第19話 ■悲惨な戦い■
俺の教室にマイカが来る事は、滅多になかった。
期待の長男と可愛い末っ子の妹に挟まれ、自分の能力にも悩んだマイカは、積極的に人前に出る事を嫌う性格に育っていた。俺の前とは、猫どころかサーベルタイガーをかぶってるぐらいのギャップ(こう言う本音見せてくれるのは結構嬉しいケド)だが、相変わらず学校では、
「人見知りの恥ずかしがり屋さん」
なので、用事がある時は俺がT組に出向いたり、うまく放送室で会えればテケップにことづけたりしていた。我が校が誇るスーパー美女コンビに、別の女への逢い引きの伝言を頼む俺は、ものすごく贅沢な男だったかも知れない。
「ミナミくん(人前では…以下略)。ちょっと、ちょっと…」
珍しく俺の教室に来て、広島の古葉監督の様に半分だけ体を隠して戸口に立ったマイカは、歌舞伎の化け猫みたいに左手を
「くいっくいっ」
とやって俺を呼んだ。末松が、
「おっ、猫姫様のお呼びですヨーン」とおどけて言ったので、マイカはそのまま走り去ってしまった。
やっぱり俺、こいつ嫌い。
あわてて廊下に出て、逃げるマイカに走って追いつき、渡り廊下で袖をつかんで、バランスを崩したマイカを完璧な内股で仕留めた(嘘)。見ていた全日本篠原監督がぽんと膝を叩き、
「そーや、このタイミングや!」(嘘)。
すまない、こうまでボケないと、これから始まるあの
「悲惨な戦い」
を描写する気持ちになれない。
「凄く慌ててたけど」
「ごめん、あたしあの人苦手」
俺も。
彼女は手に手紙を持っていた。開けると、中はとても古風な体裁だった。つまり新聞・雑誌の文字を切り抜いて貼った手紙。
前略 お元気出スカ?
わ足しハ悪ノ組しきにつかマてます
たスけに来手
アス10時(↑時計の文字盤)にフ死山公えんに
桃沢みその
余りの内容にマイカもいたづらと思ったらしい。しかし、みそのの、鰻がのたくった様な署名は本物に思える。そこで相談に来たとのこと。
「ふむ。罠だな」
「おかしいでしょ?敵に捕まってる人が、どうやってわざわざ切り貼りして手紙なんかよこすの?しかも普通郵便で」
「そうだよな。それにしても稚拙な手紙」
マイカの従姉妹みそのには、先生の通夜の晩と墓でしか会ってないけど、きりっとした、今で言うキャリアウーマンという感じの
「出来る女」
に見えた。しかしマイカの知るみそのは大違い(従姉妹そろって見た目と中身大違い)。旧帝大系物理学科から大学院に進んだ才女だが、理系の天才には一般常識がまるで欠けている人が多いと言う。
某大企業研究所では、この手の天才バカボンと、能力は劣るが調整力に優れた秀才を隔年で採り、組織がしっちゃかめっちゃかにならない様にすると言う。
田岡先生は天才の中の天才だったが、生活のため、ありとあらゆるバイトをしたそうで(高卒で遠洋マグロ漁船に乗って、稼ぎで大学行ったとか)、世間ズレはしていた。
みそのの天然伝説は親戚うちでは有名で、
「月極駐車場伝説」なんてポピュラーなのは朝飯前。
「修学旅行には、新しいサンスター持って行きたい」
と言うので、母親が
「ライオンじゃ駄目なの?」と聞くと、
「もうお母さんてば。歯磨きの事を英語でサンスターって言うのよ」
彼女に言わせればライオンのサンスターと呼ぶ訳で、しかもサンスターの語源はペンギンの別名と思っていたと言う二重ボケ。高校3年間、理数系のテストで一点も落とさなかった人とは思えない。外国人のスパイに
「これが日本の犯罪レターの作法よ」
と、はりきって指図する彼女の姿が目に浮かぶ。と天然マイカに散々の言われ様。脅迫文書なら正解だったのにね。惜しい。
罠と判って、あえて乗るか?
相手は本物のスパイ。殺しなんて何でも無いだろう。
しかし学校側の人通りのある公園で?
