紅桜 vs 天空 その③

「なぜここに?」

 ゲートを抜けた先は、凰都セントラル街だった。

 聖明依には、天空の思惑が全く読めなかった。

 ここは空も見渡せる高層ビルの屋上だった。

 その先、足場が完全に途切れているところで、天空が仁王立ちしていた。

「遅かったな、紅桜」

 聖明依は指を差して声を荒げた。

「天空よ、今日こそお前を斬る!」

「お前の相手は、私の䰠下の者共のを倒しからにしろ」

 と先ほど聖明依が破壊しむき出しになった右腕を掲げた。そして、左篭手の手刀で切り裂いた。

 どす黒い血が勢い良く吹き出す。


「自害?」

 紅桜は目を丸くして驚いた。

《聖明依! まずいぞ。これは穢れの雨だ。やつは凰都の人間たちを全員䰠に変える気だ》

「な⁉」

 下を見ると、人がなぜかここに集まっていた。

 だがその疑問は一瞬にして解決した。


「天空、おまえ……。わざと目立つ場所に立っていたな? わざと私を待つフリをして、人を集めたな?」

「その通り、さすが天才だな。だが、これらは全てお前が悪いのだよ紅桜」

「なにをっ」

「お前が私を追い詰めなければ、こんなことまでせずに済んだ。私はあの千里眼を殺せればそれだけでよかったんだ。RIDの奥で乱交パーティーをしながら、䰠の王として君臨していれば満足だったのだ。なのに、おまえがいけないのだよ紅桜。お前が私を追うのがいけないのだ」

「ぐ……」


 ――そうだ紅桜、絶望しろ。怒れ、憎め! お前の陳腐な正義感の仇討ちが、この下にいる人間どもを䰠に追いやったのだ! そしてお前も䰠に堕ちるがいい!


「……」

「どうした、紅桜。いや、槇村聖明依。この私が憎いのだろう? 親の仇がまたこんな悪行をしているぞ?」

「それで?」

「私はお前の師も殺したのだ! お前のような恵まれた奴が、さらに鬼煌帝に選ばれるなど赦されるわけがないだろ! お前から紅桜継承のことを聞いた時、どれだけ殺してやろうと思ったことか」

「お前の身勝手で師匠を殺したのか……」

「そうだ、ふははは!」

「……そんなことよりも、地上の一般人が気がかりだな」

「なんだと?」


 聖明依の顔は至って冷静だった。

 天空の挑発に対して反応するどころか、下を見て今後の対処について思案しているように見えた。


「やってくれたな。おかげで、彼らを討滅しなければならない。月桂にも協力してもらうか」

「聖明依! なぜ平然としていられる? 怒れ、憎め! 《槇村聖明依 急々如律令!》」

 聖明依は撫士虎を抜刀し、鞘を捨てた。

 そしてゆっくりと剣先を天空に突きつけた。

 天空は笑った。


「ワハハハ! お前の真名で唱えた真言呪だ! 逆らえまい」

 聖明依の剣が振りかぶった。

 振り下ろされた先は、下にいる䰠になりかけた人間たちだ。撫士虎の桃の神気が剣圧となり飛ばされ、穢れが振り払われていく。


 あまりの冷静な態度に、天空の声が裏返った。

「なぁに⁉ 《怒り狂え! 槇村聖明依 急々如律令!》」

「無駄だ」

「バカな。なぜだ、私の真言呪がなぜ聞かない。戸籍謄本だって調べた! 月桂にアマシアを通して式神に調べさせて、お前の情報は全て手に入れた。誕生日も、生まれた星座も何もかも! なのになぜだ⁉ ……はっ」

 心が壊れている……。そういうことなのか。それでも、人の本性は簡単に変わるものでは……。

「簡単な話だ。私の本名は、槇村聖明依ではないからだ」


「は……、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

 予想とは違う驚愕の事実に、天空の真っ黒く穢れた顔が青ざめてきた。

 油汗まで噴き出てきている。

 聖明依は淡々と答えた。

「これは秘中の秘ゆえ、誰も知らぬことだが。陰陽騎兵は生まれ名づけられた時、その名ごと一切を外部に漏らさぬ。家族すら私の本名は知らぬ。槇村聖明依は、星読みにより名付けられた名だ」

「な……」

「そもそも、陰陽の術を備えた敵に対抗する手段があって然るべきだろう。桃源神宮創設者である覚性入道親王かくしょうにゅうどうしんのう殿下が、安倍晴明に進言したのだ」


「だが、穢れの雨でセントラル街の連中は䰠に堕ちた。お前のせいだ!」

「そうか私のせいか」

「ああ!」

「ならば、討滅するしかあるまい」


 またも冷静にいや冷徹に返されてしまった。

「聖明依、お前には人の心というものがないのか!」

「私の心は、あの時遠に壊れている」

 

 全てが台無しだった。

 あろうことかこいつには感情がない。紅桜が自分を追って凰都に来た時に、全て用意周到に準備してきたはずだった。

 今目の前で、䰠に堕ちた紅桜を、もっとも穢れの濃い飯塚真実が従えるはずだった。


「さて、陰陽騎兵の秘密を知ったからには、いよいよ生かしてはおけんな天空。いや、飯塚真実」

「槇村……聖明依……」

 真実は銃を顕現させ、聖明依に向けた。

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