殺生石・序 その③

 聖明依は両手で柄を握りしめ、体重を乗せ一気に振り抜いた。

 天空の身体は真っ二つに割かれた。


 はずだった。


 刃が寸前のところでとまり、青い霊気が天空を護るように取り巻いていた。

「青龍の加護は無いはずなのに、なぜ」

《絶対結界か》

「なにそれ?」

《纏い手が窮地に陥った時、あらゆる攻撃から身を護る結界が張られる。それが絶対結界だ》

「そんなこと、知らないわよ」

《知る必要がないからな。そもそも、こんな結界が現れたことなんて三百年ぶりだ》

「どうして教えてくれなかったの?」

《恥だからだ。鬼煌帝は最前線に立つ英雄であらねばならない。なのに、命乞いの術など見苦しいにもほどがあるだろう》

「命乞いだと? やつは既に䰠だぞ」

《人の思い込みは、時には不治の病も治す》

「皮肉ね。聞いていたか、天空の真実」

「……」

「本当に恥さらしね」

 真実の顔は恐怖におののき、汗が大量に吹き出ていた。口はずっと開きっぱなしだ。

 こんな奴に里が滅ぼされたのか、両親と師匠が殺されたのかと思うとはらわたが煮えくり返る思いがする。でもそれですら、すっと消え去ってしまう。

 最近、怒りが消える時間が早くなっている気がする。


 時々思う。

 私は本当に仇を討ちたいのか? 本当はどうでもいいのではないか?

 帝や大宮司に直談判し、天空討伐の許可を貰ったあの時の気持ちはどこに行ってしまったのか?

 いつもそんな時は、己が陰陽騎兵として存在する理由を探し鼓舞した。

「私は、守りし者だ。たとえ相手が人であろうとも、多くの人々に仇なす者ならば斬る!」


 睨み合っていても仕方がない。

 この厄介な結界を取り払う作戦を、考えなければならない。

 ふと気がつくと、夕暮れだった。街灯が瞬いていた。

『聖明依ちゃん、聞こえる?』

「アマシアお姉さん? 何かあったの?」

『今セントラル街。そっちに行くから……って、きゃぁぁぁぁぁん』

「お姉さん? どうしたの? お姉さん?」

「うわぁぁぁぁぁ⁉」

「おっ、機燐獅」

 ビルの絶壁からバイク機燐獅が、昇り龍の如く飛び出してきた。

 そのまま下降し、ビルの屋上にタイヤがピタッと吸い付くように止まった。でも、ボディは激しく揺れ、そこに乗っていた二人の身体も揺れまくっていた。とくにアマシアは胸まで弾んで、顔に当たっていた。


 機燐獅のバイクが落ち着いてから、聖明依はやや離れた場所から話しかけた。

「急に叫んだから、心配したよ」

 と笑う聖明依にアマシアが抗議した。

「ちょっと! 急にビルの垂直な壁を走り出したのよ! 普通叫ぶでしょ、ねぇ?」

「は、はい。私もまだ心臓がバクバクしてます」


 降りてこようとするアマシアに聖明依が掌を出して止めた。

「待って。私には近づかないでね」

「どうして?」

「この鎧は、霊的な高熱を放っているの。生きているあなた達にが近づけば、火傷してしまう」

「それじゃ、あの時の熱さって紅桜の?」

「そう。だからその辺りに居てて」


 真実がバイクから降りた時、天空が宙に縛り付けられているのを見て驚きの声を上げた。

「主……、まだ生きていたのですか。槇村さん、どうして?」

「私のことは、聖明依でいい。《絶対結界》という命乞いのシールドが貼られていてね、私の攻撃が通らないんだ」

「温情を与えた、わけではないのですね。安心しました」

「式神の真実、君はこいつの討滅を望むのか?」

「はい! その結果、私が消滅しても構いません」

「一体どっちが本物なのやらっ」

 未だ泣き崩れている天空の真実を見た聖明依は、左拳を打ち付けた。やはりシールドは消えていない。


 既に真下は街のイリュミネーションに輝き始めていた。ところどころ、剣警のパトランプが点滅している。䰠となった住民の討滅を行っているのだろう。

 先程の剣気でかなり浄化出来たはずだが、犠牲者は避けられなかったようだ。


 ビルのイリュミネーションが淡い照明となり、宙吊りの天空を照らしていた。さながら処刑台だが、こちらのギロチンが一切通らない。

「力対力の戦いだったら、なんとかなったのに。こんな奇妙なピンチ、初めてよ。凰鴆、どうにか出来ないの?」

《天空の安全が確保されれば解ける》

「仇相手に武装を解けって? 無理に決まってるでしょ!」

《ならば、気をそらすしか無い》

「どうやって?」

《己の命以上の物が犯されようとしたとき、この結界はそちらに移譲される。絶対結界はそもそも、命よりも大事なものを鬼煌帝が守れないと判断した時の捨て身の術だ。これも、恥には変わらんが》

「あら。そういうことなら、私は感心するけど」

《己の力で守れず生還せずして、何が纏い手だ。少なくとも我と共に戦った纏い手は皆……》

「ああ、その話はまた今度にして。耳タコだから」

 鬼煌帝としての修行時代に散々聞かされた自慢話だ。一度始まると、三時間は終わらない。


 聖明依は式神の真実に質問を投げかけた。

「ねぇっ。あなた、何か知らない? こいつの気を逸らせるもの」

「聖明依ちゃん、そんな事言ったらバレちゃうわ」

「こんなことで気をそらせられるなら、苦労しないわ。ねぇ、飯塚さん」

 式神の真実は、目をカッと見開いて大声でいった。


「あります! それは……」

「ん゛ぅぅぅぅぅぅぅ⁉」

 天空の真実が急に騒ぎ始めた。


 聖明依がニヤリと口を緩めた。

「脈アリね」

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