殺生石・急 その③
九尾に向かって撫士虎を一太刀浴びせた。
キンッ。
物凄く硬い毛に跳ね返されてしまう。
何度斬りつけても、文字通り歯が立たなかった。
死角から衝撃が襲い、吹き飛ばされた。
宙で身体をひねりながら受け身を取った。どうやら尾っぽの攻撃をもらったようだ。
いつもなら、簡単に察知してかわせたはずだ。
疲れか? いや、怪我が治りきれていないとは言えこれくらいでスタミナが切れるなんてありえない。
それなのに、肩で息をしている自分に気がついた。
今度は、術で攻撃をする。
しかし、火炎術も土龍術も全て無効化されてしまう。
不意に折り鶴が飛んできた。
「式神?」
それに気を取られ、九尾の尾攻撃をまともにくらってしまった。
ビルの瓦礫に叩きつけられ、胸から下が埋まってしまった。
『聖明依ちゃん、聞こえて?』
「お姉さん……」
『真実ちゃんが通信用の式神を作ってくれたの。将校とあなたのところと私の3羽だけ。4羽目でテストしたらもうノイズがひどくなっちゃって』
「ノイズ?」
『九尾が顕現したことで、この辺り一帯が酷い電波障害にみまわれているらしいの』
『聖明依さん』
「真実?」
『はい。この九尾は、主の穢れた陰の魂と天空の神気が合わさった妖魔です。己の存在を維持するために、強烈な磁場を発生させていると思われます。電波障害の他に、呪に影響が出ているようです。術にもないとは言い切れません。気をつけてください』
「分かった、ありがとう」
『でも、鬼煌帝でしかも朱雀の神気ならば影響はほとんどないと思います』
「それがね、今は駄目なの」
ビルの瓦礫に埋まった聖明依は、動かない肩をすくめた。
「まだ神気酔いが回復しきってなくて、紅桜を纏えないの」
『解いたのですか?』
「ついさっきね。おかげで力が出せないの」
『胸の傷は大丈夫なんですか?』
「ええ。胴だけは纏っているから、なんとか戦えている、けれどっ」
瓦礫から身を起こして立ち上がった。一見肌が露出している手足は、朱雀の加護でほぼ無傷だが守りに不安はある。
《それだけではないだろう。仇を討ったことで、今まで高めてきた闘志が一気に消えている。我は、撤退を進言しているところだ》
「私は陰陽騎兵だ。このくらいで……」
《お前はまだ子どもだ。経験値と精神の未熟さは、どんな才があろうと補えん。朝歩実も言っていただろ》
「ここで師匠の名前だすなんて、ずるいよ……」
《妖魔を倒すためだけの木偶人形に成り下がるな、聖明依》
『聖明依さん、私も凰鴆に賛成です。人の意識というものは、思った以上の影響があります。RIDの最奥に潜っている時も、ふとした緊張の緩みで命を落とした人を見てきました。お願いですから、一時徹底してください』
聖明依は首を振った。
「駄目よ。九尾を放っておけない。それに、電波障害のせいで檄・剣警隊たちも動けないはず。ですよね、将校」
『……ああ。だがな、聖明依君。小規模部隊なら動くことは可能だ。私が指揮を執る。現場には既に向かっている』
「それでも、せいぜい5人が限界なはずです」
『聖明依君、
「ですが……」ジュッと音と共に、不意にお尻がゾワッとした。「キャー⁉」
誰かに後ろから、お尻をつかまれたのだ。
揉み上げられ、さら電流が走った。
「はぅん⁉」
「聖明依ちゃんのお尻、感度いいのね。スベスベ~」
「アマシア⁉」
声をひっくり返してしまった。
手を払って振り返ると、制服姿のアマシアが手袋をした手で立っていた。
「聖明依ちゃん、大丈夫?」
「たった今、身の危険を感じたわよ! 何するの!」
いつもなら背後に立たれたら気づくはずだ。
もしかして、範囲結界すら張れていないほど疲労しているのか?
お尻を抑えていると、アマシアが真剣な面持ちで言った。
「ねぇ、聖明依ちゃん。あなたのやるべきことは何? 最善の行動は何? もう一度考えてみて」
「痴漢したくせに何を……あ……。最善の行動は……、行動は……」
聖明依は急に冴え始めた思慮の答えに、言葉を
アマシアは笑顔で聖明依の両肩を持った。
「ね? 稀代の天才ならもう分かっているはずよ。私にだって分かることだもの」
じゅぅぅぅ。
焼き焦げる音と匂いがした。
聖明依がはっと気が付き、アマシアに怒鳴った。
「手を離して! でないと、紅桜の神気でお姉さんの手が!」
「耐熱性のグローブだから大丈夫よ」
聖明依が大きく首を振って、もう一度止めようとしたがその言葉をぐっと飲み込んだ。
「……ずるいよ、お姉さん。言うとおりにするから、手を離して」
「ふふふ。すっごい焼けちゃったわね、こりゃ交換申請しとかなきゃ」
『申請なら喜んで受付よう。私は持ち場に戻るよ』
「あ、将校。お疲れ様です!」
アマシアが恥ずかしそうに敬礼した後に、聖明依は頬を膨らませて説教した。
「もうっ。もしも腕の鎧も纏っていたら、この程度じゃ済まなかったよ?」
「そうなの⁉ ラッキーだわ」
「……もう、本当に敵わないわ。天空よりも手強いよ」
「お褒めに預かり光栄だわ。さ、行って。ここは相棒に任せなさい」
「でも、行くのは一緒だよ」
「もう、こんな時に何?」
「このままでは、九尾は絶対に倒せない。だから来て」
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