第六話 一騎当千

 聖明依の叫びに応え、桜吹雪がバイクごと包み込む。

 バイクは白銀から真っ赤な色に染まり、スリットが波のように生まれていく。その姿は赤獅子を思わせた。

 

 巫女装束は桜の繭の中で光となって弾け飛び、大きなお尻を突き出した姿が露わになる。

「や⁉」

 時間にして数秒であり、誰にも見られないとは言えこの格好は羞恥に耐えない。

 すぐに豊かな胸ごと花びらに覆われ、伸縮性に優れた胸当てとなる。お尻を覆う草摺くさずりが装着され、ほっと一息つく。

 バイクを挟む脚は、同時に鎧を纏う。

 最後に籠手が施され、兜が顔に被さった。


 桜吹雪がぱっと散り、紅きメタリックの鎧、鬼煌帝紅桜を纏った聖明依が現れた。

 それに対しバイクは、光沢がやや落ち着いた赤い色になっていた。

 鬼の面頬は口元を残して開き、軍勢を見据えた翡翠色の瞳があらわれた。霊力が一定以上高まると、聖明依の瞳孔は緑に光りだすのだ。

「この子から、凄い神気を感じる。これなら、䰠を轢きつつ滅せる」

 群衆の前列が一斉に飛びかかってきた。

 姿形を確認するまでもなく、バイクの神気で一気に燃え朽ちる。

「凄い、紅桜の力を増幅してくれるのか。ならば、《豪炎・桜吹雪》 急々如律令!」

 刀剣を立て術を唱えると、紅桜に炎が纏われた。普段は2メートル程度の範囲しか広がらないが、バイクの神気で増幅される。

 この辺り一帯を業火と化した。

 あっという間に䰠の軍勢は炎に包まれる。

 その豪炎の海から、火だるまの䰠どもが飛びかかってきた。

 魂なき特攻を撫士虎で一刀両断していく。

 燃え盛る炎を聖明依は突っ走る。

 討滅の灰から落ちてきた䰠胤は、機燐獅の荷台ベルトが伸びて器用に拾い集めてくれた。

 四足で這いずり回る、炎を逃れた䰠どもを発見するとすぐに車体を傾けそれを轢き滅した。

「なんという数なの⁉ 機燐獅キリンジの力が無かったら神気酔いにかかっていたかも」


 鬼煌帝の内部は非常に密度の高い霊力、つまり神気に満ち満ちている。才のないものが纏えばそれは毒となる。紅桜に選ばれた聖明依でも、神気にあてられ続けると全身の臓器が超活性化状態――神気酔い――になる。それは命にまで影響を及ぼす。

 だからこそ、長い時間纏い続けることが出来ない。聖明依のタイムリミット10分は驚異的といえるが、さすがに百を超える䰠相手に単身では時間が足りなさすぎる。


 でもなら……。 

「あと三分の一!」

 前輪を軸に後輪を滑らせ、90度ターンをした。

 その直後を狙われた。

 大きな武器が左右から2つ、振り下ろされ。それは交差し、聖明依に襲いかかった。

 大地を砕いたそこには、紅桜と機燐獅の姿はなかった。

 紅桜は空を跳び、機燐獅は遥か先へダッシュしていたのだ。

 天地逆さになった状態で視線を左右に目をやると、大男二体が首をもたげた。巨大な鎌の主はこいつらだ。


 それらの鎌を再び振り上げた時、聖明依は機燐獅に着地し直立の姿勢を取った。

 その刹那、聖明依の目の前に鎌の刃がもう迫ってきた。

 撫士虎をすぐさま水平に持ち、刃と刃を合わせた。凄まじい火花が散り、聖明依はぐっとこらえることが出来た。纏い後も変化はない刀剣だが、常に紅桜の神気を受け続けているため、幾倍にも強固になっていた。たとえこの刀身で相手の攻撃を受けても折れることはない。

 

 だが䰠は二人がかりだ。

 鬼煌帝と言えどもそのパワーに押されつつあった。

 かと思われたその時、水平に交差していた鎌を砕き龍のように登る機燐獅の姿があった。敵のパワーに押された時、二人乗り座席のタンデムシートを踏みつけその反動でジャンプさせたのだ。


