二章 凰都 異世界の街

第七話 全裸で行う術

 その夜は、アマシアに強く引きとめられて寮で寝ることになった。

 聖明依のベッドに、アマシアが潜り込んできたアクシデントがあった。とっさに腹パンし、アマシアを叱りつけた。

「いきなりなんですか!」

「うぐ……。……、……」

「手加減はしたはずですが、まさか内蔵に」

「私はね、聖明依ちゃん。今夜くらい抱いてあげようと……」

「ひっ」

 思わず、青い悲鳴が出てしまった。

 聖明依は自分の身体、とくに胸やアソコをガードして遠ざかった。

「勘違いしないでぇ」

 涙を流して訴えてくるのは、痛みだけではないようだった。

「痛くないなら、どうしたのですか」

「痛いけど、ものすごく痛いけど。聖明依ちゃんの心のほうがもっと痛いでしょ? だから、こうしてあげたいのっ」

「アマシア先輩? きゃっ」 


 すると急にアマシアは、聖明依に向かって飛び込んだ。

 言葉で意表をつかれ、振り払うことが出来ずに抱きしめられてしまった。


 頭を撫でられた。

 そのまま、顔を豊かな胸に埋めさせられた。

「先輩? 何を」

「今夜は私に甘えて寝ていいよ」

「もう、なんなんですか? わけがわかりません」

「お姉ちゃんと呼んでいいから」

「……呼びません」

「ひっどーい。でも、離さないからぁ。さあさあ寝よ寝よ」

 と、聖明依のベッドに連れ込まれてしまった。

 この温もりが心臓に伝わったとき、ようやくアマシアの厚意が分かった。それが予測でしか分からない自分が、辛かった。


 翌朝。

 聖明依は珍しく過去の悪夢を見なかった。

 早起きした顔の上に、アマシアの寝顔があった。

 女性の胸は、どうしてこんなに暖かいのか。そして薔薇の甘い香りに気がついた。

 ゆっくりと聖明依が起き上がる。

 なにか、胸のあたりが落ち着かない。

 すると、おっぱいが不自然に、いやむしろありのままに、下に垂れていることに気がついた。

「パジャマのボタンが外されてる⁉ ……ブラもない。いつの間にこの人は……」

 ビンタをして起こしてやろうと振りかぶったら、小さな寝言が聞こえた。

「聖明依ちゃん、私がお姉ちゃんになってあげる……から……。すぅーすぅー……」

 振り上げた手をそっと下ろし、その頬を撫でた。

「このブラは夜用だから、外さなくてもいいのよ。アマシア

 ベッドの隅に追いやられていたブラを拾うと、起こさないように立ち上がった。


 ドアのポストをみると、檄・剣警隊の制服がビニール袋に包装されて届けられていた。

 早速、寝具を脱いで試着する。

 胸もウエストもきつくない。やっぱりタイトスカートだと、お尻の形がはっきりと目立ってしまう。

「やっぱり恥ずかしい……。みんなよく平気な顔してたな」

 今お尻を隠しても何もならないので、気にしないことにした。

 軽めに、パンチやキックなどのシャドウをしてみる。可動域も問題ない。

「よし。これなら登録しても良さそうね」

 制服に術を掛けるため自宅に持ち帰ろうとしたが、そのゲートにはアマシアが気持ちよさそうに寝ていた。


 それを見て諦めた聖明依は、パジャマもパンツも全部脱いだ。

 ハンガーに掛けていた普段着とニーソックスを取り出し、机よりも広い床に広げた。その上にお気に入りの紫のレースがかわいい下着を、上着にブラそしてミニスカートにパンツを並べた。

