第七話 わたしの口を縛って

「――母様! 痛っ……」

 いつもの夢から目を覚ますと、胸に激痛が走った。

 身体を起こそうとすると、自分のふたつの膨らみに包帯が巻かれていた。

「ここは?」

 聖明依は、首を動かせる範囲で回してみた。

 ややくすんだ天井に、暖色の明かりが灯っている。右を見ると扉のようなものがあり、テーブルや椅子や雑貨が整頓されていた。

 左へ回すと、折れた長い耳の女性が眠っていた。

「お姉さん! ……痛っつつ」

「あっ、気がついたんですね。本当に良かった」

「この包帯はあなたが……?」

 ツインテールの髪に大きな瞳は、こちらに優しく微笑みかけている。身体が細く、女性らしいシンボルがあまり見当たらない。でもそれを主張するかのようにミニスカートのフリルが遊んでいた。かなり短い丈だけど、黒タイツを履いているようだ。上着はポケットがいくつもあり、軍服を思わせた。


 聖明依は自己紹介して名を問うと、近くにあった椅子に座ってからお辞儀をした。

「はい。私の名前は飯塚真実まみ、RIDでハンターをしています。槇村さんは心臓を何かに貫かれてて、瀕死の状態だったんですよ。こうしてお話出来るのが不思議な感じです」

「心臓を?」だから二撃目が来なかったのか。「いや違う! お姉さん……ええと、この人の容態は?」

「安心してください、気を失っているだけです。外傷らしいところは特に見当たりませんでしたので、そのまま運びました」

「そう」

 ほっと胸をなでおろした。

 あの時アマシアに渡したペンダントは、将校の術式を更に練り上げて最先端の科学技術を応用して作り上げたものだった。

 静かに眠っているアマシアの頭を少しだけ撫でた。

 それを見守っていた真実が言った。

「大切な人なんですね」

「ええ。仕事の相棒よ」

「槇村さん、傷跡を見せてもらっていいですか? 治癒のしゅの経過を診せてください」

「いいや! それよりも任務が先だ」

 強くかぶりを振った聖明依は、デバイスを取ろうと離れたテーブルにを伸ばした。

 すると胸に言いようのない激痛が走り、ベッドから転げ落ちそうになった。

「槇村さん! 駄目です無理をしては」真実が聖明依を受け止めると、ゆっくりと寝かせた。

「取ってくれ……」

「……分かりました」

 聖明依の押しに根負けした真実は、代わりにデバイスを拾いあげた。


 真実にデバイスを向けてもらうと、フェイスIDアイディーが反応し月桂の紋章が浮かび上がった。

 三日月の周りに揺らめく稲妻の意匠が、白と緑の点滅発光をするとインストールされたアプリのアイコンが展開された。

 聖明依の眼球が動くと、カーソルが追従しデバイスを操作していく。

 とある画像データを開き、空間ディスプレイに3D表示させると、聖明依は一息ついた。

「ふぅ……。飯塚真実、これをあなたに浄化してほしい」

「これは……ダイヤですか?」

「これは䰠胤ジーン、䰠を生み出す忌むべき胤だ。陰陽師なら聞いたことがあるだろう」

「人を炭素化した呪いの石……。映像で見るのすら初めてです」

「RIDハンターの陰陽師ランキングナンバーワンの実力なら、浄化が可能なはずだ。頼む」

「確かに、儀式のやり方は習得しました。でも、実践は一度もありません」

「頼む。生半可な霊力では……、……ぐっ……」

「分かりました。なんとかしてみます。でもまずは、傷を診せてください」


 聖明依は仕方なく頷くと、真実に従った。

 巻かれた包帯が取れると、一点のシミが無かった身体の左乳首の斜め上にデバイスの指紋認証ほどの穴が穿たれていた。この巨乳の風穴から、放射状の亀裂のようなものが左乳房に広がっていた。

