最前線 その②

「アマシア、もっと力を抜いて」

「で、でも。きゃっ」

「ほら、大丈夫。身を委ねて」

「やん⁉ 飛んじゃうぅ!」

「おっと」

 聖明依がアマシアの手を握った。

 危うく成層圏まで飛んでいくところだった。

 緊急事態の今、天空の力を実践で覚えていくしか無い。それでアマシアは空を飛びつつ進み、聖明依は高層ビルとビルの間を飛んでいた。

 ふたりとも鬼煌帝の正式な巫女装束を着ていた。


「それにしても、アマシアが天空の纏い手になれたなんて。今でも驚いてるわ」

「私だって、信じられないわよ」

《兎姫の聖明依への強い愛があってこそ、僕は纏い手に相応しいと思ったのだよ》

 空牙の言葉に、アマシアが同意した。

「そうね。聖明依ちゃんのおかげよ」

「私はなにも……してないよ」

 聖明依の頬が少しだけ赤くなった。


 桃源神宮に保管されていた天空の巫女装束は、宝物庫とは別の場所の地下に眠っていた。その他の鬼煌帝専用装束もある。もちろん、男女両方共用意されており、アマシアに着せたのは女性用だ。


 そして、着用者の御霊に反応してデザインが変わってしまう。


 アマシアの巫女装束は、かなり奇抜な変化を見せた。燕尾が出来ており、頭の耳と合わさってバニーガールを思わせた。藍色袴の部分はなんと前側に切り込みが大胆に入れられてしまい、膝を曲げると青色網タイツに包まれた脚が露われる。パンツ部分はハイレグデザインになり、ぴっちりしている。

 上半身の着物の袖は、たすき掛けで締め上げられており、腕を上げれば脇が丸見えになる。胸元は大胆に広がっており、肌色が非常に多い印象を与えた。


「聖明依ちゃん、これ動きにくい」

「慣れるしか無いよ。それをつけなきゃ鎧を纏えない」

「装束变化の術かけてくれたっていいのに」

「時間がないのっ」

「うわぁぁぁ」


 今度は右に大きく振られてしまった。

 修正しようと集中すると、大きな九尾が見えた。

「あんなに大きな九尾を、結界で縛り付けている。凄い」

「月桂の陰陽騎兵も、知らない間にずいぶんと鍛錬を積んだみたい」

「ええ、本当に凄いわ」


 聖明依は式神折り鶴を通して、将校に連絡をとった。

「聖明依です。今から九尾の胎内に突入します」

『それが作戦かね?』

「はい。コアである殺生石が中心部にあるんです。その近くで天空の鎧を纏って解除しないとならないんです」

『そうか、やり遂げたか。キューリッサ君に変わってくれ』


「将校、キューリッサです」

『天空の継承、おめでとう。私の憧れだった鬼煌帝に君は選ばれた。もっと自信を持て』

「……そうですね」

『凰都、いやアジアの防衛は君たちに掛かっている。頼んだぞ』

「はい」

『こちらは、九尾のあぎとを開けておこう』


 がんじがらめに巻かれた霊的な鎖、その顎の部分が解かれた。

 と同時に地鳴りのような咆哮が轟き、プレッシャーが数百メートル先の聖明依たちにまで届いた。

「怯まないで、アマシア。この装束なら大丈夫」

「ええ」

「吠えている今がチャンスよ、意識を九尾の口に集中して飛んで!」

「うん!」

 アマシアの身体がそこに目掛けて飛んでいく。聖明依も、やや遠くのビルから霊力の身体強化で跳躍した。

 聖明依が先に口の中に入りそうだ。

 だがその時、アマシアの軌道がズレた。

「しまった!」

「アマシア、手を!」

 伸ばした手に、アマシアの指がかかる。目が見開き、風が巻き起こって指と指が絡まった。

 聖明依はその手を強く握って、アマシアを釣り上げた。


 舌がない口の中で、アマシアが転がり落ちた。

「大丈夫?」

「うん、ありがとう」

「ここが九尾の中か。本物のキツネとはずいぶん作りが違うみたい」

「歯はあっても舌がない。食べる必要がないから?」

「興味は尽きないけれど、私達は生態調査に来たわけじゃない。奥に進みましょう」

「了解よ」


 聖明依はこれからの戦いに備え、折り鶴を懐にしまった。

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