の少女達。
そして、花で満たされた柩の中に一人の少女。……これは美人さんだわ!
恐ろしく目鼻立ちの整った、透き通る肌の少女が横たわっていた。
「戻ったかレッド。待ちわびていたぞ!」六人の小人に、手荒く歓迎される少女。
てかレッドって……名前が色彩かーい! 戦隊ヒーローかーい!
少女を囲んで歓喜の声と、喜びの表情を浮かべている小人達。
「はいはいはいはい……感動の再開を果たしている所にごめんなさいよー」
大量のフリスクをボリボリ食べながら、小人達を無言で押しのけ、ズカズカ小屋に入っていく俺。突然の侵入者? に対応に困り固まる小人達。
そんな小人達の視線を余所に俺は、柩に横たわる白雪姫に向かって……口付けを!
「ちょっ! 何してるんですかぁぁぁぁぁ!」
力一杯に振りかぶったレッド? のビンタが炸裂し、小屋の外まで転がり吹き飛ばされる俺。
「いやっ! 白雪姫の眠りを醒まさせるには王子の口付けだろぉ? 目を醒ませばミッションクリアだろう? お役御免だろうがぁ!」
しかもエチケットとして口臭対策にフリスクも食べた。
そんな俺の心からの叫びに、
「アナタが何で王子様なんですか! どこの国の王子様なんですか! そもそも白雪姫に寄り添う私達を突き飛ばして、無言で乙女の唇奪う無礼な奴は王子様じゃありません!」ぶち切れレッドに俺は、
「いや……本当に俺は王子なんだって!」
便所の片隅で干からびている虫でも見る様な、死んだ魚の目で俺を見るレッド。……視線が辛い。俺はすかさず財布から免許証を取り出し、印籠の様に突き示す。
俺の出した免許証を訝しげに受け取りマジマジと見るレッド。
その周りに群がる小人達。
「すいません。この世界の文字じゃ無いんで分からないんですけど……これ何かの印状ですか?」
――ちっ! そこは何かの大きな力とかで理解できる設定にしとけよ。俺は、
「それは免許証と言って国家が発行している証明書だ。そこには俺の身元と位を表している」俺の言葉にほうほうと聞きいる小人達。
「それで……これにはなんと書かれているんですか?」レッドの問いに俺は立ち上がって、
「ゴールド免許保持者、天城王子だ!」
「「あ、あまぎ王子……様?」」俺の言葉にハモる小人達。
天城 王子……本名だ。散々この名前でからかわれて来たが本名だ!
生まれたばかりの俺は当に愛らしくて神々しかったらしく、両親が付けてくれたキラキラネームだ。だがその輝きも小学校までは保たず、つけられたあだ名は下町王子、偽物王子、なんちゃって王子……最後はパシリ王子と呼ばれていた。
気づけば俺の免許証を囲んで小人達が何やら話し合っていた。
一通り意見を出し終えたのかレッドが、
「すいません……あまぎ王子様」フルネームで呼ばれるとなんか辛い。
「私達には、これを読む事が出来ないので……ゴールドなんたら? でしたっけ?」
「ゴールド免許だ!」
免許取得以来、一度も運転していないペーパードライバーのメッキゴールドだ。
「確かにゴールドのラインがありますね……。ただあなたが王子様と言われると……信用して良いものかどうか」
いえ……君達が思っている王子様ではありません! 偽物です!
たださっさと終わらせて帰りたかった。
デマカセではあるが、王子の名は嘘ではない。
王子の口付けで白雪姫の呪いが解けるのなら、天城王子の口付けでも良いはずだ! すると、
「ドワーフよ……ドワーフ達よ」
小屋の中から低い声が聞こえてくる。覗いて見るも白雪姫以外に人の姿はない。
「鏡の精霊様!」その呼び掛けに小人達は一斉に小屋に入ってくる。
鏡の精霊……あれだ! 鏡よ鏡、この世界で一番美しいのは? って奴だ。
俺も小屋に入る。すると小屋の壁には凄く細かな彫刻が施してある鏡が、立て掛けられていた。売れば一財産稼げそうだな……。
邪な俺の考えを余所にレッドはその鏡に向かって、
「何でしょうか? 鏡の精霊様」レッドの問いに鏡は、
「その異世界の者の持ち物を、私にも見せて下さい」
声に促されるまま、俺の免許証を鏡に向かって見せるレッド。
この鏡……どこに口があるんだ?
