第二話 呪いのダイヤ その①

 ――数日後の夜、一台の黒いトラックが魔科研の検問所の前で停止した。フロントやドアや荷台には、泣く子も黙る檄・剣警隊のマークが貼られていた。月桂冠に二振りの日本刀は、悪人を容赦なく切り捨てる威圧の意味が強い。

 男性警備員が敬礼すると、トラックの女性乗員たちによって荷台が開けられた。

 そこには、たった一つだけの荷物が入っていた。特殊ジュラルミンケースである。

 

「うちでの検分が終わったので、引き渡しに来ました」

 乗員が言うと、警備員はケースを見て言った。

「念の為、中を確認させてください」

「しかし、中を見てはならないと上から命令が」

「規則ですから」

 微笑みながら話す警備員に、乗員2人は顔を合わせ仕方がないと頷いた。


「分かりました」

 暗証番号と、デバイス認証をしてケースを開けた。

「これが䰠胤ジーンですか」


 それは暗闇の薄明かりを一身に集め、怪しく光り輝いていた。ダイヤ特有の七色の発色、見つめていると深く吸い込まれそうな透明感、触ると冷たそうな硬さに目が離せなくなった。

 乗員たちは夢中なり、顔を近づけた。

「美しい……。触ってみたい」

「ああ……。欲しくなっちゃう」

 警備員も男ながら、その魅力に取り憑かれていた。

「なんという輝きた。まるで息をしているようだ」


 乗員が思わず手を伸ばした。

「痛⁉ 何かに当たった?」

 手が痺れた。

 霊的な結界に触れてしまったのだが、この場にいる誰も霊感を持ち合わせておらず、静電気か何かに触れたものだと思い込んでいた。

「バチがあったのよ。このダイヤは私に相応しいの」

 もうひとりの乗員が手を伸ばす。

 今度は簡単に掴んでみせた。先程結界が触れられてしまったことで、霊的なセキュリティホールが一瞬開いてしまった。この䰠胤と呼ばれたダイヤはそれを見逃さなかったのだ。

「ほらっ。私のことが好きですって。あははは」

 突然、ダイヤから黒い触手がロープのように伸びて乗員を縛り上げた。

「きゃ……。んんん!」

 口をすぐに太い触手が塞いでしまい、悲鳴が上げられなかった。

 もうひとりの乗員と、警備員は、警戒態勢を取るどころかダイヤを奪おうとしていた。


「それは俺のだぁぁ」

「私のぉぉぉぉぉ」


 彼らも触手に巻き付かれ、身動きが取れなくなった。

 しかし、苦痛や悲鳴が上がらない。

 それどころか、甘美な吐息が漏れ聞こえていた。


「おおお……」

「あぁん……」

 そして最初に捕まった乗員は、慎ましい胸をさらけ出し、よだれを垂らし始めた。

「ふぅーん」

 快感が絶頂まで高まろうとした、その時。


 シュパッ。


 という、水風船が破裂したような音が響いた。

 それは3人がぶつかりあい、血しぶきが飛び散った音だった。


 ぐるぐるの触手は彼らを鞠のように包み脈動すると、脚が4本、頭が3つ、身体が1つの泥のようなバケモノに変わった。


 チリリリーーーーン、チリリリーーーーン、チリリリーーーーン。


 鈴の音がどこからともなく鳴り響く。

 バケモノが3つの首で周りを探した。

「誰だ」「お前から仲間にしてやろうか」「ぐへへ」


 澄んだ少女の声が強い調子で言い放った。

「䰠の仲間のところなら、送ってやる。行き先は、あの世だがな」

 どこからともなく、空から飛び降りてきた少女は、膝を深く折り曲げて着地した。そのタイトスカートの中から、水色の縞模様が覗いた。

 パンティが見えたことに気がついていないのか、そこら伸びた太ももを真っ直ぐに立ち上がると、手に持った剣を抜き放ちバケモノと対峙した。

 敷地内の照明に、胸の月桂冠に二振りの日本刀の紋章が照らされていた。檄・剣警隊の証である。


 動きやすさを重視した柔らかな革靴で、間合いをはかりながら少女は言った。

「全く。だから、あれほど䰠胤を見るなと言ったのに。夜の見回りが何事もなく終わる日は来ないのかな……」

《もっと結界を厳重にすべきだったな、聖明依》

 ポニーテールを結んでいる孔雀羽の髪留めが反省を促した。

「世俗の強欲は、本当に厄介ね」


 聖明依と呼ばれた少女は、相手の出方を伺う前に飛び出した。

 バケモノは、太い触手をムチのように振るって迎撃する。

 しかし、触手は剣によりあっという間にズタズタに斬られた。


 接近し、一気に白桃の剣を振り下ろした。

「討滅せよ、䰠!」

 見事、一刀両断に斬り捨てた。

「ぐへへへ」

「なに⁉」

 かに見えたが、斬られたバケモノはそのまま2体に別れ、聖明依をはさみうちにした。

 そして触手を後ろから前から巻き付けた。

 聖明依の胸がその大きさを強調するかのように縛られ、前へ膨らんでいく。ウエストはどんどん絞られ、両太ももまで縛られ股を広げられようとしていた。すぐその下には、太く脈打つ異質な触手が少女の花弁を貫かんと待ち構えていた。


「しまった!」

「さあ、悦楽を受け入れ我らの仲間になるがいい」「ぐへへ」

 聖明依は顔を歪め、剣を落としてしまった。


「はははっ。さあ、お前の穴を見せろ」「ぐへへ」

「撫士虎!」

 聖明依が叫ぶと、落とした剣の柄が上がり自立した。そして剣先をアスファルトに擦りつけて火花を散らし始めた。

「今更何をやっても遅い」「ぐへへ」

 聖明依は何も言わず、火花をじっと見ていた。それは花びらとなりて集まり、桜吹雪となった。


「紅桜!」

 聖明依が覇気を込めて言うと、桜吹雪が聖明依を囲い、触手を切り落とした。

 その桜の繭があっとう間に消え、赤いメタリックの鎧を纏った聖明依が現れた。


 バケモノふたりは、焦りを見せた。

「なぁにぃ! あれは……」「鬼煌帝! ぐひぃぃぃぃぃ⁉」

「この私を辱めたこと、万死を持って償え!」

 撫士虎を握り、身をひねって回転斬りをみまった。


 バケモノたちは一瞬にして上下に分断され、塵となって消えた。

 他に気配がないか確認した。

 そして聖明依は篭手だけを残して、他の部分を桜花びらに戻して散らせた。

 脚を伸ばしたままその手で掴もうとすると、タイトスカートの裾からパンティのクロッチが滑り出た。

 紅桜の部位の中でもとりわけ浄化作用が強い篭手で拾い上げても、呪いのダイヤは怪しい輝きを放ったままだった。

「䰠胤……。はやく陰陽師を探し出さなければ」

 やっと駆けつけてきた警備員たちに事情を説明し、再びジュラルミンケースにしまったのだった。

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