第17話 ■マイカが水着に着替えたら■

こうして、2年の夏が来た。俺はマイカと約束した。

超能力を自分のために使わない事。

俺に向けても(主に復讐関連)使わない事(これは約束というよりお願い)。

みそのさんからは何の連絡もなかった。

温泉に浸かったスナフキンみたいな人だったが、田岡先生は真の天才肌で、研究は殆ど彼の頭脳に入ったまま、失われていた。みそのさんは、日頃の先生の言動とメモから、何とか仮説の証明に辿りつこうと苦闘しているのだろう。


この頃一度マイカの家で、お父さん(腹がおれにクリソツ)にあった事がある。

一代で会社を興し、そこそこの業績を上げている典型的なワンマン社長で、

「娘をよろしくな」

と言った目は、

「娘に手出したら、ただじゃおかん」

という凶器の光に溢れていた(狂気と書こうとしたが、この変換の方が合っている)。俺が帰った後、マイカに

「何だかお医者さんみたいな奴だなあ」

と言っていたとか。

「娘が欲しいなら、医学部位入ってみろ」

と言われている様で怖い(杉野先輩の例もあったし)。

3人兄妹の真ん中、マイカのファザコンは複雑にねじ曲げられており、

「父の生き方は許せない!」

と言ってみたり、小さい頃の数少ないお父さんに褒められた想い出を何度も語ったり(習字とか)、何とか俺が代わりに保護者になってやらなきゃ。と思ったが、現実は俺の方が頼りない事が多かった。まあマイカのファザコンが俺を選ばせたとも言えるので、

「お父さん、よくぞマイカをぞんざいに扱ってくれました」

と感謝したいところだが、父上としては、複雑だろう。

「よりにもよって、こんな腹がおれとおそろな男と…」


次に栄光のエロ計画に付いての進捗報告をさせていただきます。

と言っても、マイカが拒否する以上、何の進展もないに決まっている。

「女は押し倒しちゃえば良いんだよ」

と悪魔(末松という名の悪魔)が囁いたが、うちの場合そんな事したら、

「市中巻き戻しの刑」

あるいは

「電撃(痛!的な比喩)」

が待っているのは明らかである。

そんな訳で、マイカと二人で海に行った時も、あまり進展はなかった。

「夏休みに海に行こうよ」

マイカが言ったのは、付き合い始めて間もない頃だった。


海、

青い空、

白い入道雲、

降り注ぐ陽光、

特に水着がいい…。


断る訳が無かったが、夏休みまでに、あと1ヶ月ちょいしか無い。

その日から、俺の苦闘が始まった。肥満児は脱却したものの、このまま思春期を通り越して中年太りに移行してしまいそうだった俺は、朝晩の腹筋に加え甘いもの絶ち。購買のパンは買わず、弁当を忘れた日以外は食堂も行かない(1限後の放課に早弁。3限後放課にパン。そして昼は学食でランチ、が通と言われていた)。恐らく以前に比べると摂取カロリーは半分以下になった(それでも一般人レベルだったが)。


中庭のベンチ("勝利者の玉座"と言われた、カップル専用ベンチ。廊下の窓から目撃されるポジションで、あえて高らかに青春を宣言する席である)に座り、甘ったるいテケップのDJを聞きながら、マイカとお弁当を食べていたとき。

「ミナミくん。アーン」

と箸につまんだソレをマイカが差し出した。

これは…。マイカ母の得意技、

「胡麻餡入り中華揚げ団子」

ではないか。中国茶を飲みながら、延々点心を食べ続けると言う、食の探求者には夢の様な飲茶の代表菓子…。普段なら、ひょいぱくと口中に消える所だが、

「ごめん、今日はやめとく」


みるみる元々規格外大粒サイズのマイカの眼は、更に倍位の水分量に膨張した。

「判っちゃった?初めて母に聞きながら自分で作ってみたんだけど…。やっぱり母みたいに上手に出来なくて…。ごめんね」

「ち違うんだ。今ダイエットしてて。海に行くのに、みっともない腹晒したくなくて…」

マイカは団子を置いて、後ろを向いてしまった。

「おー修羅場だ、修羅場だ、シュラダバダ…」

DJテケップが流す”男と女”をBGMに3階辺りの窓から、ヒソヒソ話とも言えない音量の声が波紋の様に拡がる。

「マイカ?」

「別れるから…」

「え?」

俺って団子で振られるキャラなのか?