「異世界の者よ」……あっ俺か! 鏡の言葉に、
「はい。異世界の者です」呑気に答えると、
「あなたが王子であると言う自身の言葉に、偽りはありませんか?」鏡の問いに、
「はい。嘘はありません。」嘘ではない。嘘では……。
「…………どうやら偽りを語ってはいませんね」
鏡の言葉に「おおぉぉっ」と声をこぼす小人達。鏡は言葉を続ける。
「それでもあなたには、白雪姫を救う王子としての資格はありません」
ですよね……。
「白雪姫を救うのは称号ではありません。あなたの行いと想い。それら全てが積み重なって、呪いを打ち破れるのです」はい、至極真っ当な意見です。
「だけど……そこのレッド? から聞きましたけど、夜明けまでになんとかしなきゃ何ですよね?」俺の言葉に「ああぁぁ」っと消沈する小人達。
「はい、その通りです。太陽が昇る頃、白雪姫の命は呪いにより奪われてしまうでしょう……」鏡の言葉にうなだれ崩れ落ちる小人達。
「じゃあどうすれば白雪姫の呪いを解く事が出来るんでしょう?」俺の問いに、
「まずはあなたが白雪姫を救う騎士だと証明せねばなりません。この森の奥深く湖の畔に佇む古城に、千年を生きしアンデッドを統べる女王! ブラディ・マリーが巣くっています。この者から王妃は毒林檎を授かったのです。ブラディ・マリーを倒し、彼女が流す緋色の涙を手に入れる事が出来れば、白雪姫にかかった呪いから命を救う事が出来るでしょう」
鏡の言葉に歓喜する小人達。うーむ……引っかかる事が数点あるぞ。
白雪姫……あまり話は覚えていないが、確か白雪姫の継母? の王妃が扮した魔女から毒林檎を貰って口にし、白雪姫は永遠の眠りにって奴だったよな。ただ物語では王子が口付けすりゃ起きるんじゃなかったっけ? まあ現実の世界では無く異世界だから違いもあるのか。てかアンデッドの女王って……。
「すいません鏡の精霊様。俺ただの中年男で何の力も無いんですけど、伝説の剣とか……いっそアルテマ級のスキルとかを授かったり何か無いんですかね?」
俺は困ってる異世界の人を救う、冒険者の権利をのべる。
「…………アルテマ? 伝説の剣とかはありません。自分の力のみで倒して下さい」
――自分の力のみって。
「ちなみに…………そのアンデッドの女王ブラディ・マリーですか? どれほど強いんでしょうか?」俺の質問にしばらく考えこみ、
「彼女の一撫でで人間が数十人細切れに吹き飛ぶくらいですかね? 彼女の討伐に向かった数百の兵が一瞬で凪払われたと聞いてます。そもそも彼女アンデッドだから死にませんしね。どうやったら倒せるんでしょう? ケラケラケラ」
「何が面白いんだ! このやろぉぉぉぉぅ!」
鏡の答えに俺は、叫びながら鏡を掴んで大きくガタガタ揺らす。その様に慌てふためきながら羽交い締めで鏡から引き離す小人達。咽せる鏡。
「ちょっ! 私割れますから! ただの鏡ですから!」
「やかましいぃ! 偉そうに上から物言うなら、なんか良いアイテムぐらい寄越しやがれぇ! 役立たずが!」怒髪天を衝く様の俺に、割られる危険を感じたのか、
「そう言えば! 確かあなた方ドワーフ族には宝がありましたよね? 一口飲めばその者の能力を飛躍的に上げる秘薬が」鏡の言葉にざわめく小人達。するとレッドが、
「もしかして天草の雫の事ですか?」レッドの言葉にざわめく小人達。俺は、
「何なんだ? その天草の雫って言うのは?」俺の質問にレッドは、
「私達ドワーフ族には危機に陥った際、天草の雫と言う秘薬を飲むと言うか光を浴び、普段抑えられた能力を解放して危機を脱するんです」
そう言って彼女は首元にぶら下げた小瓶を見せる。その小瓶の液体は淡く輝いていた。
「確かに天草の雫を浴びた者は少しの間、能力が飛躍的に向上します。ただし! その者が持つ一番秀でた能力を解放するので、天城王子様の場合……もしかしたら残念な能力でしかないかも」レッドは憐憫の目を俺に向ける。
「…………寄越せ! それ!」
そう言ってレッドの首から小瓶を取りあげ蓋を開ける。
「あっ! 待ってくだ――」
レッドが言葉を言い終える前に、小瓶の雫を頭に振り掛けて見る。
光の雫がキラキラと舞い散る。俺の手から小瓶を奪い取るレッド。
暫く変化を待ってみる。同様に俺の変化を固唾を飲んで見守る小人達。
――――なんっにも起きん。右手左手、表裏見てみるも何の変化も無い。
一番秀でた能力がって言ってたな? 俺の中で一番秀でた所……。
「どうですか? 天城王子殿?」
黄色の衣装を見に纏った小人が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「いや今の所……何も変化は感じない」
――そう答えた瞬間!
