偽りの王子と脇役の姫

抄弥

第1話 花びら舞い散る季節(改)

 例年より少し遅めの桜が散り始めた四月初旬。

 新しい生活に少しの不安と膨らむ未来への希望。胸踊らせる若者が今年も目につく。

 

 中年の俺には関係ないけどな! ふっ…………爆ぜろ若人!

 

 就業終了時間からすでに五時間経過し、時計の針は二十二時を回っていた。

 毎日終わらない仕事に追われ、日々の労働時間は一日十三時間強。

 月間三百時間を軽く超える超ブラックな労働時間の対価は二十三万円。

 学生のアルバイトの時給をはるかに下回る低賃金。それでも会社を辞めずにいるのは、次の職場を望める若さも立場や経験も持ち合わせていないからだ。

 

 企業の事務所向けにコピー機のリースを案内している我が社では、営業成績だけがものをいう。成績不振者に人権などない。俺は愛想も良く無くどちらかと言えば内向的な性格。営業職にはおよそ向いていなかった。その為入社以来、ずっと成績最下位が俺の定位置だった。

 

 上司はノルマが達成出来ない俺に、他の社員の雑務を全て行うよう言ってきた。

 その上司は俺に、


「不平等が多い世の中。数少ない平等な物に時間がある。

 どんな人間にも一日は二十四時間だし誰しもが等しく過ぎて行く。

 しかし! 時間の有効的な使い方には大きく差ができる。

 

 我が社の定める就業時間で君がもたらす利益は、他の者の十分の一にも満たない。

 要は君の仕事内容は他の者の十分の一以下の価値も無いんだよ。

 営業と言う仕事は頭と足を必死に使ってやっと結果を出せる。

 ところが君は足は使ってる様だが、頭は残念ながら使えていないようだ。

 まあ所詮、君は高卒出だしな……。

 

 仕事もしていない奴が、仕事をしている者達と同じ様に給料を貰うのは間違っているだろ? 

 他の者と同じ就業時間で補えない成績は、体と時間で補ってもらうしかない。

 何が言いたいかは……頭の使い方がなっていない君でも分かるよね?」

 

 こんな事言われれば、プライドある人間なら自分から退職するのだろう。

 上司もそれが狙いだったのかも知れない。

 だが俺はそんな不当な扱いにも、まるで嫌とも思わなかった。

 これくらいの事なんて学生時代に比べれば、大したことじゃ無かったのだ。


 なんとなくクラス内での自分の立ち位置に気づき始めた、小学校四年生の春から高校卒業までの約九年間。

 ずっと誰かの為に何かをしてきた。――世に言うパシリである。

 最初からガッツリパシられていた訳じゃない。

 ある事が切欠で内向的になり、人と関わる事が苦手になっていた俺。

 隣の席の女の子が落とした消しゴムを拾い、手渡した時にありがとうと言われた。

 彼女にとってはただのお礼の言葉に過ぎなかっただろう。

 でもその何気ない言葉に俺は、とても衝撃を受けた。

 良い事すれば、こうやって話しかけてもらえるんだ。ならもっともっと良い事をしよう! 

 そうしたらきっと、みんなが話しかけてくれる。そう思ったのだ。

 

 それからの俺は皆の手伝いや喜んで貰えそう事を、率先してやっていった。

 その行動に喜んでくれるクラスメート達。

 しかしそれはいずれ……掃除や荷物運びに宿題の手伝い、色々な委員の仕事を変わりに任せられる。

 といった都合の良いヤツ扱いされていったのだ。

 そのうちクラスでの自分の立場と扱いに気づき、頼まれた事を断わった。

 すると今度は口々に頼りにしていたのにやら、やってくれると思っていたのにと落胆された。

 

 人は一度目二度目は手伝いや頼み事に応えると感謝してくれるが、三度四度と応えてるうちに受ける行為や好意は当たり前になっていく。そうなると頼みを断れば逆になんで? と相手は気分を害したり憤慨したりしかねないのだ。断わると嫌な思いをするが、応えて自分への扱いや立場を思うと嫌な気分になる。

 どうせ嫌な思いをするなら、応えた方がマシと幼心に思えたのだ。

 

 それからの俺は変わった。どうせ頼み事に応えるなら、徹底的に応えてやろうと謎のプロ意識が芽生えた。

 効率的にパシリ作業を終える為、相手の好みを把握し求める物を推察し予め用意する。

 相手が思っていた以上の結果を出す事で、驚いた表情や感謝の言葉を発する。

 それがたまらなく嬉しいと思えたのだ。そんな歪な喜びを見いだし、学生時代を過ごしきた俺は現在。

 

