喜びの邂逅

 崇徳上皇900年祭が迫ってきた。

 上皇の怨念から生み出されたしんがもっとも活発になるので、桃源神宮では裏例大祭としては大規模かつ過酷な行事を行う準備に追われていた。


 17歳を迎えようとしていた聖明依は、もうすでに䰠討滅の任務を任されていた。

 ときに物腰柔らかにときに激しさで持って、何事にも挑むその姿勢に誰しも感心した。


 そんな聖明依は特別な日に備えて、久しぶりに姿見に立っていた。

 念入りに自分を覗き込んだ。


 少し育ちすぎた胸のせいで、朱雀の巫女装束が似合わなくなってきた。ミニスカートのような袴のお陰で大きなお尻も目立ってしまう。少しの化粧を覚え、赤い唇の色を映えさせるグロスを塗った。櫛を当てて腰まで伸びた髪をすっとき、化粧台に置いていた孔雀の髪留め《凰鴆》でポニーテールに纏めた。

 大きな瞳を見つめ、まつげや眉毛も整えた。

「よし」

《今日はやけに気合が入っているな》

「師匠に久しぶりに会えるんだから、当然よ」

《裏例大祭の準備で戻るそうだな》

「ええ。無事に終わりますようにって」

《そうだな》


 砂利と飛び石で作られた庭園に出ると、手を降ってくる大柄な女性がいた。

「師匠、おかえりなさい」

 聖明依は飛びついた。

 優しく抱きとめられ、久しぶりのぬくもりに包まれた。

「聖明依、ただいま。少し見ない間に、ずいぶんと女らしくなったな。朱雀の巫女装束もよく似合っている」

「嬉しい! 男の子に告白されるより嬉しいです」

「なんだ聖明依、また振ったのか。陰陽騎兵とて、恋をしてもいいのだぞ」

「だってぇ」


「聖明依、私はこれから鬼煌帝を継承するものとして裏例大祭の浄化に行ってくる」

「師匠、他に鬼煌帝の方は……」

 いつもの䰠の討滅と違い、数百体もの䰠を相手に戦わなければならない。それが強力な霊的加護を備えた継承者といえども、厳しい任務になるはずだ。熟練した陰陽騎兵を率いるとはいえ、最前線に立つのは継承者である朝歩実の義務なのだ。


 聖明依の問いに、朝歩実はゆっくりと首を横にふった。

「いいや、私一人だよ。ふさわしい継承者は現れなかった」

 その言葉が何を意味するのかをすぐに悟った聖明依は、朝歩実からすぐに離れ謝罪した。

「申し訳ございません! 一番お辛いのは師匠ですのに」

「良いんだ。お前が選ばれてくれた、ただそれだけで十分満足だよ」


《朝歩実》

聖明依の髪飾りの凰鴆が言った。

《お前に御霊を預け、我も尽力する。無茶をするなとは言わん、だが生きて戻ろうぞ》

「分かっている。祭り事が終わったら、紅桜を託そうと思う」

「師匠、まだ私には。それにまだまだ現役でいられますよ」

「いいや。私ももう四十も半ばを過ぎた。これを振るうにはもう身が重いのだよ」

「師匠……。やっぱり私も連れて行ってください」

「駄目だ!」


 生きて帰れる保証がない。手練れの陰陽騎兵すら命を落とし、才能豊かな若者すら五体無事に済まない。裏例大祭は、本来の例大祭を行う天皇陛下たちを影からお守りする重要な任務でもある。

 それらを聞いてもなお、聖明依の心は鈍らなかった。

 それでもなお、朝歩実は厳しい視線を聖明依に向けた。

「……分かりました。わがままをお許し下さい」

「その気持に凰鴆を乗せ、一緒に連れていくよ。桃源神宮で待っていてくれ」

「はい」


 朝歩実たち陰陽騎兵の精鋭部隊が出立した、数日後の9月21日。

 今上天皇が崇徳上皇の霊を慰められている、その遠き地で例大祭が始まった。


 桃源神宮では祈願の鈴の音が響き渡っていた。

 舞い、演奏、祈祷、様々な形で彼らの無事を願った。

 聖明依はこんな時だからこそと、宝物庫の番を引き受けた。いつもの番人は祈祷師に選ばれたので、その代わりだ。

 それに、まだ番人がいた。


「聖明依じゃないかっ」

「聖明依、どうして?」

 両親だった。

 鎧継承の報告から顔を合わせる機会がなかった聖明依は、久しぶりの再開に顔をほこらばせた。

「お父様、お母様。お久しぶりです」


「聖明依、また一段と母さんに似て綺麗になったな」

「あなたはお父さんのように、立派な防人に育ったわ」

 聖明依は強くかぶりを振った。

「ありがとうございます!」


 積もる話を切り上げ、すぐに宝物庫の内と外の門着いた。

 外壁の門は硬い。そこは両親が守ることになった。内門つまり宝物庫の扉は聖明依が守ることになった。


 そして目を開け、遠くの空を見つめた。

 師匠は大丈夫だろうか。どうか無事に帰ってきてほしい。そして両親と一緒に食事をしたりおしゃべりを楽しみたい。

 約束を破ったことは、今なら笑い話になるだろう。皆で笑い合いたかった。


 カーンカーンカーン!


「緊急警報鐘⁉ 一体何が」

 聖明依の驚きと同時に、聞きたくない悲鳴が上がった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ、あなたぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「お母様⁉ お父様?」

 すぐさま閉ざされた外門を叩くと、母の怒声が響いた。

「……開けてはなりません!」

「お母様」

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