 その横に今度は制服を同じように並べた。

 そして別の下着をと、昨日整頓したクローゼットから探す。

「紫以外の色は……やっぱいいや。でも同じなのはつまらないし、ボーダーでいいか」

 横縞のブラとパンツを制服の上に重ねた。


 星座を象ったかのような、五芒星が並ぶ札を制服に置いた。

 それから、両手の甲を合わせるようにして小指を絡めた。

 そのまま人差し指と親指で輪をつくると、呪言を唱え始めた。

 普段着と下着から桜の花びらが舞い上がり、一瞬にして巫女装束に変化した。それらが浮き上がり、制服の上で漂った。

「――正装変幻、実体変化。急々如律令!」

 号令とともに、制服が桜に覆われていく。

 そして輝きが瞬くと、普段着と下着だけが床に残った。


 突然、後ろから抱きつかれた。

「聖明依ちゃーん、おはようの『むにゅーん』」

「むにゅーん?」

 後ろから胸を鷲掴みにされ、その指は乳首に達しようとした。

「ア、マーシ、アー、先輩! 何するんですか!」

 踵蹴りが見事に股にクリーンヒットし、アマシアが声ならぬ声を上げて吹き飛んだ。


「痛ーい。ちょ、女の子のお◯◯こ蹴っちゃダメ」

「いきなり抱きつくほうが悪いでしょ!」

「だって、裸だからつい」

「これには理由わけがあるんです」

 胸を隠し、身体をくねらせて色々な部分を守る聖明依。

「どんな?」

 アマシアがニヤニヤしながら回答を待っていた。

 全く、この人は。と聖明依は頭を抱えたまま着替え始めた。


「ええ、聖明依ちゃん。もう着ちゃうの」

「っていうか、見ないでください」

「いいじゃない。減るもんじゃないし」

「私の貞操が減りそうなんです! 全く……これから理由をみせます」

 聖明依は先程結んだ印を、アマシアに見せた。

 すると服が桜の花びらに変わり、聖明依を覆ったのは一瞬だった。

 瞬く間に、月桂の制服に早着替え。


「すごーい。魔法少女みたい」

「服の変身登録をするためだったんです」

「本当に天才なんだね、デスクじゃ聖明依ちゃんの噂でもちきりだったよ」

「もう言われ慣れました」

「その微笑み、なんか腹立つわ」

「装束変化の術がわからないのでしたら、簡易の呪符を作りますよ」

「え⁉ うっそー。そんなこと出来るの?」

「里では術が苦手な人のためにと思って、色々作ってましたから」

 再び見せるその笑顔に、アマシアには冗談で返すことを躊躇ってしまった。


 寮の食堂で朝食を食べ終わった後、聖明依は寮から出かけた。

 タイムカードの代わりにと教わったのが、紋章認証だ。

 制服、あるいは剣には檄・剣警隊の紋章をあしらったプライベートIDが記録されている。原理は書いていなかったが、なかなかに面白い試みだと感心した。

 これを専用端末にかざすと、集中管理センターが個人を認証して出勤扱いになる。

『こちらセントラルです。槇村聖明依巡査部長の出勤を確認しました』

 二十歳代女性トーンのオペレーターが、自動応答した。


「これでいいのか? わざわざ出勤しなくても良いのは助かる。ひとりで活動していたのとほとんど変わらんな」

「聖明依、おまたせー」

 クロアが手を降ってやってきた。

「こいつを除けば」

 ポニーテールの髪をわざと振って、気を取り直した。


「おはよう」

「おはよう、クロア」

「どこに行くの? あ、聖明依は特例の巡査部長なんだっけ。敬語じゃなきゃだめかな」

「私は気にしないが、急に変えられても気持ち悪い」

「じゃあ、このままでいいか。あはは」


「聖明依、今からどこに?」

「巡回だ。月桂の仕事は、䰠討滅だけではあるまい? それにまだ凰都をゆっくり見て回ってないんだ。案内も兼ねて、よろしく」

 社交辞令の笑顔を見せると、クロアは顔を赤らめた。

「よしっ。車持ってくるから待ってて」

 駐車場に走っていく彼を見て、聖明依は呟いた。

「存外、チョロいのかもしれん。それが逆に心配だが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る