第五話 シン・レギオン
送られてきた座標に近づいてきた。
前を見るのに邪魔だったARディスプレイを全面に浮かび上がらせる。凹面上にマップが展開するので、ライダーに見やすい。
突然、赤い点がまだら模様のように一斉に浮かび上がった。
バイク前輪を軸に後輪を滑らせる。真横に滑りつつフルブレーキング。10メートルほどでブレーキ静動力がようやく利いた。
「剣警、こちら月桂の槇村だ。この反応はなんだ?」
『分かりません。こっちでも故障かどうかの確認を……」
「ああ、計器は正常だ。問題は現場だ」
聖明依は通信を切った。
数百メートル先で目視できたからだ。
赤い点の正体であるモンスターたちが砂煙を上げて走ってきた。規模にして数百体。黒いモンスターの群れだ。
桃源鈴は当然ながら反応がない。距離が遠すぎる。せめて10メートルは近づかないとならないが、あの数なら50メートルでも反応するか。
ここはこれだな、とミニスカートに隠れた太ももを露わにしてメリケンサックを取り出した。それは僅かに湾曲した筒と一体化した作りになっており、左親指以外の指を根本まで通した。
「《桃源鈴・
唱えに呼応し、筒から赤い光が伸びて弓の形となった。その弦の部分を右手で引くと、光が収束し矢が象られた。
狙いは適当につけ、群衆に射った。
すぐさま両耳を塞ぐ。
聖明依を取り巻く、朱雀の燃え盛る加護から発射された光の矢。それ、放物線を描くこと無く一直線に向かい、モンスターたちの中に飲み込まれた。
その刹那、
リーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。
非常に甲高な澄んだ金属音が荒野一体に鳴り響いた。
耳を塞いでいようとも鼓膜を切り裂くなような音は、思わず目を閉じてしまうほどだ。
「この耳鳴りよりも高い音、いつまでたっても慣れないわね」
《我は感じる事はできても、そこまで苦痛はない》
「凰鴆の耳は都合よく出来てて、羨ましいですこと。それはそうと䰠のこの数、経験ある?」
《無論。戦国時代と呼ばれていた頃、このような軍勢と相対したことがある。あの時は、五体の鬼煌帝で対処した》
「勝ったの?」
《敗北していれば、天皇まで䰠となり日本は無くなっている》
「それはそうね。ところで私、まだこんな数相手にしたこと無いんだけど、教えてない術あったら今のうちに教えてよ」
《何を言う、全て叩き込んである。おまえなら、力を倍加させれば良いだけだ》
「……期待した私が愚かだった」
《ではその愚か者にもう一つ進言しよう。これは、「親」が本格的に攻め込んできたと見て間違いない》
「『親』か」
䰠は増殖する時、わずかながら霊力が劣化していく。二等親、三等親……増えれば増えるほどだ。だが、頂点である『親』の霊力は衰えない。むしろ増えれば増えるほど周りの『子』から霊力を吸収し強くなる。
だからこそ、䰠は数を増やす。だからこそ、䰠は討滅しなければならない。
この荒野で陰陽騎兵の活動は困難だ。
ここまで増殖したのも頷けるが、動きがおかしい。
わざわざモンスターの少ない駐屯地へ襲いに行くか?
数をもっと増やし、絶大な力が得たいなら方向が真逆だ。
なぜだ?
「おそらく、狙いは
《おまえの高い霊力を嗅ぎつけたのか? 距離が遠すぎる》
「『親』が誰かに操られている可能性は?」
《そうか!
「大好きな推理談義はお開きよ」
聖明依は通信をもう一度入れた。
「こちら月桂だ。全員待機していてくれ」
『なぜですか。一人では無茶ですよ』
「相手は䰠だ、ここは専門家に任せてくれ」
『シン? S級モンスターの呼称ですか? 我々はそれに対処してきました』
「通常の攻撃では、完全に䰠を滅ぼせないんだ。おそらく、身体がボロボロになっては帰って仲間を増やしていたんだろうな」
『やつら、子供を? こんな短期間に?』
「もう説明している時間がない。奴らがかなり迫ってきているし、そろそろそっちも到着だろ。私は先に行く」
聖明依はバイクを降りようとした。
「ん? この感じ……神気⁉」
この機械の全体から、赤く霊験あらたかな気を感じ取った。
《おい、聖明依。これから朱雀の神気を感じるぞ》
「やっぱり。ねぇ、これならこの子と一緒に戦えるよね?」
《『この子』とは、よほど気に入ったようだな。
神々の御魂を分け与え、それに同じ力を宿し奉る。分霊とも分け御霊とも言われる。通常は、正式な儀式を通してのみ分祀が成されるはずだ。
「ミスリルが分祀をうながしたのかも。これならもしかして……。来い、撫士虎!」
聖明依が手を挙げると、見えない糸で引き寄せられたかのように、掲げた右手に撫士虎が飛んできた。
抜刀し鞘を投げ捨てると、後輪を唸らせロケットスタートした。
そして剣先を地に擦りつけた。
それは火花を生み、火花は桜となりバイクの排気音に流されて桜吹雪となる。
「朱雀の荒御魂よ、我に力を! 紅桜ぁぁぁぁ」
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