 押し付けられた資料作りや営業日報の処理、アポの段取りや契約書作成など何でも引き受けた。

 ただ仕事をこなすだけでなく、個々それぞれのやり方に合わせてフォローをいれる。

 やがてそれは、相手のパフォーマンスを向上させる結果となり始める。

 プロのプレイヤーの道具を作る職人のように……。

 そして彼らが契約を決めた時、自分が成績を出せた様に嬉しかったのだ。

 いずれ社長達上層部は、俺が雑務を引き受ける事で会社全体の売り上げが向上したと評価してくれた。

 普通なら卑下されるだろうパシられスキルのおかげで俺は首を切られず、今も会社で生き延びられているのだ。

 

 とりあえず明日の朝までに終えなきゃいけない書類作成を終え、帰り支度を始める。

 各社員の机を周りパソコンの電源を確認しゴミを集めて、最後に窓の鍵が閉まっているか確認してまわる。

 そしてゴミ袋を両手に事務所の扉の鍵を閉める。俺は疲れ果てた体に鞭を打ち、家路に着くため会社を後にする。

 

 俺の会社は新宿の繁華街にある。朝――会社に向かう際この道は、数多くの飲食店から出されたゴミ袋の山と、それに群がる十数匹のカラス達が道を占拠している。そして仕事を終え駅に向かう際この道は、香水をこれでもかと振り撒いた数十人のホストやホステス達。キャッチセールスに酔っ払い。そして裏社会に繋がっていそうな勧誘と、人生の落とし穴が散りばめられた通りに扮する。

 

 俺もこの会社に中途採用で雇用され通い初めた頃、駅に向かう数分の間に何度も何度も声をかけられた。そして毎日声をかけられるも無視し続けて五年。もはや誰からも声をかけられることもない。

 

 ただ今夜はいつもと違っていた。

 俺の視線の先には真っ赤な三角帽の先に白いぼんぼり、赤のショートパンツ? に赤の上着。

 四月初旬に季節外れのサンタクロースの衣装を身に纏い、年端もいかない少女が道を右往左往していたのだ。

 ――いや! よく見ると某テーマパークで見かける七人の小人の服装のようだ。

 

 その小人の衣装を身に纏った中学生程の少女が、何かを手に道行く人達に声をかけているのだ。彼女は、

「すいません。どうかこれを……」

 と言って手に持った何かを通りすがりの人に見せている。だが相手にされずまた、

「あの……すいません。これ何ですが……あっ!」

 今度は酔っ払いに声をかけるも千鳥足のサラリーマン押しのけられ、少女は道端まで弾け飛ばされた。

 その衝撃で手に持っていた物がカラカラカラっと音を立て、俺の足元まで滑ってきた。

 何かのゲームソフトだろうか? それを拾い上げ倒れている少女に向かい声をかける。

 すると少女は汚れを払いながら立ち上がり、

「ありがとう御座います。いきなりですいませんが、どうか助けて貰えませんか?」

 そう言って少女は、涙で潤んだ大きな瞳で俺を見つめてくる。もしかして宗教の勧誘か? 

 俺は分かりやすく嫌そうな表情を浮かばせ、

「助けるって何をかなぁ……? 仕事終わったばっかで疲れてるから早く帰りたいんだけど」

 全身断るオーラを漂わせて答える。すると少女は俺の手から拾い上げた物を自分の手に取り、

「どうか私達の白雪姫を助けて下さい!」

 そう叫びパッケージを俺に向けてきた。……白雪姫? 確かにパッケージには、それらしい人物が描かれているが……。

 

「えっ? どう言う事かな? 白雪姫を助けるってこれゲームか何か知らないけど、クリアしてくれって事?」

 そう訪ねると少女は、微妙に小首を傾げながらも静かに頷く。意味が分からん! 俺は少女に、

「よく分からないけど自分でやれば良いんじゃない? 申し訳ないけど、ちょっと協力出来ないかな……」

 そう少女に伝えると彼女は大粒の涙をこぼし、

「私じゃ出来ないんです……出来るならやってます! お願いですからぁぁぁ助けて下さいぃぃぃ!」

 そう声をあげると少女は、俺の腕を掴んでグングン引っ張る。――俺はたまらず、

 

「だからっ! 俺は嫌だって言ってるだろっ!」

 そう叫んで彼女の手を払い除けようと大きく右腕を振った。同時に鈍い衝撃が右手に走る。んっ? っと思い右手の先に目をやると――

 

「ア……アニキぃぃぃ! 大丈夫ですか!」

 一目で分かる一般人じゃない風体の男が大の字で倒れている。その男に声をかけている男も明らかに一般人じゃない。俺は一目散にその場を逃げ出した。

「おいっ! 待てこの野郎ぉぉ!」

 響き渡る怒号。俺は一切振り返ることなく全力でその場を走り去る。

 

 悲しいかな……息が持たない。

 俺は後ろを気にしつつビルとビルの間の細い路地に入ると、目の前の雑居ビルの非常階段を駆け上がり屋上に身を潜める。心臓の鼓動と激しい呼吸が耳の中で大きく反響し、周りの音が聞き取れない。