「生きているならそれでいい。早く浄化を」

「何を言っているんですかっ」

「䰠の討滅は陰陽騎兵の使命だ。だが、䰠胤の浄化は私では時間がかかりすぎるんだ。だから」

「陰陽騎兵……」

「月桂には、陰陽騎兵も多いんだ。それがどうかしたの」

 急に真実の顔が青ざめた。

「じゃああの空中を周っていた剣は、宝剣……。うゔ……」

 頭を抱えだし、苦しみだした。

 真実は立ち上がると、扉まで小走りした。

「すみません。これで失礼します。傷は塞がってますけれど、安静にしててください」

「待ってくれ!!」

 真実の腕に飛びつかみ、力を込めて引き止めた。

「槇村さん⁉」

 聖明依の胸の穴から血が流れ始めていた。

「どうしてそこまで?」

「言ったでしょ。䰠を増やす胤を許すわけには行かない」

「でも……」


 突然、真実は意識が抜けるように倒れてしまった。

 聖明依も傷口が広がってまともに動けない。ベッドに自力で戻れない。

「凰鴆、アマシアお姉さんを起こして」

《まったく、お前は昔から無茶をする。隻腕になったときもそうだったな》

「いいからっ。飯塚さんの介抱が必要なの」

《お前は? そのままでは死ぬぞ》

「だから?」

《冷静になれ。まずはお前の治療が先だ》


 凰鴆の髪飾りの周りに、赤い霊気が集まりだした。それらは煌めき、無数の孔雀の羽と変わっていく。羽は波を打つように髪飾りに集まる。みるみる丸くなり、羽毛となり首が伸びて鳥の姿となった。

 それはまさに、小さな雄孔雀だ。

《聖明依、傷口を向けろ。朱雀の神気を注ぐぞ》

 凰鴆は巻いていた包帯を足で掴んで、聖明依の前に引っ張った。

 聖明依はそれを手に取ると頷いた。

「分かった」

 口を開け、猿ぐつわにして何重にも巻いた。

 だが途中で激痛が走り、包帯が落ちてしまう。

「聖明依ちゃん、何しているの? なに、その酷い出血は」

 ベッドから起き上がったアマシアが、床の上に座り半裸で猿ぐつわをしようとしている聖明依を見た。

 聖明依は涙ながらに懇願した。かなり痛いのだ。

「お姉さん、お願い」聖明依は猿ぐつわを巻いたまま言った。「わたしの口を縛って」

「どうして? 何かのプレイ……なんて冗談言ってる場合じゃないみたいね」

「いいから、巻いて」


 力なく答えた聖明依に、アマシアは頷いた。

 言葉が話せないくらい巻かれると、聖明依は七色の孔雀となった凰鴆に向かって頷いた。

 すると、凰鴆の翼が思いっきり広がった。それは孔雀の求愛行動で見せるのとおなじものだ。

 そこから赤く輝く霊気が聖明依の傷口に向かって行く。

「んんん゛ーーーーーーーーーーー!」

 聖明依が激しい痛みでのたうち回る。脂汗が吹き出て身体がえびぞりになる。あまりの緊張に乳首が大きく立ち、胸が激しく揺れる。その姿は官能的というより、見ていて痛々しく、アマシアも例外なく目を背けてしまった。

 たまらず凰鴆に聞いた。

「ねぇ、これ治療よね? とても見てられない」

《風穴が空いた傷を埋めるんだ。生半可な治療で治るわけがないだろ》

「せめて麻酔を」

《駄目だ》

「どうして? こんなに痛がっているのに」

《霊力を内部で練り上げていく必要がある。感覚が麻痺すると集中できなくなる》

「そんな……」

「んん゛ん゛ん゛ぐぐーーーーーーーーーーーー⁉」

 聖明依は失禁し、気を失ってしまった。

「聖明依ちゃん、しっかりして」

《治療は終わった》

「え?」

 アマシアが聖明依の胸の傷口をみると、血肉が膨れ上がりまるで肉の泡だ。

 そのグロテスクな様子に、死体をあまり見慣れていないアマシアは胃液が逆流してしまった。

「おえっぷ」

《アマシア。吐いているところ悪いが、聖明依とこのお嬢ちゃんをベッドに寝かせてやれ。聖明依の方は二三にさん日で回復するだろう》

 口を塞いだまま頷くと、まずは聖明依を運び、続いて真実を寝かせた。


 それから凰鴆は、これまでの事をアマシアに説明した。

「え、真実ちゃん⁉ 嘘、あの真実ちゃんだなんて」

《知り合いか》

「陰陽騎兵の修行時代に面倒見ていた後輩よ」

《その、「陰陽騎兵」の名を聞いて倒れたように見えたが。何か知っているのか?》

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