第十二話 因縁の弾龍渦

 最善で最良で唯一の死守だった。

 偶然逸れた狙撃シーンを目撃できたのが幸いした。

 生存を確認した犯人は、ヘッドショットで仕留めてくる可能性が高い。もし別の部位を狙ったなら、治癒術で綺麗に治せる。

 だが、頭だけはどうしようもない。脳に宿った魂ごと砕かれては、神の御業を持つとされた、陰陽師安倍晴明だろうと治療できない。

 だから防御を一点に絞り、全力で撫士虎を伸ばして飛び込んだのだ。


 狙撃を跳ね返した衝撃が右腕に伝わり、撫士虎を落としそうになった。気合を込めて叫び、自身も喚起させた。

「しっかりしろ! クロア」

「聖明依?」

 無事を確認できて、とりあえずはほっとした。


 犯人は、次の狙撃をしてこない。

 それにしても、できるだけ霊力を右腕に集中させたというのにまだ衝撃が収まらない。

「腕が、まだ痺れる」

《ただのライフルに、ここまでの威力があるとは思えん。これはかなり大きな霊力が込められている。あるいは、この土地特有の魔硫か》

 凰鴆がいぶかしんだ。


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥン。


 まるで虫の羽音のような、プロペラのような激しい音が響いてきた。

 と同時に、聖明依は重い右手で何かを弾いた。

 もともと、不意打ちに備えて常に半径十数メートルに探知用の結界を巡らせている。それに引っかかったから反射的に動いたのだ。

 が、撫士虎を落としそうになったので、慌てて両手で握りしめた。

「くっ……。だが、犯人が分かった」

 クロアが仰向けのまま、千里眼で見えた犯人の情報を教えた。

「聖明依、犯人は12時の方向にいる。そいつは、例の蒼い鎧だ」

「やっぱり!」

 クロアの千里眼が、ここまで優秀だとは思わなかった。

 この聞いたことがある攻撃音は、あの時の惨劇の音だ。


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥン。

  ブゥゥゥゥゥゥゥゥン。

   ブゥゥゥゥゥゥゥゥン。


 忌まわしき音が、3つに重なって迫って来た。

 渦巻く龍のような弾道の軌跡の中で、神楽を舞うようにいなしていく。


 撫士虎を両手に逆手に持ち上げ、腰に来た弾を受け流し。

 ――キィィン。

 くるりと順手に返し、頭を狙った弾を流し捨て。

 ――キィィン。

 そのまま後ろ足をずらして、心臓を狙った弾を避け。

 ――キィィン。

 

 ここがゴブリンたちの死体の山でなければ、美しい舞いの舞台に住人たちは見とれていたかもしれない。

 しかも、それを彩るように激しい火花が消えずに漂う、不思議な光景。

 

《これは間違いようがない。天空の技だな》

「《弾龍渦ダンリュウカ》か」

 両親を殺した憎き技であるはずなのに、何も感じない自分が嫌になる。

 それでも、自身を奮い立たせた。

「朱雀の荒御魂あらみたまよ唸れ!」

 聖明依が叫ぶと呼応するかのように、漂う火花が紅い桜となって渦となり吹雪く。

 桜吹雪は聖明依を囲み、聖明依の衣服と下着がすべて消え、露わな姿となる。


 脚に渦巻き、朱メタリックカラーの鎧が顕現。

 腕に渦巻き、しなやかな籠手が顕現。

 腰に渦巻き、ミニスカートをあしらったかのような前垂れが顕現。

 胸に渦巻き、豊かな胸を紅き法衣が、優しく包み上げたゆんと揺れる。

 顔に渦巻き、鬼の形相が顕現。


 そして、兜を残して桜散り、聖明依の顔が晒される。

 この間、数秒と経っていない。

 あらゆる攻撃から身を守った桜吹雪が散りゆくと、紅いメタリックの鬼煌帝紅桜が推参した。


「天空!」

 紅桜により強化された視力により、遠方の天空をはっきりと捉えた。宝石のサファイアのように真っ青に輝き、紅桜のような曲線ではなく流線的な細いデザインだった。顔は面頬めんぼうに覆われて見えなかった。

 凰鴆は首を傾げるように言った。

《どういうことだ? 紅桜を纏った途端に姿を見せるとは》

「舐めるな!」

 聖明依はそう吐き捨てると、大きく踏み出しジャンプをした。かなり高く跳んだが、これでは数キロ先に浮かんでいる天空には到底届かない。


 両手を合わせ、人差し指と親指を付けて開いた。九字護身法のひとつ《在》の印に紅桜が呼応し、背から朱炎の翼が広がった。

 桜を散らしながら羽ばたくと、聖明依を風に乗せ鳥のように舞った。


《聖明依、慌てるな。花印かいんを奴に付けろ》

「分かってる」

 その右拳を刀剣の背に滑らし、火花を起こした。そのまま印を結ぶと桜の花の模様が空中に浮かび上がった

「花印、急々如律令!」

 覇気と共に剣で一刀両断。するとレーザー光線のような軌跡を描き、遠方の天空に命中した。

 

 ――どうしてこうも、自分は冷静でいられるんだ?