「窮鳥懐に入らずんば虎児を得ず。と言うじゃないか。あえて罠に飛び込むか?」
「メグルくん、前から言おうと思ってたけど、その諺、違うと思うよ」
「そうか?そのあと、いわんや悪人をや。って続くんじゃなかったっけ?」
俺もみそのさんを笑えない。
どうしていいか判らないとき、俺はヨッコに相談する事が多い。そうしようと言うと途端にマイカの機嫌が悪い。
「もういつまでも親離れ、子離れが出来ないっていうか…。馬鹿じゃないの?」
ヨッコはお母さんかい。これが嫁姑の永遠の角質、いや確執か。
ぷんすかふくれるマイカをなだめて、赤電話でヨッコの家に電話。
「今日はお友達の家に泊まるって、大荷物もって出かけたわ。嫌だ。女の子よ」
とヨッコママ。O野(仮名)と言う腹筋の割れた、身長180cmの女友達ですね。判ります。O野(仮名)たちは明日から隣県に遠征と朝礼で教頭が紹介してた。同伴遠征かい!
万策尽きて、佐竹に相談する事にした。
俺は反対したのだが、マイカがノリノリ。天文倶楽部部室へスキップしやがる。
「承知した」
俺たちが、マイカの従姉妹が危ない事、危険はマイカにも及ぶ事を告げ、原因は聞かないで欲しいと言うと、佐竹は快諾した。
この男ほど頼りがいがある奴はいない。いないのだが…。今回は力の入れ方が尋常でない。
困るんだよなあ。
こんなに喋る佐竹は見た事がない。前々から疑問に思っていたが、あの無口がどうやって教師を説得して天文倶楽部を作ったのか?欲しい物があれば、佐竹はこんなに雄弁になる事を初めて知った。
今回欲しい物と言えば?
困るんだよなあ。
「まず状況を整理しましょう。ミナミ、ホワイトボードに手紙を貼ってくれ」
俺は完全にアシスタント。
「その手紙は本人からと断言出来ますか?」
と、マイカにですます調で尋ねる。
「それは間違いないわ」
「しかし、桃澤家の澤は難しい字でしょう?本人が間違えますか?」
「それは間違いじゃないの。家の父は古い人間だから、"由緒ある桃澤の名を変更なんて出来るか!"って言ってるけど、叔父さんは合理的な守銭奴だから、戸主になる時に、当用漢字に変えたの」
渡辺さんや浜口さんの親戚でも、よくある話らしい。
仲の余り良くない親族らしいな。守銭奴の叔父…。
逆転サヨナラ満塁ホームランのはずが、ポールの僅か外のファールで、一塁から戻るみたいな顔の佐竹が、気を取り直して聞く。
「フ死山公えんは富士山公園と思われますが、従姉妹の桃沢みそのさんは、来た事があるのですか?」
「叔父の一家は、従姉妹が小学校卒業まで私の家に住んでました」
なるほど、マイカの家は学校から徒歩15分。自転車なら小学生でも行動範囲だ。
それにしても、手紙といい、場所の選定といい、なんだかみそのさんペースの気がしてならない。佐竹もマイカもそれには同感だった。
スパイに脅かされてやっているのか、スパイに協力してやっているのか…。申し訳ないが、俺はあの墓参りの日の、
「田岡君の死だって、事故だったんだか」
というみそのさんの、凄くドライなつぶやきが気になってしょうがなかった。自分の欲の為に、婚約者まで殺す。そこまでの悪女とは考えたくないが、守銭奴の娘だからなあ…。テレビの刑事ドラマだと、これだけ状況証拠があると、みそのさんが
「あなたが田岡さんを殺しましたね」
って女刑事に断定されるところだよな。断崖の上で。考え過ぎだといいけど。
腹黒い天然。桃沢みその。か…。
「時間だけどさ。これ午前なの?午後なの?」
と俺。突然佐竹が、声を張り上げる。
「裁判長!ここに証拠があります」
「提示を認めます」
とマイカ。うまく流す様になったなあ。あんちゃん嬉しいぞ。
「これは一昨日発行、”激安スーパー☆原庄”の新聞広告チラシです。上部の、開店・閉店時間を示す図を見て下さい。同じですね。ちなみに閉店は午後6時。夜は紗がかかっているので、午前10時で間違いないでしょう」
「でも他のスーパーのチラシかも」