「「ぎゃぁあああああああああああああああああああ!」」
一斉に小屋から飛び出し咽び泣き叫ぶ小人達。皆一様に額にシワを寄せ、鼻水と涙が止まらないようだ。てか何!一体何? 何が起きてるんだ?
すると――レッドが止めどなく流れる涙と鼻水をこらえながら、
「一体何を食べたんですか! 天城王子! 激臭です! 災害です! ドラゴンより凄いブレス攻撃ですよ!」この世界にはドラゴンが居るのか……。いやそうじゃなくて! 口臭……あっ、フリスクか! スーパーミントの香りか!
――って! 俺の一番秀でた能力ってミントの香りかぁぁぁぁい! すると鏡が、
「凄い能力ですね…………」
お願い…………言わないで。
「でも、この能力なら戦わずともブラディ・マリーに緋色の涙を流させそうですね。」
鏡の言葉に俺は確かにと頷く。作戦は立てなきゃだが一縷の希望は見えた。
時計が無いので時間は分からないが、月はこれから一番高い位置に差し掛かろうとしていた。
「鏡! そのブラディ・マリーのいる城へは、ここからどれくらいかかる?」俺の問いに、
「人の脚で、およそ二日程です」
「…………間に合わねぇじゃねぇぇかぁぁぁぁ!」鏡を強くぶつ!
「ちょっ! 止めて下さい! 倒れたら割れるんですよ? いたいけな鏡なんですよ?」いたいけな鏡って何だよ!
すると鏡の叫び声を聞いてか小人達が小屋に戻ってくる。鼻を手で抑えながらレッドが、
「うん。どうやら効果が消えた様ですね…………。もう大丈夫ですよ? 皆さん」
レッドの言葉に皆一様にほっとした表情を浮かべ、部屋の片隅に置いてあった樽の水で各々顔を洗い始める。するとピンク? が、
「我らドワーフ族の一番の才能は筋力です。皆で力を合わせて天城王子殿と白雪姫殿を古城までお運び致します。さすれば古城までひと時ふた時。日が昇るまでにはおよそむつ時程ございます。アンデッドの女王との戦い次第ではありますが…………可能性はあるかと」
ピンクの言葉にやる気を漲らせる小人達。むつ時…………六時間程ってことでいいのかな。俺は、
「よし。なら急いで古城に向かおう。あと武器になりそうな物や役に立ちそうな物も集めてくれ。どれくらいの時間で用意できる?」俺の問いにブルーが、
「はん時程頂ければご用意できます。天城王子殿」
「分かった。それじゃあ各々取りかかってくれ」
俺の言葉に忙しく用意を始める小人達。
俺はその間に鏡から情報を聞き出す事にした。
自分の世界に帰る方法など聞きたかったが、そもそもブラディ・マリーをなんとかしなければ命すら危うい。自分の事はさて置き出来る限り思いつく質問を鏡にぶつけ、情報を収集する。そして分かったことは、
一,女王は太陽を浴びると、数日動けなくなる。
→有効だが日が昇るのを待っていられないからボツ。
二,あらゆる生物の死体を操れる。
→アンデッドの女王だもんな。出来れば、死体との戦いは避けたい。
三,意外に座興事が好きで、お忍びで町の催しに姿を現すと言う噂。
→うーん……天の岩戸じゃないが祭り囃子で城から誘き出すって手も?
