第十三話 逝かせてあげる

「いやぁぁぁぁぁん」

「きゃっ」


 この悲鳴に、聖明依は頭を抱えてしまった。

「䰠の暴走本能は、また色欲なの? ホント、嫌になっちゃう」

 聖明依は思わず恥じらってしまい、顔を背けた。

 幾体もの䰠を討滅してきたが、男も女も半数くらいの割合で色欲がむき出しになる。

 身体は巨大化し、2メートルは超えている。両腕は蔓のような触手となり枝分かれし、女体を絡め取っていた。彼女たちの顔は上気しており、本当の意味で苦しんでいるわけではなかった。更に卑猥なことに、䰠の股のところからは毛細血管が浮き出た巨大な逸物が、男を主張しそびえ勃っていた。

 

 将校は鎧姿の聖明依を見て、状況を説明した。

「察しの通り、䰠の正体は八木薙巡査だ。月桂が駆けつけた時は、䰠胤に手を伸ばしていて、止める間もなかった」

「油断でした。最初からクロアを狙っていたとは、考えが及びませんでした」

「今は反省会をしている時ではない」

 纏わりつこうとする触手を、手袋をつけたてで振り払った。触手は酸をかけられたような煙を出して溶けていく。


 その触手は、聖明依にも襲いかかった。そして身体を縛り上げた瞬間、火が付き消し炭となった。

「これくらいの穢れなら、紅桜の神気だけで十分滅せる」

「ほお。さすがは朱雀の荒御魂を宿しているだけはある。迂闊に触れんな」

 と笑う将校。鬼煌帝の凄さを見て、少しだけ安心したような顔だった。

「今は鎧より、䰠です」

「そうだったな」


 将校は周りの状況を分析し、指示を出した。

「聖明依君は、ご婦人の救助を。八木薙巡査は俺がやろう」

「いいえ。私がケリをつけます」

「人質が見えないのかね?」

 十人以上の女性が触手に吊るされていた。将校が銃を向けると、人質を盾にして狙えない。

 将校は聖明依にもう一度諭した。

「見ただろ? 人質を救助しなければ無理だ」

「一人一人を救助していては、この中に必ず犠牲者がでます。䰠に落ちてしまえば、討滅しなければなりません」

「……分かった、紅桜の力を信じよう。責任は私が取る」

「行きます!」


 聖明依は䰠に向かって走り出した。剣を構え、斬りかかろうとする。

 やはり吊るした人質を壁にされ、これ以上近づけない。

「今だ! 《豪炎・桜吹雪地走り、急々如律令》」

 剣をアスファルトの地面に突き立てると、右手甲てっこうを擦りつけながらその地面を殴った。

 そこから発生した火桜は、地を這うように駆け抜け䰠本体に到達。そのまま引火し、真っ赤に燃え盛った。


 完全に虚を疲れた上に、神経系に作用する術をくらっては人質たちを吊るし続けられない。女性たちが、高いところから一斉に落ちていく。

 それらを将校と、現場に駆けつけた月桂隊たちが受け止めた。

 それを見た剣警が慌てて駆けより、救助に加勢した。


 聖明依はすぐさま剣を引き抜くと、左籠手を立てて刀身の溝――しのぎ――を擦りつけた。

 たちまち撫士虎は火桜に包まれて、桃色に輝き始めた。そこから桃の花びらが吹き出てくる。まるで、歌舞伎一座の舞台上のようだ。

 聖明依の顔が頬面に隠れ、鬼の形相となった。同時に自身の霊気が極限まで高まるとともに、鬼煌帝の神気が頂点に達した。

「クロア、いま逝かせてあげる。……《白華吹雪》!」

 大きく踏み込み、唐竹割りに卑猥な逸物ごと一刀両断する。すると白い花びらが吹雪となり巨大な䰠であるクロアを包み込み、ズタズタに切り裂いていく。穢れた白い血飛沫は、火桜となって燃え盛る。

 それは、すべてを喰らい尽くす業火となり霧散した。


 後には、桃の花の甘い香りだけが残っていた。


 将校は鎧を解除した聖明依に、ねぎらいの言葉をかけた。

 すると、月桂の制服姿がくるりと向き直った。

「見事だ。しかし、この桃の香りは……」

「桃は邪気を祓うと言われています。撫士虎には、桃の木の神気が宿っているんです」

「なるほど。さすがは鬼煌帝の宝具だ」


 聖明依は刀剣を鞘に滑らせた。「クロア、安らかに」と、音を鳴らして剣が納まった。

 将校も黙祷する。他の月桂たちもそれに倣った。


 目を開けると、将校が帰投命令をだした。

「帰ろう」

「はい!」

「な……、聖明依君」追い抜きざまに耳打ちをされた。「その顔は、皆に見せないほうがいい」

「……すみません」

 聖明依はクロアが亡くなった無念や悔しさや憎しみよりも、䰠を討滅した達成感で充実した口元になっていたことに気がついた。

 

《我は、さっきまでの哀しみをちゃんと感じ取っていたぞ》

「うん、ありがとう凰鴆」

 いつもとは違い、凰鴆は優しく囁いてくれた。

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