「ではこの部分を見てください。時計の右下に残る黒い点。これはチラシの"物価に挑戦!!なんでも5%OFF!!!"の最後のビックリマークの上部に完全に一致しています」
案外近場に住んでるスパイだったんだ。
人通りのある、幼児連れの母親も多い午前10時の公園。ここでなんかやろうというなら、荒っぽい事ではあるまい。明日の午前10時だと、学校は授業中だが。
「さぼって来い。と言う事でしょう」
納得。
佐竹は更に調査と考察を進める。と約束し、マイカの手を力強く握って、
「桃澤さんは私が護ります」
と宣言した。マイカの顔が上気して、嬉しそうなのが著しく気に入らない。(この時、天文倶楽部部室の外にひっそりとカオナシの様に佇む身長175cmの影があるのに、俺たちは全く気付かなかった。)
帰り道、機嫌の悪い俺が先にすたすた歩いていたら、マイカがそっと俺の袖をつかみ、優しく手を握った。
「心配しないで、あたしはメグルくん一筋だから」
という、声無しでも恋人同士には判る、愛のボディランゲージと取って差し支えあるまい。でも声に出た言葉は、
「佐竹君に相談してよかったネ」
女って…。
翌朝、俺は遺書を残して家を出た。
親宛と、ヨッコ宛。
「俺は愛する人の為に死にました。後悔はしていません。幸せな人生を終えた私の墓の前で泣かないで下さい」
という文面。最近よく聞いたフレーズだが偶然だ。
待ち合わせ場所、通学路の三叉路でマイカに会う。飛びついて来る。おはようのキス。
佐竹に見せつけたかったが、残念ながらまだ来ていなかった。
「怖くない?」
「大丈夫、メグルくんがいるから」
もう死んでもいいや。でも生きて続けたい幸せ。
「あっ!佐竹君が来た!さったけくぅ~~ん。おはよ!」
だからなんでそんなに嬉しそうなんだよ。
本日の佐竹は、袖無し革ジャンにジーンズ。鋲付きのナックルガード。足には重いワークブーツ。戦闘モードだ。怖い。手には2m程の棒。佐竹が勝手に
「健康体操」
と名付けて毎朝振り回しているらしいが、どう見ても沖縄の棒術だろ。
「桃澤さん、おまたていたしました。障害物を排除しており、てみゃどりました」
緊張していたのか、珍しく二カ所も噛んだ。
「障害物?」
遅れて障害物到着。
赤胴を着込み、白袴。額には古風にも鉢金付きの鉢巻。三尺八寸、赤樫製黒塗の素振用木刀を携えての登場は、剣道二段(昇段おめでとう)青梅綸子。物扱いしてやんなよ、佐竹。
「はぁはぁ、ぜぃぜぃ。佐竹様ぁ。綸子もお供しますぅ」
「勝手にせい」
「かしこまりました!(うるっ)」
こうして桃澤太郎と三匹の家来は、ファイナルチャンスに女子を求める蝉レースのアンカー、ツクツクボウシの絶唱の中、鬼退治に出かけましたとさ。
公園には結構子連れママが多い。紫外線が幼児のお肌にきつ過ぎる夏が終わったので、公園デビューと言う奴か。
CIAだかKGBだか知らんが、こんな所で、ドンパチだけはするなよ。ある意味自然に人質を取られている様なものかも知れない。
富士山麓には、黒づくめの服を来た長身の女が立っていた。
桃沢みそのだ。
「一、二、三…四人か」
「佐竹様、あの桜の影にも二人、あそこにも」
と綸子。
「あれは味方だ」
伏兵まで置くとは、さすが策士。こんな孔明相手に
「恋の赤壁戦」
を勝ち抜くのか俺…。
「マイカちゃん。お姉さんを助けて」
みそのが叫ぶ。
「今いきます」
と駆け出しそうなマイカを慌てて止める。どんな罠があるかも知れない。TVのお笑い番組なら、落とし穴必至だ。
「私を助けて。このおじさんたちに、あなたのアレを見せるのよ!」
そういう事か。やつらも事を荒立てたくない。時間巻戻しが本当に出来ると確認出来、田岡先生クラスの天才がいれば、論文はなくても定義付けは後からでどうにでもなる。小型のムービーカメラを持った男がいるのも、それで納得だ。そういうことなら、絶対にマイカに能力を使わせちゃいけない。しかし、この事は俺しか知らない秘密。言い方が難しい。
