第四話 月桂に敬礼
クロアは男子寮に、聖明依は女子寮にそれぞれ分かれた。
眠気眼とはまさにこのことだ。
深夜に待ち合わせを受けたが、ついでに探知鈴を設置しようと周ってたら寝る暇がなくなった。
そのまま鎧を纏ったら、疲労は避けられない。
渡された鍵の部屋をノックすると、返事が聞こえた。
鍵を使って開けると、大人びいた一人の金髪の女性が、背もたれの椅子からこちらに振り向いた。
「あら、あなたが将校の行ってた新人さん? 早いのね、まだ朝4時よ」
「おはようございます。初めまして、槇村聖明依と申します。予定がやや繰り上がったと、将校からの言伝です。それで不躾で悪いのですが、もう睡眠を頂きたいのですが」
「あら眠そう。二段ベッドの下使ってね」
「下ですか……」
自分の背よりもやや広そうなベッドで、寝具は硬めだった。なんだが手触りが気に食わない。
聖明依が荷物から札を取り出した。
「申し訳ありませんが、ここを自宅への
眠い目を擦りながら、札を両手で挟んで拝み始めた。
やや長いつぶやきに、女性が心配になって覗き込んでくる。
「あの、寝てる?」
「は!」
「きゃっ?」
聖明依が両手を寝具に叩きつけ、札を貼り付けた。
……。
何も起きた気配はない。
「それではおやすみなさい」
と聖明依がベッドに潜り込み、布団を被る。するとみるみるうちに膨らみが消えてしまった。
女性が慌てて布団をめくると、聖明依がいない。
「え? どういうこと?」
ピピピ、とスマホのアラームが鳴った。女性は首を傾げつつも、机の上の封書を拾い上げて出勤した。
午後。
聖明依が朝の姿のまま出勤してきた。
デスクが並んでいる部屋を通過しようとすると、今朝会った女性が声をかけてきた。
「槇村さん、一体どこに行ってたのよ」
「すみません。自宅への転送陣を開いて、そこで寝てました」
「自宅って……」
「本国です」
「え⁉ 海の向こうでしょ? たったあれだけで帰れるの?」
「ええ。ここには他の陰陽騎兵も勤務していると聞いていますが、やってませんか?」
「私も陰陽騎兵だけどさ、初めて見たわよ。ゲートで実家行き来する人なんて」
呆れた顔をするアマシアに対して、昨日のことから先にきちんとしなければと手を重ねて直立した。
「あ、改めまして。自己紹介を」
「ああ、それは皆の前でしてあげて。私の名前はアマシア・キューリッサよ。みんなにはアマシアと呼んでもらってるよ」
「そうですか。あの、その頭の耳はアクセサリーですか」
「本物よ。わたし、バニィっていう亜人種なの」
「は?」
「ほら、他にもいるでしょ」
みな同じ制服を着ているが、耳の形が三種類いる。アマシアのようなうさぎ耳・長く尖った耳・そして人間だ。
聖明依があっけにとらわれていると、アマシアが背中を押した。
「時期に慣れるから。さあ、将校の部屋に行きましょう。正式な手続きしなきゃね」
案内された部屋は、分厚そうな木のドアで出来ていた。
聖明依はすぐに霊視を試みるが、何もわからない。やはり結界が敷かれている。
アマシアがノックをすると、入室許可が降りた。
「将校、槇村聖明依さんをお連れしました。私はこれで失礼します」
「分かった。一時間後、手の空いたものだけでいいから集合しろと伝えておいてくれ」
「かしこまりました。失礼します」
アマシアが退室すると、将校と聖明依の二人きりになった。
帽子をかぶっていない将校が椅子から立ち上がり、手を広げて歓迎した。
「ようこそ、檄・剣警隊。通称、月桂へ」
「書類は書いてきました。それから、活動内容を教えてください」
「ご苦労。活動内容だが、陰陽騎兵としてやってきたことに更に何かを加えるつもりはない。特に君にはね」
