第十三話 殺生石・序 その①

 銃弾が背後の屋上を穴だらけにした。

 聖明依には一発も当たっていない。

 右に左にと僅かな体捌きで的を絞らせなかった。足運びでも、右足後ろへ・それを軸に左足を右へ・左足を斜め前へ・右足を残したまましゃがんで……と素早く華麗にかわしてみせた。


 やがて能を舞っているかのような動きになった。

 お囃子がどこからか聞こえてきそうだ。


「能の《殺生石》のつもりか? ふざけた真似を!」

 天空の罵声に好機を見た聖明依は、術を唱えた。

「《縛・殺生石》 急々如律令!」

「しま……た」

 真実の身体が動かなくなり、次第に赤い霊糸が浮かび始めた。それは彼女を絡め取り、吊るし、罪人のごとく捕縛していた。


 鬼煌帝の技ではない。幼い頃に陰陽を歩むものなら教わる、基本の技だ。術の発動に手間がかかるため、陰陽騎兵で使うものはまずいない。

 聖明依は真実の思考を逆手に取ったのだ。

「さて、演目ならばここで狐は悔い改めるのだが。たとえそうだとしても、私はお前を許す気など毛頭ない」

「聖明依……。私を斬るか? 血塗られ呪われた魂となるぞ」

「それはいなことを言う。陰陽騎兵は元来、人に仇なすものあれば物の怪であろうと人であろうと斬り伏せてきた。咎人とがびとを斬りて、人が数百・数千・数万と救えるのならばそれが護るということ。相手が人だからと斬らずして、多くの血が流れるのを良しとするならば、それは正に偽善よ」


「お、お前のやっていることは䰠と変わらぬ」

「いつまでも無駄な問答に付き合うつもりはない。そもそもお前は既に䰠だ」

「私はまだ人間だ!」

「今更何を。それだけの穢れを溜め込んでおいて人間でいられるわけがないだろ」

「ふははは! 私は、䰠の力のみを取り込むことに成功した。䰠が生まれいでた数百年の歴史の中で、唯一無二の存在なのだ! 私は生きた䰠の王だ!」

「ならば聴くがいい、桃源鈴の音を」

 紅桜の左篭手だけを解除し、手首の鈴を近づけた。


 チリリリリリリリリリリリリリリッン。


「バカな! 何かの間違いだ。そ、そうだ、私の中の力に反応しただけだ」

「……愚かな。ならば、䰠胤に桃源鈴を向けても鳴らないのは、どう説明する?」

「そんな、そんな、嘘だぁぁぁぁ!」

 聖明依は篭手を再び纏うと、動けない真実に刀を振り上げた。



 ――一方、アマシアたちは聖明依が飛び立った後に機燐獅に跨ったままだった。

「これで、聖明依ちゃんは仇を取るでしょうね」

「アマシアさん、お願いします。セントラル街に私を連れて行ってください」

「どうして?」

「主には秘策があったんです。それはセントラル街に仕掛けられています。先に行けば止められるかもしれません」

「真実ちゃん。信用してもいいのね?」

「お二人に会って分かったんです。記憶を封印して逃げてばかりじゃ駄目だって。式神とはいえ、飯塚真実の現身だからこそ果たす役割があることを思い出しました」

「分かったわ、行きましょう。私も聖明依ちゃんが心配だから。機燐獅ちゃん、お願いできるかしら」

 排気音が唸り、タコメーターが最大まで点灯した。

 ふたりは頷くと、アマシアは前で真実は後ろに捕まった。

 巻かれていたベルトがやや引っ張られ二人を固定する。

 機燐獅は後輪を唸らせ発進した。




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