第九話 大瓶

 アマシアはデバイスを操作し、乗ってきた車をこちらに無人誘導した。䰠胤を拾い集めた機燐獅を、凰鴆に頼んで併走してもらった。どうやったかは分からないが、聖明依のデバイスを操作しできたらしい。

 それから、真実まみの案内で彼女のギルドに向かう。

 意外と近くにあったので、話す間が取れなかった。


 取り留めのない会話の一つでもしないと、間が持たない性分のアマシアではあったが、今回は流石にそんな気になれなかった。

 なにせ、トランクや機燐獅の荷台に䰠胤が10個も積んであるのだ。その一つ一つに高度な電子セキュリティと有機結界をしいているとはいえ、緊張の糸は張りっぱなしだった。

 

 ギルドのある一軒家に到着した。この一帯は全てどこかのギルドが賃貸しているそうだ。

 かなり大きな、屋根が平らな家だった。間取りも多そうだ。

 䰠胤を封印したジュラルミンケースを運び出す。

「あの、お手伝いしましょうか」

 真実の申し出を丁寧に断った。これは月桂の管轄下にある。一瞬でも部外者に触らせる訳にはいかない。

 長い耳をそばだてて、周囲の警戒を怠らないようにした。デスクの仕事についていたとはいえ、元は前線に立っていた陰陽騎兵だ。自分の長所であるバニィの耳にあらゆる気配を察知させる範囲結界くらい、掛けることだって出来る。

 

 今のところ、誰の気配も感じない。

 一安心して最後のジュラルミンケースを運びだした。

 全て運び終えた後に車のロック確認をすると、となりに停まっていた機燐獅の排気音がブォンブォンと鳴った。

「あら、激励? ありがと。聖明依ちゃんのお気にになったのも分かるわ」

 ブォオオオオン、とエンジンを思いっきり吹かすと急に動き出し前輪を軸にして円を書き始めた。

 そして、スタンドを出してピタッと停まった。

「何をしたのかしら? とにかく浄化に立ち会わなきゃ。行ってくるわね、機燐獅ちゃん」


 簡素な、ほとんど何もない一室に大きなかめが置かれていた。

「アマシアさん、準備は整いました。あとは䰠胤を沈めていくだけです」

「え⁉ もう?」

「はい。水を清水せいすいにする作業が主ですから」

「でも清水といっても、強清水でしょ? 私達だったら五日は余裕でかかるわ」

「確かめられますか?」

「ええ」

 あの聖明依でも、浄化には一週間はかかると言っていた。ましてや自分では、強清水に精製するまで丸々一週間は必要かもしれない。

 もしも本当なら、大瓶の中は強酸性と同様の状態だ。素手を入れようものなら焼けただれてしまう。

 ポケットからハンカチを取り出して、ゆっくりと沈めた。

 みるみるうちに汚れが消え去り、新品のように木綿のハンカチが光りだした。

「凄っ」

 アマシアが驚きの声を上げた。


「おっと」

 真実は長い箸のようなもので、ハンカチを取り出した。

「これ以上浸けると、ハンカチが駄目になってしまいますから」

 器用に箸の先で清水を絞ると、手に持ち替えてアマシアに渡した。

「ありがとう。早速、始めましょう。……でも手は平気なの?」

「はい」

「ならいいけれど」


 アマシアが月桂のデバイスを近づけると、ジュラルミンケースはピピッと音が鳴り開いた。

 中には霊視でなければ見ることが出来ない、幾何学模様の結界が複雑に入り組んでいた。このまま触れれば、ジュラルミンケースはたちまち口を閉ざす。そして手の平とは永久にお別れだ。

 

 ゆっくりと目を閉じ、意識を集中した。

 目を見開く。それから右手指を二本立てて、左手で筒の形を作る。それを右手指に通して鍵のように回した。

 アマシアが覇気を込めて念じる。

「解!」

 すると霊的な結界が全て解けた。

 たちまち䰠胤から魅惑的な輝きが放たれる。


 ずっと観てはダメだ!


 すぐに目をそらし、視線を大瓶に向けた。できるだけ下を見ないようにして、開けたジュラルミンケースを持ち上げた。

「浄化」

 ゆっくりと大瓶に沈めると、強清水は沸騰するかのような湯気を放ち始めた。

 湯気が落ち着き中が見える頃には、ただの綺麗なダイヤとなる。それを先程の箸ですくい取り、隣りに置いた三方さんぼう台におそなえする。


 何事もなく10個目の䰠胤を入れたところで、アマシアがふらついた。

「大丈夫ですか」

 慌てて抱きかかえた真実に、アマシアは笑ってみせた。

「ごめんね。ちょっと休ませて」

 邪悪なダイアモンドの誘惑を、10回連続で退けたようなものだ。もう抵抗する気力が残ってなかった。


 その時、アマシアの胸から黒い点が現れた。それは大きくなり、頭くらいのサイズになった。

 突然のことに混乱している二人を余所に、黒いサークルから青い手が出てきた。

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