第六話 復讐の表明
日もとっくに暮れた夜。
聖明依は、クロアから送信されたデータをすべて見た後に、寮のシャワーを浴びていた。
浴室は水色のタイルに覆われ、バスとトイレはきっちり分けられている。シャンプーは自宅から予備を持ってきた。
「自動のお風呂沸かし器があるとは、やはり世俗は進んでいるな。うちは温泉だから」
自宅を桃源神宮ごと焼かれてしまった時、別荘を自宅に改装した。もともと別荘地には温泉が沸いていた。水質検査が面倒なので、陰陽の宝具による浄化装置を自作してある。
寮の風呂に浸かる。脚は伸ばせないが十分心地よい。
胸がぷかっと浮いて、やっと肩の疲れから開放された。
「少しヌルいか」
設定温度を変えようとした時、「ただいまー」とアマシアが帰ってきた。
「あ、聖明依ちゃんお風呂?」
大きな声で返事をした。
「はーい」
「私も入るわ」
「え⁉」
「いいじゃない。採寸でおっぱい見たんだし」
「でも、狭いですよ」
「いいからいいから」
アマシアが下着をささっと脱いで、ゆっくりと浴室のドアを開けてきた。
「聖明依ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
タオルで隠すことすらしていない、生まれたままの姿だ。
乳房がとても大きく見えるのは、バニィ族特有の胸板の薄さからか。乳首の色素が薄く、ほとんど白い肌と同化している。たしかにこうしてウエストを見ると、クビレがない。
サイズ60センチでくびれないとは、どれだけ骨格が細いのか。下のモジャモジャした毛に目を奪われた時、アマシアはシャワーを開けた。
「バニィの身体は、どうかしら?」
「ほ、本当に人間とは違うんですね」
聖明依は浴槽から見上げた。ときどきシャワーがかかる。
「ウエスト見てたよね。ちょっと太いの気にしてるの」
「ごめんなさい。でも、太っているわけでは」
「筋肉が、分厚く付いちゃったみたいなの。お陰でくびれがなくなっちゃって……」
「でも私は、そのほうが接しやすいです」
「ありがとう、慰めてくれて」
「先に上がります」
聖明依が立ち上がる。
突然胸を鷲掴みにされた。
「あ、んっ……。ちょっといきなり何を」
「感度いいのね」
「え、うっ、……もしかしてアマシアさん、ソッチの趣味が」
「ぴんぽーん」
「え゛……」
聖明依の顔から、血の気が引いた。このままでは貞操の危機だ。
力づくで振り払うわけにも行かないので、手首の関節を極めようとすると、アマシアが笑った。
「冗談よ、冗談。風邪引いちゃうから、身体ふきなさいな」
「はい」
それにしては冗談にはとても思えない、見事な愛撫だった。
アマシアが、髪を乾かすのを待った。
それから聖明依が、椅子を向かい合わせにして座った。
アマシアは困った顔をした。
「あははは。やっぱり真面目な話するの?」
「はい。単刀直入にいいます。私が月桂に入ったのは、この組織を利用して復讐を遂げるためです」
はぐらかそうとするアマシアに対し、聖明依は澄んだ瞳でまっすぐに見つめ返していた。
アマシアが言った。
「念のため聞くけど、復讐とは具体的には?」
「両親と師匠を殺し桃源神宮を滅ぼした犯人を、この手で殺します」
聖明依から憎悪や殺意はなかった。
むしろ、澄み切っていた。まるで、深い湖のその一番深いそこが透明過ぎて見えてしまうかと思えるくらい。
彼女からは、ただ、一点の曇りもなく復讐を遂げようとしている。
アマシアは聞いた。
「あなたからは、憎しみがまるで感じられない。なのにどうして復讐なんて」
「憎しみなら、とっくの昔に削がれました。䰠によって」
「どういうこと?」
「陰陽騎兵ならご存知だと思いますが、人の失った落差により、䰠が生み出されます。希望の絶頂が絶望の底へ、大金が貧乏へ、恋人と結ばれた瞬間に失ってしまうなど。私は、両親が目の前で殺された時、激しい憎しみが生まれました」
聖明依は目を伏せて、続けた。
「それから、師匠が天空の手によって殺されたと聞いた時、心からの絶望を知りました。そこに䰠が漬け込んだのです。私は術で、精神剥離を試みました。そこから、もうひとりの《復讐鬼・聖明依》が生まれました」
「……どうなったの?」
「紅桜を纏って、討滅しました。だから、私にはもう復讐に必要な憎悪がないんです」
あまりに理解を超えたことに、アマシアに涙が流した。
それをどう受け取ったのか、聖明依は言った。
「だから、その裏返しの感情である《愛》まで失ってしまいました」
アマシアは思わず聖明依を抱きしめた。
「聖明依ちゃん、なんでこんなことに」
「ごめんなさい。本当はここで泣くのでしょうけど、それも忘れてしまいました」
「ぐすっ、ぐすっ……」
アマシアは大泣きした。
聖明依の涙の代わりに、たくさんたくさん泣いた。
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