「メグルくんが痩せたら別れるから」

「恋人がみっともない三段腹で、恥ずかしくない?」

「メグルくん。マイカの胸のどこが好き?」

「そそりゃ、大っきくて、形良くて、ふかふかの所かな?」

「同じでしょ?」


やはり高畑マニア=デブ専なのか?マイカは俺とハグする時、真綿のお布団の様にふかふかした俺の皮下脂肪にうっとりすると言った。ちなみに俺は、その腹で感じるマイカの胸の圧力に昇天しそうになる。

腰みの一つつけて細いウエスト、たわわなおっぱいを揺すって踊るポリネシアの娘達は、ファイアーダンスの上手な、胸囲と胴囲が同じサイズの若者に恋心を抱くんだから、価値観というものは一つである必要はないんだ。

ワッタ ワンダホー ワールド!神様ありがとう!

「でも、わたしもちょっとダイエットしなきゃいけないかも。今年の水着、ビキニ買っちゃったから…」

マジですかぁ。もうボク待ちきれないよぉ。

「胸は痩せちゃだめだよ。あーん」

俺は幸せのオーラに幾重にも包まれ、マイカに胡麻餡入り中華揚げ団子を放り込んで貰った。

「さて、5限は化学か…。移動だ移動だ…。あほらし…」

窓から末松そっくりの声が聞こえる。


マイカが選んだ海水浴場は、ちょっと意外な所だった。

とある島。

釣り人が泊りで利用する事は多いが、俺たちの町からは片道3時間程かかるので、海水浴に行く人は少ない。

「日帰りだと、向こうに3時間位しか居られないよ?」

「いいの。お願い」

高校生カップルのお泊り旅行は考えられない時代だったので、俺のスーパービキニ鑑賞会は3時間限定が決定した。


電車で港まで、そこから30分程船に乗る。

2人で居れば退屈などするはずも無いので、結構楽しく時間が過ぎた。

「こっちだよ」

マイカは船を降りてスタスタ漁港から続く山道を登る。

「来た事あるんだ」

「うん」

田岡先生と?

晴れたった夏空に、一転黒い雨雲が湧いた気がした。

「この山の向こうに、小さい入り江があるの」

途中で、地元の老人とすれ違った。

「こんにちわ」

「あれっ?桃澤さんのお嬢じゃないかい?懐かしいねえ。お父さん元気かい?」

「はい。おかげさまで」


坂道を降り切ると、本当に入り江があった。小さい砂浜が付いていて、完全にプライベートビーチだ。

「へー、良い所だねえ。誰も居ないから、水着無しでも泳げるねえ」

「ハー、君はどうしてそっちの方に持ってくかなー」

海岸の外れに岩場があった。大きな岩の向こう側にマイカは歩いて行った。

「来たら殺すからね」

小さな花が散らされた薄緑基調のサマードレス(凄く似合う)を肩から脱ぎ、

最近サイズがUPして、可愛いのが無いとお嘆きのブラを外し、

乙女の純潔を護る最後の砦を足首から抜いて、マイカはビキニに着替えた(以上実況中継妄想でお送りしました)。

ボーイズライフ(惜しまれつつ廃刊していた)の小山ルミ折り込みピンナップにも決して見劣りしない、オレンジのビキニ。

生きてて良かった…。

俺は海パンをジーンズの下に穿いて来ていたので(小学生か)、

「Atom Heart Mother(牛柄)」

のTシャツとジーンズをその場で脱ぐ。ポーズを付けてゆっくり脱ぐと、マイカが

「ヒューヒュー」

とはやす。この頃のマイカはこういうノリが出来る程明るくなっていた。


「お兄ちゃんの高校受験まで、家族で毎年来てたの。お兄ちゃんは泳がずに海辺の生物採集ばっかりやってたので、地元の子から"陛下"って呼ばれてた。リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシの自由研究で県の最優秀取ったのよ」

ああ日本で一番長い名前の海草ね。これはマニアックなお兄様だこと。

「小さい妹はお母さんと一緒に、砂で100分の1、国宝姫路城を作っていたわ」

幼児がそんなものを?100分の1でも大きくないかい?