四,男嫌い。
→過去に何があったんだよ…………。
五,貢ぎ物が好き。
→どこぞのホステスか!
特に作戦に役立てそうな情報も無いままだったが、そこにブラックが小屋に入ってきた。
「用意が出来ました天城王子殿。さあ……どうぞ外へ」
促され小屋を出ると少し大きめの木製の大八車に、白雪姫の柩を無理やり乗せ周りの樽に弓や石斧、槍に木製の盾と冒険者の初期装備一式が積まれていた。
はぁ…………マンモスでも討伐に行くのかよ。
期待はしていなかったがまあ酷い。だがこれで何とかするしかない。
留守番を鏡に任せ俺たち白雪姫と七人の小人+中年男は、アンデッドの女王ブラディ・マリーの待つ古城へと向かうのであった。
人生レベル四十代の冒険者。初期装備でラスボスダンジョンへ突入♪
舗装されていない森の道。サスペンションなんてありもしない大八車。
ジェットコースターなんて目じゃない程、アグレッシブな動きをする。それでも小人達は慣れたもので、白雪姫の柩が揺れぬよう三人で持ち上げ振動を和らげている。
見ていて気づいたがこのドワーフ族の秘薬、天草の雫は十分程で効果が切れるようだ。すると他の小人と入れ替わり大八車を轢く。小人が説明するには連続使用出来ないらしく、使用者にもよるがひと時近く回復に時間がかかるらしい。また一日に使える回数も無限ではなくそれも使用者によるらしい。俺自身がどう使えるかは分からないが試している時間は無い。ぶっつけ本番でやるしかない。
大八車が爆走する音が森中に響き渡る中レッドが、
「ひぃわぁやいやいや…………ふぇいわ…………」
「…………はぁ? なんて言ってるかわかんねえよ!」
今にも舌を噛みそうな振動の中、声なんて聞き取れない。
するとレッドは俺の耳元で、
「今更ですが……私達を助けてくれて有り難う御座います」
大八車が揺れてレッドの唇が耳にあたる。
俺は少し照れながら、レッドの頭を右手の甲で軽く小突く。
ここまできたら仕方がない。やるだけやってやる。そう意志を固めた時レッドの視線に気づき目をやると、何とも言えない表情を浮かべて俺に微笑んでいた。
いきなり大八車が止まる。どうやらオレンジが力を使い果たしたらしく、次はレッドの番のようだ。雫を自分に振りかけると俺の方を見て小さく頷いた。
これで丁度小人達が一周した。ピンクの話だと古城まで一時間から二時間程。
あと数十分程で到着するだろう。
俺は今までの人生を少し振り返っていた。
幼少の頃に名前でからかわれ人付き合いが苦手になっていった。人の顔色ばっかり伺ってまともに友達も作れず、間違ったコミュニケーション手段に目覚め、いつの間にかパシリとして都合よく使われ、何の思い出も無いまま過ごした学生時代。入れれば良いやと適当に選んだ就職先はわずか三ヶ月で辞め、後はバイトと転職を繰り返し。ただただ……時間を無駄に過ごしてきた。
何でもっと頑張って生きて来なかったんだろう。
今の自分は本当の自分じゃない。ただ本気でやっていないだけだ。本気でやればもっともっと上に行けるんだ。俺は価値のある人間なんだ。俺の価値が分からない奴らも、俺が本気になれない環境も、全部全部世の中が悪いんだ。
他人や境遇の所為にして、自分から動こうとしなかった。
そんな考えの奴が、自分の世界を変える事なんて出来る訳がない。
今更だが本当に情けない。
生き方を変える切欠にするには白雪姫を救うってとんでもないミッションだが、やり遂げれば何か変わるはず。変えられる。いや変えるんだ!
大八車が止まる。いや……いつの間にか音を出さぬようスピードを落としていたらしい。目の前には湖。対岸には古城が見て取れる。これから挑む戦いに思いを馳せ皆息を飲む。今まで雲に隠れていた月が湖面に反射し、古城の全貌をあらわにする。
え? …………うおい、ちょっと待て!