 俺は息を整えようと数回深呼吸を繰り返す。さっきの男達が追いかけて来ていないか、そっと非常階段から下を覗き見る。すると――

「お願いですからぁぁ!」

「わぁぁあああああああっ!」

 驚いて出した自分の声に更に驚いたが、すぐにさっきの男達の事が脳裏をよぎり自分の口を両手で塞ぐ。

 そこにはさっきの小人のコスプレ少女が、恨めしそうな表情を浮かべ立っていた。

 

 「てか! 何だよお前はさっきからっ! ふざけんなよ。お前の所為でこんな目に合ってんだぞ?」

 小声で彼女に訴えかける。すると少女は俺の言葉を一切聞き入れず、

「お願いします時間も無いんです。私が出来るお礼なら何でもしますから、どうか助けて下さい」

 そう言って涙を浮かべながら訴えかけてくる。俺は大きく溜め息をつきながら、

「わかったよ! 一体何をすれば良いんだよ!」

 吐き捨てる様に問う。すると彼女は、

「この……ゲーム? をして頂いて、魔女の災厄から白雪姫を救って欲しいのです」

 

 何で疑問系だよ。彼女からソフトを受け取りまじまじと見てみる。パソコンゲームか?

 パッケージには白雪姫が、花を敷き詰た柩に横たわっている姿が描かれている。

 周りには心配そうな表情を浮かべた七人の小人達が……ん? 小人が全員少女キャラ。ギャルゲーか?

 よく見ると小人は六人しか描かれていない。少し気になったが俺は、

 

「っで時間が無いって? いつまでに終わらせれば良いんだよ?」

 パッケージを開け説明書をと思ったが、ソフト以外入っていなかった。ソフトの表面にも何もプリントされていない。販売前のソフトか?

「ひ……ぼ……ま……です。」少女の言葉に、

「すまない聞いていなかった。何て言った?」そう尋ねると彼女は、

「日が昇るまでです。」上目遣いで答える。

「……えっ? じゃあ今夜中にって事か? 俺は明日も早いからあんまり構っていられないんだけど。これシューティング? それともアクション系とか? カテゴリーが分からないけどまさかRPGじゃないよね?」

 そう尋ねると彼女は何を言っているんだ? といわんばかりに頭を傾げながら、

「白雪姫にかかった呪いを解く為に魔女を倒して頂いただく。後は王子様を連れて来て貰って、白雪姫と口付けして頂ければ万事オッケー! 呪いが解かれて目が醒めると……」

 

 いや……まあそうだろうけど。やるにしても家に連れて行くわけにもいかないし漫喫? うーん……こんな時間に中学生同伴なんて受け付けてくれない。てか、

「君は家に帰らなくて大丈夫なのか? 親とか心配してんじゃないの? 家出とかそう言うのなら俺は関わりたくないよ?」

 矢継ぎ早に問う。未成年者略取とか条例とかで警察に捕まったら,不幸な事この上ない。すると彼女は、

「絶対にご迷惑はかけませんから、どうかお願いします。助けて下さい!」

 

 二言目には助けてくれ助けてくれってテンプレートか! しかしやらなければ帰してもらえそうにない。俺は仕方なく、

「じゃあこの近くに俺の会社があるから……そこでやるよ」俺の言葉に少女は、

「よろしくお願いします!」っと満面の笑みでそう答えた。



【事務所にて】

 

 俺達は雑居ビルから裏道を使い、人目を避けさっき退社したばかりの会社まで戻ってきた。とりあえずさっきの人達には見つからず辿り着いた。……当面帰る時は気をつけなきゃな。取り急ぎパソコンの電源を入れ、冷蔵庫に飲み物を取りに行く。


「なあ? お茶とジュースどっちが良い?」彼女に聞くと、

「ありがとう御座います。良ければ、ジュースが嬉しいです」

 俺はオレンジジュースを手に取り彼女に渡す。すると彼女は、缶ジュースを物珍しいそうに確かめている。

「ん? どうした? 開けれないのか?」彼女の手から缶を取り、蓋を開け再度手渡す。彼女は俺に向かって軽く会釈すると、恐る恐る口に運ぶ。すると、

 

「ふぅぉぉぉぉぉぉぉ! 何ですか、この喉のプチプチするヤツは!」事務所内に彼女の声が響き渡る。

「飲んだ事無いのか? 炭酸飲料?」俺の言葉に、

「炭酸飲料…………初めて飲みました」そう言って一口飲んでは、ふぅぉぉぉぉぉっ! と感嘆の声をあげる。彼女の反応に自然と笑みがこぼれる。

 

 俺はパソコンのトレイを開け、彼女から預かったゲームソフトを挿入する。読み込みが始まるとジィ……ジィジィジィっとドライブが音を立て始め、ディスプレイには読み込み終了時間が表記される。

 

「…………ん? ……え? いち、じゅう、ひゃく、せん…………百万時間って!」

 

 俺が驚き叫んだと同時に、ディスプレイが見たこともない程の光を放つ。目が眩み一瞬で俺は気を失っていた……。

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