第八話 優先すべきは任務

 アマシアが首を傾げた。

「陰陽騎兵の名前を聞いて? でも、陰陽師との合同練習は昔からの慣習よ」

《ずっと共に修行していたのか》

「ううん。三ヶ月間くらいだったかしら。その時一番仲良くなれた娘なの」

 小さくて可愛くて、いつも後ろを付いてきていた頃を思い出していた。アマシアが一人前になり修行場を離れる時、一番寂しがって抱きついてきたのも真実だった。

 そんな人となりを凰鴆に伝えると、興味深そうに相槌をうっていた。


「あら。以外ね。式神凰はこう言う話、退屈だと思ってたけど」

《人と我らはパートナーの関係だ。それに興味が無いものを守ろうとするほど、我は高尚に作られてはおらぬ》

「せめて、聖明依ちゃんが寝ている間に䰠胤を片付けておきたいけど」

 部屋の奥のベッドに寝かせた真実は、寝息すら立てず静かだった。

《念のため、医者を呼んだほうが良いだろう。気絶から二度と目を覚まさなかった者を、何人か見たことがある》

「ちょっと、脅かさないでよ。分かったわ、聖明依ちゃんも心配だし、一緒に診てもらいましょう」


 エルフ女性のドクターと付添いのナースが救護室に入ってきた。

「失礼します。私がここの担当医、マッサです」

「ナースのララです」

 ショートカットのブロンドヘアが美しいマッサが、首に下げた聴診器をとんがり耳につけてた。聖明依から聴診器を当てていく。

 ララはこの部屋に用意されている医療器具を、診察しやすいようにマッサの横に並べていく。ガーゼ、ピンセット、糸、袋に入った注射器やチューブなどだ。そして、真実の側にいき、脈拍や体温を計り始めた。


「患者さんのお名前は?」

 アマシアが答えた。

「そちらが槇村聖明依、こちらが飯塚真実です」

「ありがとうございます。槇村さん、お胸見せてくださいね。失礼します」

 声をかけ、包帯に触れると同時にナースがやってきて身体を上げた。するすると包帯がとれ、胸が露わになる。

 かさぶたを触診すると、なるほどなるほどと頷いた。

「心臓の手前から塞がってますね。出血もない。ただ、これだとかなり痛みますし傷跡も残りそうですね。ララ、MRIゴーグル」

「はい」

 マッサがVRゴーグルよりも分厚い、ダイバーが付けるようなゴーグルで、聖明依の左胸の傷を正面や横から覗き込む。

「ちょっと中を診させてくださいね……。なるほどなるほど、主要血管はつながってますし、神経も通ってますね。乳腺も問題ありません」

 アマシアは聞いた。

「どうなんですか」

「この傷ですからね、筋肉繊維がかなり切れてます。それで激しい痛みになっていると思います。ちょっとでも動くと、ハンバーガーみたいに重なった筋肉痛が一気にやってくる感じでしょうか」

「先生、食べ物で例えないでくださいと、いつも言っていますよね」

 ララのつっこみにマッサが謝った。

「これは失礼しました。痛み止めを一応出しておきますか。ただ、左半身の動きが鈍ってしまうので、飲んだら絶対安静ですね」


「先生、飯塚さんのバイタルに問題ありません」

「ララ、ありがとう。一応診ておきますか」


 真実の服は上着のみで、シャツの下から聴診器を当てた。真っ平らなら胸を前後左右に当てていく。

 疑わしいところを見た後、問題なしと診断を下した。 

 

 見送った後、アマシアは聖明依が眠っているベッドの隣の椅子に座った。

「良かった。かさぶたが取れれば綺麗に治るだろうって」

 聖明依は静かに寝息を立てていた。薄めのシーツの上からでも分かる大きな胸が、ゆっくりと肺呼吸を表していた。

 安眠を確認し、後ろを振り返ると真実も眠っていた。

「過去のトラウマが原因だろうってことだけど、私の知らない間に何かあったのね」


《アマシア、機燐獅と聖明依が名付けたバイクのことだが》

「名前つけちゃったの? そんなに気に入ったなんて」

《朱雀の神気を纏ってしまってな。紅桜の馬と成った》

「ちょっと待ってよ。あれはこの地域の剣警のものでしょ」

《聖明依の意志は確認していないが、買取るなどの交渉をしてくれないか》

「馬ってことは、つまり、どこでも駆けつける宝剣・撫士虎みたいなものなんでしょ」

《そうだ》

「仕方がない。話をつけてみる」

《聖明依からは言っておく。支払いはこいつ持ちでいい》

「そこも含めて、連絡するから」


 剣警の中央センターを通して電話をかける。剣警同士の話を電話でする場合は、記録を取ることになっていた。

「もしもし、アマシア巡査です。先日はお世話になりました」

『ああ、あの時のバニィさんですか。バイク、お役に立ちましたか』

「そのことなんですが」

 アマシアは、聖明依の力のことと、バイクの状態についてできるだけ簡単に話した。

『本当ですか? 参ったなー。研究費用結構掛かっているんですよ』

「そうなんですか」

 アマシアは、この部屋の端末を開き、月桂コードでアクセスして該当研究を呼び出した。

 そして、最後の一文に注目した。

『研究費用だけでも払っていただけませんかね?』

「でも、バイクは来週には廃棄と伺ってましたが」

『さ……さあ、なんのことですか』

「廃車センターですよ。もしやと思いましてね」

『わかりました、こちらの負けです。でも、せめて研究の元くらい取らせてくださいよ』

「欲しいのは走行データですか」

『はい。実践データがあれば、研究は無駄になりませんから』

「わかりました。後日、改めて取引と行きましょう」

『はい、上と掛け合ってみます』

「こちらからは、乃木坂将校を行かせますね」

『えぇぇぇ! マジですか……。わかりましたわかりました。この会話だけでOKにしますよ』

「まあ。それは将校も助かりますわ。それでは、これで」


 五分の話し合いで電話が終わった。

「タダでいいって。その代わり、走行データを常に送信してほしいって」

《いいのか? 我は乃木坂には一切話してないぞ》

「現場主義よ。だって、あの人、いっつも手続き後回しにするんですもの。こっちはまだデスク慣れてないってのに」


「ん……」

 真実がゆっくりと目を覚ました。

 ツインテールの解かれた髪を流しながら、上体を起こすとアマシアと目を合わせた。

「すみません。ご迷惑をかけてしまって」

「身体はもう大丈夫?」

「はい。えっと、䰠胤の浄化でしたよね」

「急いでもらえるかしら」

「まずは、私のギルドに戻らないと。儀式の道具はあっちに全て置いてますので」

「行きましょう」

「でも、槇村さんは?」

「逆の立場でも、聖明依ちゃんならこうしていたでしょう。だから、ここに預けておくわ。凰鴆」

 それに、真実に何があったのかを詮索するのは後でいい。浄化が終わった後にあらためて尋ねよう。

 凰鴆はそんな考えを察したかのように、小さな首を大きく縦に振った。


《うむ、聖明依は任せておけ。だが、アマシアだけで大丈夫か》

「私はこう見えても、陰陽……」思わず口をつぐんだ。「月桂なんだから、一人でも平気よ」

 真実は苦笑しながら扉を開けた。

「では、行きましょう」


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