 䰠たちは体勢を崩した。それは聖明依も同じだが、仕掛けたこちら側が早い。

「《三楼槍》 急々如律令!」

 鋭い紅き槍が顕現し、2体の目標めがけて射出された。

 それは見事に喉下を貫き、一瞬で霧散した。


 聖明依が落ち、紅桜の左籠手だけをついてバク転着地すると、機燐獅も同時に着地した。AI自走が付いているお陰か、スタンドもなしに二輪で自立していた。

 そこへ、残りの䰠どもが襲ってきた。上すら覆われ押しつぶされる聖明依だが、すぐに術を唱えた。

 これこそ、紅桜・豪炎の奥義である。

「《豪炎・桜竜巻》 急々如律令!」

 群がる䰠が舞い上がり、それはまさに竜巻に巻き込まれるが如く。豪炎・桜吹雪の霊力を極限まで開放すべく、紅桜の面頬を完全に閉じた。

 どんどん大きな嵐となり、荒野の枯れた草花や人の影まで吸い上げていく。

「なんだこの威力は……。まずいまずいまずい」

 機燐獅との相乗効果が、予想していた以上に大きすぎた。

《確かに本気を出せばとは言ったが、やり過ぎだな。周りの䰠まで吸い込んでいる》

「術を中断するしか」

《かえって被害を大きくするだけだ。これでも制御出来ている方だ》

「待って。『周りの䰠』てどういうこと?」

《ここは例のダンジョンの中らしい。周りは䰠だらけだ。そいつらを一斉に吸い上げている》

「てことは、䰠の巣窟なの? 『親』は?」

《かなり大きな気配なら、既に巻き込んでいる。他に気配はない》

「とにかく、掃討よ!」


 ――ランダムインスタンスダンジョンに、一つの大きな竜巻が現れた。

 それは人為的に起こったものだが、誰も不思議がらなかった。このダンジョンでは世界のことわりを度外視した現象がいつも起こる。

 だからこそ、S級モンスターたち――䰠――が根こそぎ吸い込まれて燃えていても誰も疑わかなった。


 ――一分ほど経過した。

 竜巻は徐々に小さくなっていった。

「久しぶりに使った奥義が、まさかこれほどの規模になるなんて」

《そろそろいいだろ。一気に消して構わん》

「分かった。私ももう限界」

 竜巻が急速に消えていく。


 そして紅桜の外装が弾け飛び、聖明依は裸のまま剥かれてしまった。翡翠色だった瞳がゆっくりと黒色へ戻っていった。

「はぁ……、はぁ……」

 極限まで集中力を使ったせいで、装束変化まで影響が出てしまった。なんとか呼吸を整えようとするが、ここは大気汚染が激しいことに気が付き慌てて機燐獅を呼んだ。

 朱雀の神気に身を包むと、呼吸を再開した。

 ようやく少しづつ衣類が形成されていった。

 もちろん当の本人の顔は真っ赤であるが、隠す余力すら残ってなかった。

「え、何⁉」

 やっと白いパンティとブラまで形成されたところで、地鳴りが響いた。

「壁がどんどんせり上がっていく。これがRID名物、ランダム迷宮か」


 服がやっと元に戻った。

 聖明依の衣服は、普段着である薄めのジャケットと紫のビスチェに、ミニスカートとニーソックスの組み合わせになった。

「ありがとう、機燐獅」

 そして機燐獅は、普通のバイクに戻っていった。

「でも、この子はここでは使えないかな」

《……して、応答して聖明依ちゃんっ》

「アマシアお姉さん?」

《良かったー。もう心配したのよ! 定時連絡くらいしてよ》

「ごめんなさい。大量の䰠に囲まれてて」

《それは剣警のみんなに聞いた。だから心配してたのよ。それで、今どこ》

「RIDの中」

《えぇぇぇ⁉ 今向かっているから、通信はオンラインにしててよ》

「うん」


 ドゴォーーーーーーーーン。


 地鳴りの中で大きな残響が轟いた。

 胸に違和感を感じた聖明依が手を当てると、鮮血が流れていた。

「ま、まさか……。天空?」

《聖明依、気をしっかり持て!》

「う……」

 呼吸が出来ない、肺に命中したのか。

 鎧を脱いで、完全に気が緩んだ隙を狙われてしまった。

 手を付くことも出来ず、うつ伏せに倒れてしまった。

 おそらく二撃目が来る。

 しかし、霊力を練り上げることが出来ない。


 ドゴォーーーーーーーーン。


「あ……ぁ……」

 聖明依は文字通り声にならない叫び声を上げた。

 二つ目の弾丸が命中し、うさぎ耳の頭がゆっくりと地面に倒れたからだ。

「アマシア……」

 手をのばすのが精一杯だった。体力がほとんど残っていない。

「お姉さん……」

 聖明依は気を失った。

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