「それは特別待遇でしょうか」
「いいや。だが最前線に常に送り込むことが、君にとって特別待遇ならそうかもしれんが」
「でしたら、本当に何も変わりません」
「確認しておこう。なにせ私は桃源神宮から離れて、久しいからね。陰陽騎兵は、術を唱えたり結界を貼ったりまじないや暦を作る陰陽師に代わり、魔と戦うため常に最前線で戦う防人である。合ってるかな?」
「はい。
「変わっていないようで何よりだ。君は自由に行動して構わない。ただ、単独行動は許可できない」
「……将校は、私の復讐に反対ですか?」
聖明依の目が、一瞬にして鋭いナイフに変わった。
将校は、慣れたようにそれを受け流した。
「綺麗事を言うつもりは毛頭ない。先程言ったのは、ここでの
「分かりました、郷には従いましょう。それが、《天空》の情報料になるなら」
「理解が早くて助かる。八木薙巡査は、君の権限でいつでも使ってもらって構わない。むろん、休暇もだ。ちゃんと後で書類手続きはしておいてくれ。デスクの連中がうるさいからね」
将校は椅子に腰掛けた。聖明依は立ったままだ。
指を一本立てて話を続けた。
「もう一つ、私からの要請には従ってくれ。特に䰠の案件は、君が陣頭指揮を取ってもらいたい」
「新人の私がよろしいのですか」
「ああ。なにせ、君は天才であるが故に、経験も桁違いだからな」
一時間後。
会議室に集められた隊員たちは、初めて聖明依を目にした。
「桃源神宮からやって参りました、陰陽騎兵の槇村聖明依です。私のことは名前で読んでください。縁あって、この檄・剣警隊に配属となりました。よろしくおねがいします」
一通りの挨拶が終わった後、将校が締めの言葉を綴った。
「――なお、䰠の案件に関しては聖明依君に陣頭指揮を取ってもらう。彼女の命令が私の命令と思ってくれて構わない。むろん、彼女の行動の責任はすべて私が取る」
隊員たちがどよめきだした。
隊員のひとりが手を挙げた。
「我々陰陽騎兵は、それなりに現場を踏んでいます。なのに、このような若い少女の指揮下に入れとは納得いきません」
「それなりではダメです。未熟な先輩方」
その言葉に一瞬、場が凍りつく。
それにもかかわらず、聖明依が一歩前に出た。
「私は、十三歳の頃から十七の今に至るまで、䰠を討滅してきました。数は覚えてますが、自慢に聞こえるでしょうから伏せますが、かなりの修羅場をくぐっています。それでも、月桂としての経験は先輩方が上でしょう。ご指導ご鞭撻のほど、改めてよろしくお願いします」
聖明依が深く頭を下げた。
その黒い頭に、誰一人反論できなかった。彼女から発する霊気・気迫・あらゆる気配が本物であることを悟らせたからだ。
聖明依が頭を上げたとき、全員が敬礼をしていた。
聖明依は笑顔で敬礼に倣った。
解散後、アマシアが呼びかけた。
「ねえ、聖明依ちゃん」
「何でしょうか、アマシア先輩」
「制服まだでしょ。寸法図りたいから、医務室に一緒に来てくれないかな」
「構いません。行きましょう」
そこにクロアが、身を引きながら現れた。
「あの、聖明依さん。僕はどうしたら良いんでしょうか」
「《天空》に関するこれまでの情報をまとめて、レポートを私のアドレス宛に提出して。後は定時で帰宅していいから」
「え、帰宅……」
「何か?」
「あ、てっきり䰠の巡回をするのかと」
「探知鈴なら、凰都都心部を中心にすべて設置し直済み。警報がなるまで、やることは何もないから。不満なら、自宅待機に変えようか」
「そんなつもりは」
「では、失礼」
クロアと別れたあと、二人は医務室に向かった。
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