「マイカ!アレはもう見せないって、田岡先生と約束しただろ!」
「わたしだってもうアレを見せたくない。でもアレを見せないとみそのさんが殺される!」
アレを見せるに反応して、ベンチで寝転がってた営業マンがむっくり起き上がる。
「ミナミ。アレが何か知らんが、あいつらは乱暴な事をする気がない。さっさとアレとやらを見せて、みそのさんを助けよう」
と佐竹。
「なんで判る?」
「回りに4人いる黒服の男。襟に鎌とハンマーの赤いバッジを付けている。仮想敵国内で犯罪的な事を企んでいるなら、大使館員だKGBだと知らせて回る様な格好はすまい」
なるほど。もう一度慎重にマイカに呼びかける。
「今アレを使うと田岡先生が悲しむぞ。命がけでマイカを守ったのに」
「何ですって!あなたが何を知ってるの!なんでリョウジがこんな小娘を命かけて守らなきゃなんないのよ」
みそのの被害者モードが一転した。
「田岡先生は、わたしをいつも守ってくれたの。私をぎゅっと抱きしめて」
マイカがすっかり回想モードに入る。ちょっと待て、抱きしめたぁ?
「嘘よ。リョウジはあんたなんか被験体としか見てなかった。リョウジはアタシのものよ。大体あんたがしゃしゃり出て来なかったら、今頃ロンドンの学会で受賞レセプション&ハネムーンだったのに…。従姉妹の婚約者に手を出して、この泥棒猫!」
「なによ。先生はわたしのほっぺをつんつんして、さすが若い子の肌は張りがある。おばさんとは違うなあ。って」
「誰がおばさんですかっ!ちょっとリョウジ。どういう事なの?」
反魂の法でも使いそうな勢いだったので、俺は慌ててみそのに、
「みそのさん。何マイカと死んだ人の取り合いしてんですか?第一スバル360に細工して、田岡先生殺したのあなたじゃないんですか?」
どさくさ紛れに、本物の刑事なら言っちゃならない疑問をぶつけてみた。
「何いってんのよ。ドライブ行くってんでアタシが待ってんのに、白衣着て、2時間も車を点検する様な人よ。そんなすぐバレる細工なんて出来ないわよ。それにリョウジを殺して、アタシに何の得があんのよ。彼の仮説は、天才と言われたアタシにも全然判らなかったんだから!」
本当に事故だったんだ。
すみません、みそのさん。あなたは単に天然で、腹黒くて、お金の誘惑にちょっと弱いだけの人だったんですね(そうとうアレな人だが)。
「マイカ。みそのさんは、本当に先生を愛してたんだ。もう諦めてくれ」
「そうだとも、死んだ人より今の私を見て欲しい」
佐竹が言うな。
「ミソノサン。マダデスカ?アナタノイウコト、シンジラレマセン。ロンブンモ、アリマセンデシタネ」
とスパイ。
「家も、車も、念のためにお墓の回りだって、這いつくばって探したわ。でも彼の論文は、彼の頭脳と共に、火葬場の煙になったのよ」
とにかく、ここでマイカが能力を使うのはまずい。田岡先生は、マイカの能力は集中力と体力が必要と言っていたそうだ。
要は痛いとこ突いて、集中力を途切れされればいい訳だな。
「おいマイカ。もう今日と言う今日は言わせてもらう。さっきから田岡先生田岡先生って、恋人の前でどういうつもりだ。前にもみそのさんがいなかったらわたしの恋人にしてた。とか」
「なんですって!私の婚約者じゃなかったら、あんた会っても無いじゃない。旅行の時はあんなに慰めてくれたのに、そんな事考えてたのね。恐ろしい子…」
「しかも、佐竹にも嬉しそうにしっぽ振りやがって」
「そうか?そうなのか?」
と佐竹満面の笑み。俺はもう一押しと、つい一言多い悪い癖を出してしまった。
「もう俺は何のために体張ってんのか判んねえぞ。遺書まで書いたのに。このこのこの…」
ツクツクボウシが一瞬止まった。
「ビッチがぁ~~~っ!」
言っちまった…。
「なぁんですってぇ。あんたみたいなスケベに、どうしてそこまで言われなきゃなんないのよ。出会いはお布団の中でおっぱいもまれましたって、桂三枝に言うんかいっ!!三枝も椅子から転げ落ちるわ!!