 憎いほどの仇のはずなのに、なぜ激情しない? 怒らない? 復讐が湧き上がらない?

 私には一欠片の宿怨も残っていないのか?


 天空を目の前にすれば、憎悪を呼び起こせると期待していた。しかし、ただの思い出以上の感慨しか絞り出せなかった。

「悔しい……」

 さっきの女子高生のような、フラッシュバックすら起らない自分が腹ただしいかった。


 しかし、天空を斬らなければならない義務感には駆られている。陰陽騎兵としての使命感、それが復讐を遂げる原動力なのは確かだ。


 天空は紅桜の接近を迎撃するように、弾龍渦が再び連射した。

 もうあのときの、避けることしかできなかった自分ではないとばかりに、それらを一刀両断した。


 天空は距離を突き放しにかかっているが、大した速度ではない。

 聖明依は大声で叫んだ。

「私の両親、師匠までも殺し、里を襲った。理由はどうあれ、きさまを斬らねばならぬ!」

「その理由を知りたくはないのか?」

 不自然に低い声だった。

 面頬で声が変わっていて、男なのか女なのかすら判別できなかった。

 聖明依は、間合いを詰めながら応えた。

「理由は関係ない。なんであろうと、キサマを斬る!」

「たった五年で、鬼煌帝をここまで扱えるようになるとは」


 聖明依は一方的に問うた。

「そもそも、お前はなぜ鬼煌帝を纏える? 私以外に纏い手は現れていないはずだ」

 朝歩実師匠は、他には誰もいないと言っていたはずだ。隠す理由もない。


《おい! あいつから䰠の気配がする》

「なんだって⁉」

 聖明依は、思わず空中停止した。

 鬼煌帝の御魂と一体となっている凰鴆は、䰠の探知が可能な状態となる。

 それはつまり……。

「天空の纏い手が、䰠に憑かれているだと⁉」

《聖明依!》

 混乱する聖明依に、凰鴆が活を入れた。

 天空が、宝具のライフルでこちらを狙っていたのだ。

 聖明依は慌てて、籠手を交差した。


 だが、天空は長銃を斜め上に構えてトリガーを引いた。

「何だ?」

 怪訝気味に弾道を追うと、キラっと一瞬光ったような気がした。

 問いただそうとした時、天空は翻って逃亡を図った。

「逃がすか!」

「キサマが鬼煌帝に選ばれたのは、何かの間違いだったらしいな」

「ふざけるな。私は継承の儀に耐えたんだ」

「ふははは。片腹痛いわ」

 天空はそういうと、空に吸い込まれるかのように姿を消し去ってしまった。


 大きなチャンスを、みすみす逃してしまった。

 どんなに接近しても、結局間合いに入ることができなかった。

 聖明依は、拳を震わせて悔しがった。


《聖明依、後方から䰠の気配だ》

「䰠……」

《しっかりしろ、聖明依。䰠の討滅は、陰陽騎兵の最重要任務だ》

「䰠である天空を、取り逃がしたのに?」

《奴はまだ正気を保っていたようだったが、後ろの䰠はもう手遅れのようだ》

「うそ。気配を感じてから、一分も経っていないだろ?」

《天空が放った弾丸、それに関係があるような気がする。まさかとは思うが》

 妙に照り返して輝いていた弾丸……。

「まさか、䰠胤ジーン⁉」

《おそらく。そして撃った方向には、千里眼の坊やがいる》

 それを聞いて、聖明依は翻った。


 天空は、端から紅桜の存在など眼中になかったのだ。

 復讐を遂げようとするあまり、奴の狙いを考えることが出来なかった。

 自分の浅はかさを、心から恥じた。


 師匠の言葉が心に響く。

「お前は確かに天才だが、素直すぎる。もっと多角的に観るんだ。経験を積め。才能に頼るな」


 天に祈るように通信した。

「クロア、応答して」

 ピピピ……。

 クロアの代わりに通信が割り込んできた。

 これは緊急回線ではない。仕方なく着信した。

『こちら、乃木坂少尉だ。聖明依君、君たちの現場に䰠が現れた。今すぐ戻ってきてくれ』

「なぜ将校が現場に?」

『私は現場主義でね。それに、人手が足りないのだよ。私だけ椅子に座っているわけにも行くまい』

「……了解、今すぐ向かいます」


 クロアでないことを祈りながら、聖明依は現場に降り立った。

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