殺生石・急 その②

 すぐアマシアからライブ映像が送られてきた。

 ARディスプレイで出力すると、立体的な全容が見えてきた。

 

 身体は全体的に白く大きい。隣りのビルよりも膨れ上がろうとしている。

 尾を持ち、身体を丸めるように寝ていた。その姿は狐を思わせた。でも頭の部分が隠れていてそう言っていいのか分からない。それくらい尾が太い。いや、既に尾よりも胴体が膨れ上がっている。

 どこまで巨大になるのか、見当もつかない。

 とうとう、アマシアのデバイスカメラからハミ出してしまった。


 ここまで大きいならと、ビルの上から伺うと案の定だ。白い毛の動物のようなものが、怪獣のように現れた。周りの建物が倒壊するも、照明がそれを下から照らしつけていく。下は一気に大渋滞となり、パトカーが全く進めないパニック状態になっていた。

「凰鴆、あれが何か分かる?」

《妖狐・九尾だな。どう見ても》

「能『殺生石』を再現? ふざけるのも大概にしてほしいわ」

《前例はない。そもそもその話は絵空事だ。九尾など存在せん》

「念の為聞くけど、安倍晴明の母親が九尾っていうのは」

《あははは。聖明依、そんなことを信じているのか。あれは奴自身が広めた作り話だ》

「そうなの」

《だが今は、「存在しなかった」と訂正しよう》

「虚構でない以上、妖魔に変わりない。災いなすものは、斬るだけだ」

 ビルを飛び降り、落下中にその壁を蹴り飛ばした。そのビルのガラスにはヒビが入ってしまったが跳躍には十分の反発力が稼げた。

 

 夜風が頬や素肌の腕や太ももに降り注ぐ。耳を通り過ぎる風音に、妖狐の鳴き声が混じり始めた。空中のバランスが悪くなるので、撫士虎を納刀した。

「あの妖狐、今にも動きだしそう……よっと」

 飛距離を稼ぐために、もう一度通りがかりのビルを蹴り飛ばした。

《陰陽師の式神の呪なのか? これほどの質量を即座に顕現させ活動状態にさせるとは》

「鬼煌帝の影響は?」

《間違いなくあるだろう。増大したしゅ力でこれを作りだしたようだ。どうやら、穢れまみれになった時に設置したらしいからな。式神の真実が場所を特定できなかったことから、それは予想できる》

「凰鴆、その推理癖直らない?」

《未熟な聖明依に『三つ子の魂百まで』という言葉を教えてやろう》

「百歳以上生きてるくせに、よく言うわ」

 凰鴆への憎まれ口も、すっかり慣れてしまった。

 

 妖狐の巨大化が止まった。その周りにおきた砂煙が、まるで鳥の巣のように取り巻いていた。

 やや離れた、二階建ての屋根に降り立ち妖狐の様子を伺うことにした。どんな能力があるのか全くの未知数だ。あの狐のような口から火炎放射が出たって、不思議じゃない。


 デバイスを取り出す。カメラフレームに妖狐を映し、月桂の分析AIにアクセスする。

 映像だけで基本データくらいは、はじき出せるはずだ。


【種別:九尾(伝承より参照) 全長:約22 m(体長:約10 m)

 体重:約1 kg】

 

「あんな巨体でたったの1キロ⁉ ……つまり、殺生石が肥大化したと考えるが妥当のようね」

 聖明依は意を決して、撫士虎を抜刀した。

 大きく深呼吸をし、胸に手を当てる。


 ドク……ドク……ドク……。


 まだ傷が癒えていない。

 胴鎧でも一時的に解除できれば、神気酔いが早く覚めたのだが期待できそうになかった。


 神気酔いの耐性は、聖明依は生まれつきその耐性が非常に高い。それでも持って10分間程度である。活動を押さえれば一時間弱はいられるが、動いてしまうとすぐにタイムリミットが来てしまう。

 部分纏いは装着者の負担を大きく軽減するが、力もそれに比例してしまう。


 それでも神気の力は大きい。通常の医学では再起不能と言われるような傷すら跡形もなく完治させ、妖魔を討ち滅ぼす絶対的な破壊力をもたらす。

 このままでは、完全な紅桜を纏えない。


 もう一度大きく深呼吸をして、撫士虎の柄を握りしめて飛び出した。

「仕留める!」

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