第九話 汚い花火

 聖明依は、クロアの肩を揺さぶった。

「早く停車してくれ」

 二人は降りてボンネットを確認した。

 車は無傷。しかし、飛んできた者き肉塊と成り果てていた。その死体にクロアは驚愕した。

「ゴブリン……」

 緑黒色の肌に、頭の小さな角、そして腹から垂れる真っ黒なはらわたは、間違えようがなかった。

 しかし、聖明依は首を傾げた。

「何だそれは?」

「こんなふうな、子供の身長くらいのモンスターのことだよ。凶暴で狡猾で人や亜人の女を好んで襲う。だから『最優先駆逐対象』に指定されているんだ」

「モンスター……。凰都はモンスターが降ってくる天気でもあるのか」

「冗談言っている場合じゃないよ! 『ゴブリンを一匹見かけたら100匹は沸いてくる』てくらい危険なんだよ」

「……ゴキブリか何かなのか、こいつ」


「ああー、もう! とにかく本部に連絡して人手を回してもらわないと」

「おい、また降ってきたぞ」

「ひぃぃぃ⁉」


 空から子鬼たちが次々と住宅街に降ってきた。

 ほとんどは着地など出来ず、そのまま転がり崩れてしまう。しかし、痛みを感じてないかのように立ち上がってくる。


 ゴブリンが聖明依たち、いや、主に聖明依という少女に気が付き、手に持っていた棍棒やバールのようなものを振り回してきた。

「聖明依、車から武器を持ってくるから待ってて」

「必要ない」

「は?」クロアが聞き返そうとした時、聖明依はすでに後ろ足を伸ばして構えを取った。

 そして身体を捻ると脚が鞭のようにしなり、近づくゴブリンどもの頭蓋が次々と破裂していった。

「うむ。相手にするのは初めてだが、意外と柔らかいんだな」


 魔硫式と呼ばれる特殊拳銃を車から取り出したクロアが、目を丸くして驚いた。

「な、生足でゴブリンの頭が汚い花火みたいになるなんて。どういう鍛え方してんだよ」

「霊力で肉体を強靭化しているんだ。陰陽騎兵の基礎の基礎だぞ」

 話しながらもミニスカートを全く気にもせず、レースの紫のショーツを翻す。そこから伸びるスラリと細いニーソックスの脚がゴブリンの頭を粉砕していく。


 クロアはそれを逃さず目で追いながらも、理解が追いついてなかった。

「いやいや。将校たちとも現場で戦ったことあるけど、素足は流石になかったよ」

 パンツばかり観てられないと、スライド機構を後退させ弾丸を装填した。

 流れるように構え、ゴブリンの頭を一匹づつ確実に撃ち抜いていく。

「さすが元軍人。銃の扱いは慣れているな」

「これでも僕は、射撃の腕は優秀な方なんだよ」

「月桂に来た理由はやはり、その眼か?」

「そうだよ。結構、軍のお偉いさんから嫌われてて……」ゴブリンをトリプルヘッドショット。「ねっ」


「あぁ!」

 クロアの顔がサーと青くなった。

「どうした、変な声出して」

「聖明依、服が普段着のままだよ。今は作戦行動中なんだから月桂の制服に着替えなきゃ」

「おまえいつの間に着替えてんだ」

「さっき車に戻ったときだよ! 早く」

「……。ただ、私の装束変化シーンが見たいだけじゃないのか」

「へ、え、……そんなことは、断じてないぞ!」

「さっきから、私の下着見てたの気づいてたんだからな」

 聖明依は、やや顔を赤らめてムッとした。

「あははは……。さすが天才陰陽騎兵、後ろにも目があるのかな」

 ごまかしは聞きそうにもなかった。

 聖明依の顔に殺気が宿りだす。


「ひぃぃ。ごめんなさ~い。ついそこに美少女のパンチラが見えたら、目が勝手に」

「もういいっ、今は作戦行動中だ。とっととゴブリンを駆逐してくれ」

「怒らないのか」

「今はそんな暇はないし、きっと私はすぐにこの感情を忘れる。恨み続ける心が欠落しているからな」

「どういう事?」

「なんでもない」

 二人は話しながらも、ゴブリンたちを駆逐していった。


 聖明依は、クロアの背後へ回ると印を結び、一瞬で装束変化を行った。

「装束変化、急急如律令!」

 あっという間に月桂の制服に変身した聖明依は、クロアの横に並ぶ。

「あ、いつのまに変化したの?」

「見世物じゃない」

「魔法少女では必ず見せるじゃないか」

「私は魔法少女なるものではなくて、陰陽騎兵だ」

「魔法少女知らないの? アニメ見たことないの?」

「ない」


 あらかた周りのゴブリンは片付けたが、残党が残っている可能性がある。


「これ、応援の必要なかったかも。もうゴブリンは降ってこないみたいだし」

「油断するなクロア。ゴブリンを索敵できるか?」

「やってみる。……あそこに民間人が追いかけられている」

 遠方の区画を指差した。

 霊力がない相手では、聖明依の察知能力は役に立たない。

「私が向かう。ここで待機しててくれ。あと、マップに場所を転送してくれ」

「了解」


 聖明依は身をかがめ、脚に力を貯めた。そして大きく身を伸ばすと高らかに跳躍し、30メートル先の屋上に着地した。

 制服の機能であるARディスプレイが裾に浮かび、クロアがマークした菱形の黄色のポイントが点滅していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る