もうこうなったら、アレ使ってあんた殺してやる~っ!」
マイカの眼が赤く光る。いかん!何か怖いものを召還してしまった。アレって、ちゃんと代名詞で呼んでるだけ、冷静で集中力が高そう。スパイの前で、
「秘技、時間巻き戻し」
披露寸前の、8分限定リバースタイマーマイカ。絶体絶命!
一旦CM
「秘技、時間巻き戻し」
披露寸前の、8分限定リバースタイマーマイカ。絶体絶命!
しかし助けは意外な所から、いっぺんに、痛い形で現れた。
※以下( )内は流派または得物です。危険ですので絶対に真似しないで下さい。
「桃澤さんをビッチだと?絶対許さん~!(佐竹式健康体操@殿ご乱心)」
「しっかりマイカ捕まえとけ~っ!あたしのなま○は高いぞ~!(その木刀は痛いからね。やめようね@恋する綸子姫)」
「ビッチで何が悪い~ぃ!ビバビッチ~!(ニコンF2モードラ付、ニッコール300mm/F2.8装着@末松)」
「こらメグ、合宿の痴漢って、おまえかよ~っ!あと中学ん時、あちしの毛糸のパンツ見ただろ~っ!(お泊りセット一式入りルイビトンボストンバッグ@お前のパンツやったんかい、ヨッコ)」
「女性をビッチ呼ばわり許さない!天に代わってお仕置きよ!(あり得ない長さのツインテール、宝石付ティアラ、キラキラバトン@ミニスカ魔法少女テケップ)」
富士山麓に殺到する主要登場人物達。まさに時間巻き戻しを開始しようとしたマイカは弾き飛ばされ、プリマドンナの様にくるくる回りながら、俺の方向にすっ飛んで来た。しかしこのままだと木に激突する。咄嗟に俺は飛び出し、マイカの軌道を遮った。めきっと俺の肋骨から嫌な音がしたが、鍛え抜いた皮下脂肪で受け止める。
「あ、ども。おかえり」
「ただいま。いやぁ、やっぱりここが一番落ち着くわ」
冷静だったのはスパイ。
「スーパーヤスウリアリマスノデ、カエリマス。ミソノ、アナタニハマダ、オハナシガ。チョウサヒノ、ヘンキャクニツイテデスガ…」
「いやー、助けてー。お墓でコンタクトレンズ落としたから、杉野眼科で買っちゃったのよー」
自業自得である。
殺到した怒れる人々(一部野次馬)だが、さすが、アニメじゃあるまいし、案外冷静だった。ぼこぼこにはされなかった。ぼこはあった。痛かった。
「ごめん、言い過ぎた。俺が悪かった」
「わたしも。メグルが(初めての呼び捨て)わたしのために必死に頑張ってくれたのに…。ごめんね。もうあんな事メグルの前で言わない(他所では言うのか)」
当選が危ない候補者夫婦の様に土下座して謝る二人を見て、皆の怒りも収まった。
「なんでこんなに大勢呼んだの?」
とつぶやく俺に、
「一応全員出しといた方が、構成上望ましい」
と冷静な佐竹の声。
ベビーカーを押すママ達と、ベンチの営業マンからの、まばらで生暖かい拍手が、ツクツクボウシに混じって昼前の富士山公園にこだまする。
俺はこんな悲惨な戦いを、二度と思い出した
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