第八話 謎の飛行人体

 車は見た目が普通のセダンタイプ、つまり覆面パトカーだ。

 聖明依もそれに合わせ、瞬く間に普段着に変身した。そのプロセスは、桜が周囲を渦巻き、ちょうど胸とお尻が隠れる。その時、聖明依が予め登録した手印を結ぶと、服が一式引き出されるのだ。


 クロアは目を丸くして驚いた。

実体ソリッドARじゃ……ないよね? 凄いよ。こんな見事な生着替えはアイドルでも出来ないよ」

「歌や舞いは、神楽くらいしか出来ないぞ」

 腕を胸下に組んでそっけなく答えた。


 気がつくと、クロアは肩を落としていた。

「どうした? 急に」

「みえ……なかった」

「ん?」聖明依はすぐに察した。男が考えるのはひとつだ。「……殴るぞ、おまえ」

 ひぃぃ、と車に中に逃げるとスーツに着替えた。


 運転はクロア、助手席に聖明依が乗った。

「おまえ、免許持ってるのか?」

 聖明依は、シートベルトを巻きながら聞いた。

「うん。自動運転付限定なら、16歳から取れるよ」

「ネットにあった、AI限アイげんってそのことか」


 凰都の中でも、セントラルと呼ばれるところを走る。本庁の直ぐ側だ。

 クロアがハンドルを握りながら言った。

「この道を真っ直ぐ行くと、金融街。その先がビジネス街。町並みはパリやロンドンみたいでしょ」

 光るビル郡、巨大なディスプレイ、浮かび上がるコンピューターグラフィックス……。今のパリやロンドンはこんな感じなのか。

 聖明依は納得しながら、ふと疑問を口にした。

「そうだな。それにしても、亜人種がどこにも見当たらないが」


「簡単に言えば偏見のせいだよ」

「確かにそんな声は聞いたが、あまり多くはなかったかな」

 聖明依が車内の端末画面をタッチすると、ウィンドウグラフィックが浮かび上がった。仮想キーボードでキーワードを打ち込むと、今話している亜人種がヒットした。

 やはりそこまで酷いことは書かれていない。


「ポリティカル・コレクトネスは聞いたことあるかな」

「たしか、デスクにキャンペーンバナーが浮いてたな。意味は調べてないが」

「もともとは、差別はやめて公正にを謳ってたそうだけど」

「ということは、亜人種がそのキャンペーンの看板になっているのか」

「うわっ。どこまで頭の回転早いの? そういうわけで、とくにビジネス街じゃ亜人種は外を歩けないのさ」


「なるほど。ネットもそれなりの規制がかかっている。いや、思想が浸透してしまっているってことか」

「そう。今じゃ、亜人種が人工的に生み出された種であることすらタブーだよ」

「本当なのか⁉」

2030'30年年頃の《魔硫ルネッサンス》と呼ばれた産物でね、ここは超法規的特区だったのさ。その名残が日本なのに警察以上の武装を許可された剣警ってわけ」

「じゃあ、怪物たちは……」

「察しの通り、《失敗作》だよ。こんな話題が出来るのも、今じゃ剣警同士しかできなくなったからね。そこのカフェとかで話したら最後、剣警が剣警を呼ばれちゃうよ」

 とクロアは苦笑した。


「それにしても、お前を含め白人や黒人は歩いているのに。私からはそれほど違いはないが」

「僕はクォーターだよ。……でもそんな目で見てくれる人はいないよ。彼の国たちが滅んでから、こんな工作は無くなると信じていたって爺さんが言ってたな」


 クロアが端末を操作する。すると、フロントガラスに透過マップが浮かび上がった。

「ほら、もうすぐ住宅街だよ。ここなら亜人種も見かけると思う」

 聖明依は、彼らを探そうと見渡してみた。


 かなり遠方の空に、黒い点を見つけた。

「おい、なんだあれ」

 聖明依は指差した。

「何? 何も見えないけど」

「ほら、なんだか大きくなっていないか」

「え? ……うわぁ⁉」

 人だ。人がこちらに向かって飛んできているのだ。

 クロアのハンドルを持つ手は固くなってしまった。

 自動運転装置も感知していないようで、スピードが緩まないし進路も変わらない。


「まったく、これだから機械に頼りっきりな世俗は」

 聖明依は右手を掲げ、中指と薬指だけを折り曲げた三本指の印を示した。

 その瞬間、飛行体が自分たちが乗った車に激突した。


「クロア、いい加減に顔を上げろ」

「あれ、確かにフロントガラスに直撃したはずじゃ?」

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