で、マイカは何してたの?

「お父さんに泳ぎを教えて貰ってた。嬉しかった。お父さんが泳ぐと、一緒に海の中に大っきな鯉が泳いで」

「鯉が海に?」

「うん、お父さんの背中に鯉の絵が描いてあるから」

そうか…。それで近場の海水浴場には行けなかったんだね。俺はいつもは絶対

「父、母」としか言わないマイカの、宝石の様な想い出を共有して、マイカを抱きしめたくなった、というか抱きしめた。それから、小さい子にするようなディープでないキスをした。


それから帰りの船が出るまで2時間程、泳いだり体を焼いたりして遊んだ。断っておくが、いくら何でも波打ち際を

「ほほほ、捉まえてごらんなさい」

「こいつぅ、よぅし待てぇー!」

なんてカラオケのイメージビデオの様に走るのは、いくら昭和の高校生でもしない。あれって、いつの時代なんだ?まあ俺は運動駄目なので、やったとしても追いつかないが。実際はこんな感じだった。

ようやくマイカの背の立つ浅瀬に二人で行って、ぎゅっと抱きしめてキス。そのまますぽんと潜って、ビキニのブラの紐を解こうとしたら、両手で思い切り頭を抑えつけられて、敢えなくぶくぶくぶく…。救助されてからの、砂浜での救命処置は万全だ。散々人工呼吸(もちろん諸君のご想像の法式だよ、ははは)をした後、

「埋めればエロい毒がぬけるかも…」

と、砂をかけられた。マイカさん、それふぐ中毒の時ですから。

マイカはキスしてハグしてれば、ご機嫌の様だった。


「よしよし、いい感じに育ってる」と西瓜生産者のように、砂浜で寝転がった俺のお腹をぽんぽんしながら(お約束で同じセリフで胸にお返しして、お約束のビンタを貰った事は言うまでもない)、俺はぼんやりこの子との将来を考えていた。

10年後には、俺たちの子供とここへ来たいな。

「な、マイカ。結婚しような」

「まだそんな事考えられない。高2だよ?」

「将来だよ」

「うーん。やっぱり今は考えられない」

男は夢想的なので、すぐ結婚を口にし、女は現実的なので、今は無理と言う。これが十代の結婚観らしい。全くそのとおりだった。身近に”十代できちゃった婚”の先輩がいるけど、”医者の卵と医者一族の一人娘”だからなあ。参考には出来ないし。


帰りの船で、マイカは俺の肩にもたれて、ぐっすり寝ていた。

「こんなに信頼されちゃ、何にも出来ないよ」

と思った。まあ島でいろいろやりたおしたけどね。

帰りの電車の中ではマイカは起きていて、しゃべったり、トランプをやったりした。前の席の幼稚園くらいの女の子が、シートの上から時々覗く。手をふったり、変な顔をしてみせると、けたけた笑う。別席の母親は、

「済みませんねえ。駄目でしょ、お邪魔よ(意味深な笑い)」

と注意するが一向に止めない。あげくの果てに俺がトイレから戻ると、シートを反転させ、ボックスシートにされていた。これではラブラブできないではないか。まあ島でいろいろ(以下略)。仕方ないので、3人で遊んだ。

「子供に優しい人…。こんな人と所帯を持ちたい…」

とマイカが思ってくれないか?という打算がなかったと言えば、大嘘になる。


相変わらずデートの詳細報告を求めるヨッコに、この幸せを報告した。

ヨッコはO野(仮名:氏ねばいいのに)とのデートの話はしないくせに、とにかく分単位でやった事を知りたがる(まあヨッコたちの爛れ切った情欲話を聞かされるのも業腹だが)。

「あんたの生腹見ても怯まんとは、マイカはつくづくアブノーマルだなあ」

ヨッコは失礼な奴だ。俺の鍛え抜いた、鋼鉄の皮下脂肪を馬鹿にするな!

「まああちしもどうしてもデブと結婚しなきゃ駄目なら、メグにするけどね」

デブ限定の縁談って…。

この辺の微妙な距離感が、ヨッコとの友達付き合いの秘訣らしい。

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