第十六話 聖明依の想い

 機燐獅を置いて、聖明依は徒歩でアマシアを案内した。一分もしないうちに倉庫のような小さな建物が見えた。

「ここ、聖明依ちゃんの鍛錬場ね」

「入って」

 中には器具らしい物はほとんどなく、冷蔵庫や工具くらいしか置かれていなかった。中央は何もない空間で、床は刀傷のようなものがところどころついていた。

 シャワー室の所まで来て、聖明依は向き直った。


「単刀直入に言うわ。あなたに鬼煌帝天空の継承者になって欲しい」

「む、無理よそんなの。知ってるでしょ、私がどうしてデスクに行ったか」

「霊力の才があるかないか、そんな物は関係ない」

「あるに決まってるでしょ? だから聖明依ちゃん以外の纏い手が現れなかったんだから」

「継承者になるということは、纏い手と同様の意味ではないの。私の師匠は紅桜の正統継承者だったけど、鎧は纏えなかった」


「私にどうして欲しいの?」

「天空を継承して、九尾にかけられた《絶対結界》を解いてほしい」

「あの九尾全体に結界が?」

「そうとしか考えられない。攻撃や術が全く通らないの」

「でも、術者というか陰陽師だから呪師は討滅したのだから効力がなくなるんじゃ?」

「いいえ。絶命する前に転移が完了すれば、ずっと対象を守り続ける。最後の最後にあいつは呪いを残していった」


「そんな。転移に失敗したから九尾が出現したと思ったら、両方とも成功させてたなんて」

「このままでは、完全無欠のモンスターを相手にするようなものよ。あらゆる地上の兵器を動員しても無駄、霊的攻撃も無意味。神々すら歯が立たない」

「それじゃ、倒せないじゃない」

「だから、お姉さんにお願いしている」


 聖明依はアマシアの手を取った。末端部分なら高熱になっていないはずだ。

「お姉さん、ううん、アマシア。お願い聞いてくれないかな」

「でも……」

「知っての通り、継承の儀には危険が伴う。失敗すれば死ぬことだってある。でも、近くであなたをずってみてきたから言える。きっとあなたは継承者になれる」

「根拠は何?」

「私を信じて。命がかかっているのに、出来ないお願いなんてしない」

「お願い聞いてくれたら、やってあげる」

「私は真剣に」

「私もよ、聖明依ちゃん。キスして」


「な、なに?」

「私のことをスパイだって疑ってたでしょ。確かに疑われても仕方がなかったけれど。それと儀式を引き受けることの埋め合わせ」

「確かにそうだけど、それとこれとは……」

「ね?」

「ごめんなさい、そんな感情はまったくないの。友人としても、親友としても、ましてや恋人としての感情なんて、私にはもう湧いてこない」

「聖明依ちゃん、深く考える必要ないよ。応えられないことくらい、分かってるわ。ただ、これから死地に行くのよ。デスクだった私がよ。だから、勇気を分けて」

「分かった。でも、舌は入れないでね」

「それは残念……ん?」


 聖明依から踵を上げてキスをした。

 一瞬だけ鎧を開放し、聖明依は裸になった。紅桜の欠片が花びらとなって周りに漂う。

 ほんの少しだけ胸を押し付けたあと、すぐに離れて欠片を再び集約させ鎧を纏い直した。


「っ……つ、ハアハアハア……」

「聖明依ちゃん! なんて馬鹿なことを!」

「だってこうしないと、アマシアが燃えちゃうか……ら。はぁはぁ」

「私のことなんて、それにこの制服なら……」

「私も、覚悟をみせてみた……だけよ」

 身体の力が抜け、眼の前が真っ暗になる。

 今倒れたら……。

「駄目よ、聖明依ちゃん!」

「アマシア、離れて……。あなたの身体が焼けちゃう……」

「人を心配できるなら、あなたはまだ戻れる」

「戻れる?」


 制服の耐熱が限界に近づき、煙が立ち上ってきだした。

 それでも、アマシアは聖明依を抱きしめていた。

「ええ、だから焦らなくていいと思う」

「アマシア……」

「私はね、愛情って人に元々備わったものだけど後天的なものでもあると思うの」

「経験すれば育まれるってこと?」

「たぶん。私は学者じゃないから確かなことは言えないけれど、あなたはバニィ族の私を偏見なく接してくれるじゃない」

「それは、私がよそ者だからで」

「それでも、私は嬉しかった。だからかな、聖明依ちゃん相手だとすぐにはしゃいじゃう」


 聖明依は自分で立った。今は昏倒している場合ではない。

 そして、影響が少ない手の平を差し出して、アマシアの手を握った改めて握った。

「アマシア、天空の継承者になるということは多大な責任も伴う。きっと困難な任務も与えられると思う。その時になったら、私が側にいてあげたい」

「聖明依ちゃん……」

「だって、危なかっしいもの」

「もうっ。……うふふふ」

「アマシア、継承の儀が成功したら。私の側にずっといて欲しい」

「いいわ。覚悟を決めてみる。出来るかどうか分からないけれど、私を必要としてくれるなら喜んで」

「利用しようしているだけかも」

「それでも、キスのお釣りは返させてね」


 二人は見つめ合った。

 アマシアが目を閉じた。それを見た聖明依は、手を離した。

「さ、シャワーを浴びて身を清めてて。真実を呼んでくるから」

「ちょ、今の流れでそれはないでしょ」

「制服ももうだめね。後で変わりの服を取ってきましょう」

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