「……あれがブラディ・マリーか? 千年生きてるアンデッドの女王って奴か?」
目をパチクリさせ各々首を左右に振りうなだれる。月の光に晒された古城の横。
その城より一際大きなシルエットが、湖で水浴びしている。
勝てるかぁぁ! やれるかぁぁぁ!
ひとなで数十人って……あの大きさなら町でも潰せるわい!
むしろ――あの大きさを見て戦いを挑んだ兵士達。尊敬してやまねぇよ。
ザッと見だが十階建てのビルくらいあると思う。こんなの聞いてない。
てかっ鏡ぃ! くだらない情報よりも先に伝えにゃならん情報だろうが!
ふと思い出す。鏡が言ってた事が真実なら、町の催しにお忍びで来ていたと。
あのままの大きさって事はないよな? なら大きさを変えれるって事か。
月を見ると既に大きく傾き始めていた。悩んでいる時間はない。
「おいみんな! 作戦考えるぞ」俺の言葉に我を取り戻し集まる。
「多分奴は大きさを変えれる。どうやれば良いか分からんが、俺達はあれに勝つ必要はない。涙さえ奪えれば良いんだ」俺の言葉に無言で皆頷く。
「今、雫の力使える奴は誰と誰だ?」
するとホワイト、ブラック、レッドが手を上げる。
「よし。それじゃあ残り四人は白雪姫の警護とバックアップ。雫が使える三人は俺と来い。ちなみに一緒に来るお前らはこの瓶を雫の力を使えば、どれ程遠くに飛ばせる?」ブラディ・マリーの涙を入れる瓶だ。するとホワイトが、
「多分……ここから奴のいる所までは届くかと」
およそ五百メートルはあると思う。さすが力持ちのドワーフ族。
「なら作戦はこうだ。どうにかして女王に俺の必殺ミントブレスを嗅がせ、なんとか奴の涙をゲット出来たら、白雪姫警護チームの待つ湖畔に瓶を投げる。一応沈まない用に浮きの代わりに木片を巻きつけよう」
俺のアイデアにおおぉと声を上げるもブルーが心配そうに、
「でもこの月明かりじゃ、飛んできた瓶に気づくかどうか。それに湖に浮かんでいる瓶を見つけれるか自信がないです」ブルーの不安に俺は、
「まず……投げる時には弓で火矢を放とう」俺の言葉にオレンジが、
「でも火がありません。どうするのですか?」オレンジの問いに、
「大丈夫だ。これがある」そう言ってライターを灯す。驚愕する小人達。
「使い方わかるか? 一緒に来る三人は覚えてくれ。それで矢に火を灯し合図する。それから――」
今度はレーザーポインターをだす。
「これ……光ってるのわかるか?」ボタンを長押しすると赤一色から、七色に変化点滅を繰り返し光輝く。さっきよりも更に大きく驚きの声を上げる小人達。
「これなら湖面に落ちても見つけられるだろう?」
俺の言葉に大きく頷く小人。するとイエローが、
「天城王子殿はまるで魔法使いのようです。感激しました!」
彼女の言葉に一同が俺に向ける。その眼差しには尊敬の念が込められていた。
「止めてくれ……俺達の世界じゃ当たり前の物なんだ。魔法でもなんでもない」
小さく呟く。するとレッドが、
「そうだとしても、どう使えば役立つか。それを考えたのは天城王子様です。ご自身をそんな風に卑下なさらないで下さい」レッドの言葉に他の小人達も大きく頷く。
ヤバい……泣きそうだ。俺は後ろを向き、フリスクを口に入れる。
「さっきのライターと同様に、俺と一緒に行く三人はその光る奴の使い方を覚えてくれ。ただボタンを強く長く押せば点滅するから……」
そう言うと小人達は物珍しさからか、代わる代わるポインターを光らせてみる。
キャッキャと声を上げ楽しむ小人達。
その姿は普通の女子中学生や高校生と変わらない。
俺はその光景を目に焼き付けながら、絶対コイツらを生かして帰す。
そしてコイツらが守る白雪姫も救ってやる。
そんな事を一人勝手に誓っていた…………。
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