愛を知った天空 その④

 ――アマシアは宙を彷徨う感覚に見舞われていた。

 鬼煌帝継承の儀を受ける者は、強力な幻術にかけらると聞いている。たとえ幻術だと最初から分かっていても、抵抗しても、絶対に解けることはない完全催眠。

 その幻術に耐えられたならば夢となってなかったことになる。でも、失敗すればそれら全て現実に起こったこととして身に降りかかる。殆どの場合は命を落とす……。

「ダメダメダメ。弱気なったら成功なんて出来っこないわ」


 暴風に突然煽られ、方向感覚がバラバラになる。

「きゃあ⁉ あああ」

 すぐに口をつぐみ、姿勢を丸めた。胸を潰すように、膝を抱きしめた。

 これで暴風の影響は最小限になった。それでも、息ができないくらい苦しい。


 風を感じるのにどうして?


 本当に幻術なのか疑い始めていた。

 暴風で肌の温度は奪われ、どんどん寒くなっていく。耳に入ってくる風鳴りも、四方八方に響いてくる。お尻の当たりから中へ風が入ってくるので、力を入れて締め付けないければならなくなった。


 それにこのリアルすぎる感覚は、VRなんて比じゃない。まるで現実そのもの。

「痛⁉」

 どこか切れた?

 ゆっくりと顔をあげると、両腕がズタズタに切りされていて、血が風に煽られていた。

「ひぃ⁉」

 自分が前線を離れたときのことを思い出してしまった。


 そう。血を見るのが苦手だ。そして、死体を見るのも。

 誰かが側にいればなんとか虚勢を張って我慢できた。だけど、一人は駄目。独りじゃ駄目。単独行動が多い陰陽騎兵で、それは致命的だった。

 一人前になんとか慣れたけれど、私はバディが組める警察機構に身を投じた。静かに暮らしたかったけれど、やっぱり生まれた頃から陰陽騎兵として鍛えられた運命からは逃れられなかった。

 それでも、月桂の現場は凄惨で耐えられなかった。剣警に転属を申し出た時、将校はデスクに私を置いた。


 私は弱い。戦士として弱すぎた。

 そんな劣等感を毎日抱いていた。

 そして辞表を書こうと机に向かって、決心したあの夜に聖明依ちゃんが現れた。

 新しい娘と入れ替わりになるなら、いいタイミングだと思ってたのに、あの娘は純粋でそして強くて、目を見張るほどの天才だった。


「ぐはぁっ。背中の神経が……、耳まで切られた」


 私の劣等感は益々高まったはずだったのだけど。なぜかあの娘から目が離せなかった。

 復讐をすると聞いた時、全てわかった。

 ああ、この娘も私と同じなんだって。私は戦士としては弱いけれど、あの娘は心が弱いんだって気がついた。

 そう思って抱きしめた時、ますます確信した。


 疑われていたのも薄々分かってた。

 いくら弱い私が言っても、きっと逆効果。そう思って私は何も弁明せず、心に留めていた。こう言うことは得意だったから。


「え……膝から下が無い。うわぁぁ!」


 だけど、だけど!

 私は誓ったんだ。聖明依ちゃんを心で守るって。あの娘の壊れた心は私が守るって!


 だから!


 こんなことで死ねない!


 ……なにか聞こえる。この轟音の中に、確かに声が。

「聖明依を私は赦さない! 決して赦さない!」

 誰?

「聖明依を殺す! 私の命を奪った聖明依を殺す!」

「まさか……、飯塚真実⁉ 本体は討滅されたはず」

「聖明依を赦さない! 殺す! 殺す!」

「さっきから同じことばかり言ってる。短いリピート再生でもかけてるみたい……、もしかしてこれって」


 でも、考えようとすると痛みが……。


「それでも私は、聖明依ちゃんを守る! あなたが生霊として呪おうとしても、私が振り払う! 呪うなら天空を継承するこの私を呪いなさい!」

 たとえ儀式が失敗して、ズタズタの身体になったとしても、真実ちゃんの呪いごとしぶとく生きてみせる!


《ほお……。僕を眠りから覚ましたのは、君かい?》

「誰?」

《私は空牙。式神凰と呼ばている》

「うそよ。幻聴よ。力がない私なんかに空牙が話しかけてくるなんて、ありえない」

《君は、犯された私の魂を濯いてくれた。こんなに晴れやかな気分は何百年ぶりだろう》

「浄化したのは、式神の真実ちゃんで、私では」

《いいや。君の愛が、邪悪な心に犯された魂を浄化したのだ。どんな強力な清水でも出来ぬことだ》

「でも私なんて……」

《それに君は面白いことを言ったな。稀代の天才槇村聖明依を守ると》

「眠っていたんじゃ?」

《意識は無くとも耳は聞こえ、記憶は蓄積されていく、それが式神凰というもの。君の覚悟に嘘偽りはないな?》

「当たり前よ!」

《即答か。わはははっ。実に面白い、気に入った。さあ、兎姫よ。目覚めのときだ》

「うひめ?」

《見事な長い耳を持った君のことだ》


 頭を触ってみた。耳が切れていない。

 脚もどこもなにも切れていない。

 幻覚が解けている。


《さあ、兎姫。聖明依たちが待っている……》

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