第二十一話 燃ゆ!

「させるか! 《三楼槍 急々如律令》」

 赤い槍がオークを吹き飛ばした。

「聖明依ちゃん、助かったわ。ありがとう」

「アマシア、今よ。完全な鎧の姿になって、解除を!」

 アマシアが強く頷いた。


 空牙を両手に握りしめ祈るように掲げた。

「青龍の荒御魂よ、お願い! 鬼煌帝・天空よ、私に力を!」

 アマシアの両手の中が光り輝き、蒼き風が包み込んだ。


 巫女装束が蜃気楼のように消え去り、生まれたばかりの姿となる。

 濃い蒼き風が身体に刺激を与えつつ、全身を這い回ってきた。

「あんっ」

 その心地いい刺激に思わず声が漏れてしまう。

 そして、あっという間に青いメタリックの鎧が顕現し、その特徴的な流線形のフォルムが顕現した。

 頭の耳は、兜の飾りとして後ろに垂れるように置かれた。

 身体の線がはっきりと現れており、巨乳の胸の形から、お尻やクロッチの形までほとんど詳細に鎧のデザインとなっていた。

 これを纏ったアマシアは成功したというよりも、恥ずかしさで思わず身体を隠してしまった。

「やだ、なにこれ。裸みたいじゃないの」

 でも殺生石を目の前にして、すぐに開き直った。

「空牙、残り時間は?」

《あと、30秒くらいだがなんとかサポートしてみよう。はやく『絶対結界解除』と唱えてくれ》

「分かったわ。《絶対結界解除 急々如律令!》」

《今だ! 石を叩き割れ!》

「《弾龍禍、急々如律令》!」

 顕現した拳銃を向け、ありったけの霊力を込めて、殺生石を撃ち砕いた。



 ――聖明依は、紅き槍で吹き飛ばしたオークのうち一体を追撃で一刀両断した。

《三楼槍で貫けぬとは、なんて硬い奴らだ》

 凰鴆の驚きと同時に、もう一体はあらぬ方向に槍を飛ばした。

 焦ってミスをしたか?

 いや、違う!

「おなじ過ちを繰り返してなるものか!」

 瞬時にジャンプし、槍を叩き落とした。

 やはり、軌道の先にはアマシアが立っていた。

 初めて鎧を纏って、なにやら恥ずかしそうにしている。


 聖明依が突っ込む間も無く、オークが殴りかかってきた。

 撫士虎でそれを受ける。

 激しい火花が散る。

 物凄いパワーに押し込まれていく。


「なんて力⁉」

《おそらくだが、さっき討滅したオークの呪力をこの一体に集中させたのだろう》

「それにしても、紅桜のパワーを上回るなんて」

 聖明依は頬面を装着した。

 これで100パーセントの紅桜で戦える。もちろん、これで纏い時間が極端に短くなるが後のことなどもうどうでもいい。

 

 オークを倒し、九尾を討滅し、全てを終わらせる!


 しかし、オークのプレッシャーがそれを上回った。

 完全体紅桜でも止められない。

「おお! 豪炎!」

 聖明依は荒御魂を燃やし尽くす勢いで、激しい炎を身に纏った。

 その炎は大きく広がりを見せ、まさに鬼神不動明王の如く。


「聖明依ちゃん、殺生石を撃ち砕いたよ!」


 アマシアの言葉を聞いて、前へ大きく踏み出した。

 胎内が燃えていく。

 絶対結界が解除されたことで、紅桜の神気に耐えきれなくなったのだ。

 オークも例外ではなかった。

 

 だが、オークの身体が巨大化していった。

 聖明依が後ずさると、燃え盛る炎の中でオークが変化を始めた。

「ワゥゥゥー!」

 犬か何かの遠吠えが響き渡った。


 聖明依が見上げた。

「オークと九尾が一つの姿になったのか?」

 胎内は完全燃え尽きたようだが、その霊気がオークに吸われてどんどん巨大化していく。九尾の頭と尾は、ゴムが戻るようにオークの首と合体した。

 頭はキツネ、身体は人、尾もある。しかし、身体は赤い炎で燃えている。それでもダメージになっていないのか、拳を振り下ろしてきた。

 聖明依はすぐにジャンプで躱すと、改めて敵を睨みつけた。


 高さは3メートルはあろうか。

 紅桜の神気の炎をまるで取り込んでいるかのように、こちらを威圧してくる。

 肌はどす黒く、目はない。


 凰鴆が今まで聞いたことがない、焦りの声を出した。

《まずいぞ。奴は全ての霊力をお前の抹殺に向けている。触れられた瞬間に、ドカンだ》

「そうなったら凰都は?」

《我らの里と同様の惨状は割けられまい》


 因果応報……。復讐の連鎖は不幸しか産まない。


 そんな常識が、聖明依の頭を改めてよぎった。

「それがどうした?」

《聖明依? 何を言っている?》

「私は、復讐を燃やし尽くして、全てを終わらせる! そこに不幸は絶対に出さない! それが陰陽騎兵、槇村聖明依だ!」


 聖明依は大きく飛翔し、不動明王が降りた紅桜の顔をオークに見せつけた。

「グルル!」

 見えていないはずの敵の顔から、明らかに動揺が見られた。

 この鬼の形相は、視覚ではなく相手の深層心理に直接轟かせる。

 それは、継承の儀にみせる幻術のように、抗えるものはこの地上に存在しない。


 撫士虎を振り上げた。

 その刀身がみるみる巨大化し、聖明依の身長の二倍になった。

「これで終わりだ! 穢れた過去の因縁よ。せめて、桜となりて散り逝け!」


 敵は巨大な霊剣を、腕を交差させ受け止めた。

「覇!」

 更に紅桜の後光が燃え盛り、赤から青、そして白い炎へと移り変わっていく。

 紅桜の身体も同じく、白い桃色のメタルボディになった。


「「「「「これで終わりだ!」」」」」」」


 戦いを見守っていた誰もが叫んだ。将校や月桂たちも、纏い時間ギリギリで脱出したアマシアも、そして式神の飯塚真実も。


 槇村聖明依も!


 白い閃光が巨大な敵を真っ二つに割り、白桃色の紅桜は地響きと共に着地した。


 同時に鎧が解け、桜と散った。

 ゆっくりと見上げると、因果にまみれた敵巨人は首が既に桜吹雪になっていた。


 突風が吹きすさんだ。


 それは巨人の桜をあっという間に美しい紅の渦を作り出し、聖明依たち皆の身体をすり抜けていった。

 

「まるで、桜の樹ね」

《だが、幹まで花と散る桜なんぞ聞いたことはないがな》

「でも今、目の前にあるでしょ」

《ああ。次の紅桜継承者に伝えておこう》


 聖明依は、アマシアや将校が待つ場所へ振り返った。

 皆、手を降って祝福してくれた。


 ふと左を向くと、真実が笑っていた。彼女は頭を深く下げ、踵をゆっくりと返した。

 聖明依は、懐にしまっていた折り鶴にメッセージを込めて、軽く押した。

 折り鶴は真実のもとに返っていった。

 真実はそれを受け取ると、涙を流した。



『きっとまた会えるよ、今度は仲間として』

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