愛を知った天空 その②
――檄・剣警隊妖狐迎撃部隊は予想だにしない苦戦を強いられていた。通信機が使いものにならないため、巨大な九尾を囲っての戦いが困難。とくに尾っぽの攻撃は9つの尾が別々に標的を狙うため、単独行動すら危うい。
どうしても、最少人数で固まって戦うしか無かった。
何よりも、聖明依の言う通り攻撃が全く通用しない。通常兵器はもとより、魔硫式兵器も例外ではなかった。霊的な攻撃も全て跳ね返されてしまう。更に強力な軍事の要請も考えたが、そもそも連絡が出来ない。それに、この環境下では最新鋭の兵器はただの鉄くずに成り下がるだけだろう。
よって将校が出した作戦が最良と言わざるを得なかった。
「対象を結界で縛り付け、封印する」
「ですが将校。長くは持ちません」
「それでもやるしかないだろう。幸い、九尾の攻撃頻度は高くない。今のうちに動きを封じておかねば、暴れだしたら凰都だけでは済まない。近隣諸国の満洲や内モンゴルにまで被害が拡大しかねん。もしも海を渡られたら、本国日本もただでは済むまい。各自、持ち場につけ!」
「了解!」
まだ大人しい九尾を見上げて、将校は呟いた。
「これは、討滅した飯塚真実の復讐劇なのか。復讐は復讐を生むと言うが……。聖明依君、どう動くかね」
――一方、修練場倉庫。
掃除道具からスチールバケツを取り出した聖明依は、水道水を貯めて真実のところに持ってきた。
真実は呪符を用意し、浄化用の結界陣を描き終わっていた。陰陽師特有の五芒星だ。
「他に用意するものはない?」
「では、その宝剣を水に十秒くらい沈めてください。清水づくりの助けになります」
「分かった」
撫士虎を抜刀し、剣先を水に沈めた。
「もう結構です。あとは私が呪力を使って精製します」
「どのくらいかかる?」
「かなり穢れていますから、一回ではできないかもしれません。このお水を元に強清水をつくって、水道水で薄めて大量に作ろうと思ってます。入れ物は他にありますか?」
「あと3つくらいはあったかな」
「でしたら、それらをローテーションしてみます」
「お願い」
「聖明依さん、強清水精製から空牙の浄化まで時間があります。お休みになられては」
「なら、隅で座って瞑想にふけるとするよ。眠るよりも早く回復できるから」
「それでしたら、気持ちの落ち着くお香はいかがですか? 瞑想すらならもってこいですよ」
「お香はあるけれど、そんな効能のもの備蓄してたかな?」
「大丈夫です。調合すればなんとかなるものです」
「さすが陰陽師ね。知恵と知識は陰陽騎兵の遥か彼方だわ」
「稀代の天才にそう言っていただけるなんて、光栄です。それでは、準備しますね」
聖明依は広い鍛錬場の薄暗い隅を選んだ。
撫士虎を呼び寄せ、剣を抜き剣先をそっと床に立てる。するとそれは以前からそこにあったオブジェのように静止した。
その峰に背中を預けながらあぐらをかく。太ももが大きく開かれ、ハイレグの胴鎧から骨盤で膨れた肌が覗いた。
目を瞑り、ゆっくりと深く呼吸を繰り返す。
コトッ、と音が聞こえた。きっと真実がお香を置いてくれたのだろう。まるで肺が心から清らかになっていくようだ。
更に呼吸が深くなっていく。
朱雀の姿が心象に現れ始めた。
そして、その鼓動に身を委ねると意識が深く、そして高く沈んでいった……。
……桃源神宮が燃えている?
瞑想が解け始めているようだ。
何度も夢に出てくる凄惨な光景は、実は嫌ではない。これを見ることで人らしい心が残っているのだと、思えるから。それでも慣れてきたのか、両親が死ぬ映像を見ても冷静に見てしまう。
皆そうなのだろうか?
そして、新しい映像が現れた。
クロアが䰠となり、討滅してしまったこと。天空を斬った瞬間のこと。
それからアマシアの唇……。
聖明依がまぶたをゆっくりと開けた。
お香の煙はほとんどなくなっていた。
胸に手を当ててみると、トクントクン、と落ち着いた心臓の音が聞こえてきた。胸の部分だけの鎧解除を行う。これをすると、おっぱいを晒してしまうのだが今は傷の具合を見るのに好都合だ。
胸が露わになり、鎧だった火花桜を周りに展開する。汗臭くならないのは紅桜の浄化効果の便利なところだ。
真っ白な肌の中で、静脈が青紫に走っている。乳首は相変わらず長く、上向きになっている。これはもう諦めた。なんだか、また少し大きくなった気が……。
肝心の左胸を見ると、傷口のかさぶたが張り付いていた。これと指でひっかくと簡単に剥がれた。傷一つ無くなっていた。
「よし。完治したね」
火花桜を身体にもう一度集約させると、元の胴鎧に戻った。
そして鎧解除の意志を示すと、鎧はふたつに割れて消失すると同時に月桂の制服が一瞬にして現れた。
「真実、空牙の浄化はどう?」
「あ、聖明依さん、おはようございます。身体の具合はいかがですか」
「ええ。この通り、もうすっかり回復したわ。お香のおかげね」
「それは良かったです。こちらは、ちょうど終わったところです。バケツ10杯分は使いました」
「廃液はこちらで浄化しておくよ」
「いえ。大丈夫です。交換する度にやっておきましたから。はい、宝具空牙です」
「これが、本当の姿か」
白鳥のような両翼の翼が開かれ、その中央には鳥ではなく人の姿を模した彫刻があった。博物館でみるかのような見事な意匠で、体つきは男性であり腰には布のデザインがつけられていた。角度を変えると淡く蒼い光を放った。
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