三章 穢れたダイヤを浄化せよ

第一話 護るとは何だと思う?

 長方形の幅の広い石碑には、幾人もの文字が掘られていた。

 それに向けて、将校と聖明依の二人は手を合わせた。

「将校、線香です」

「遠慮しよう。どうも、実体ソリッドARの墓地には慣れなくてね」


 目の前には触ることも出来る実体にしか見えない、仮想現実空間が広がっていた。ただ、手触りは本物と比べれば遥かに劣るし、大きな力をかければ簡単に崩れてしまう。むろん、すぐにリロードすれば修復は何度も可能だ。

 ここまで本物そっくりだと、お香の匂いすら感じてしまうようだ。


「形だけでも。師匠が喜びます」

「……やっぱり遠慮しよう。初めての墓参りは、聖明依君の悲願が成就したあとでいいだろう」

 一通り挨拶を済ませた後、桃源神宮の墓地は消えて、檄・剣警隊月桂の視聴覚室に戻った。


 将校は大きな身体を、ゆっくりと聖明依に向けた。

「データとはいえ、なかなか戻れない里の英霊の石碑に案内してくれて礼を言うよ」

「インターネットを勉強したときに、初めて作ったデータなんです。他の人の役に立って良かったです」

「……八木薙巡査にも、墓が必要だな」

「そのことなのですが、やはり親族の皆さんへは」

「いや。それは月桂のトップである私の役目だよ。それに、親族が納得すまい」

「分かりました。よろしくお願いします」


「聖明依君」

「はい」

「護るとは何だと思う?」

「私なりの答えでいいのでしたら」

「聞かせてくれ」

「陰陽騎兵として、䰠を討滅すること。この身を犠牲にして多くの命が助かるのであれば、日本のため喜んで捧げます。そして、たとえそれが人であったとしても、多くの人々に害をなすならば、誇りと尊厳を以って斬ります」

「そうか。八木薙巡査は陰陽騎兵ではないが、彼は人々を護ったと思うかね」

「はい!」

「そうか……。君がそこまで言うなら、俺も胸を張って報告できるよ」


 将校は別れ際に帽子を深く被ってみせた。これから死亡通知書と共に、親族から恨まれ罵倒される覚悟が現れていた。


 聖明依はそれを見届けると、トイレの洗面台に立った。

 天空に打った《花印》の反応を見るためだ。

 水を貯めて左腕に巻いてある桃源鈴を浸し、桃の気で水を清めた。それから孔雀の羽の髪留めを外す。ふわっとポニーテールが解け、艶やかな黒髪が背中に流れた。

 その髪留めを水に沈める。清水せいすいによってのみ見ることが出来る、あるものを確かめるためだったが。

「糸が切られたのか?」

 あれから数時間しか経っていない。術に気づくには早すぎる気もした。

 髪留めから光る霊気の糸が伸びていたが、それは切れた凧糸のように水中で漂っていた。


 式神凰しきがみおう同士をつなぐ《花印》は、もともと鬼煌帝同士のテレパシーに使われていた霊的につなぐもの。いわゆる糸電話のようなものだ。

 天空の式神凰である《空牙》がもしも覚醒めていたなら、何らかの反応が得られたはずだった。

 髪留めを水から戻してハンカチで拭き上げると、そこに宿っている式神凰《凰鴆》に聞いた。

「空牙から何か連絡は?」

《駄目だ。花印直後から呼びかけたが全く応答がなかった。覚醒めていないとしか思えん。神気はおろか、源の霊気も感じられなかった》

「糸が切られたのはいつ頃?」

《我を水に浸す直前だな。まるで図ったかのようだ》

「居場所を追跡できればと思ったけれど、やっぱり甘かったようね」

 髪をまとめ、ポニーテールを結うと孔雀の髪留めをパチンとつけた。

《だが、近くに行けば我なら必ず分かる。花印は纏い手のみに継承される秘術、糸を切ることは出来ても、術そのものが破られることはないだろう》

「まさか、䰠が鎧を纏うなんて」

《前例はないが、不可能ではない。どうやって正気を保っているのか謎だがな》

「考えても仕方ない。今は行動しましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る