第14話 ■喧嘩はやめて■

疑惑の梅雨雲は過ぎ去り、俺とマイカの爽やかな夏空がやってきた。と思ったら、なんだかとてつもない雷雲が迫って来た事に、朝の同伴登校で、

「ふんふふふん」

な気分だった俺は、気づいてもいなかった。


朝の連絡放送のため、原稿チェックをしていたら、放送室の扉が恐ろしい勢いで開いた。

テケップが現れた!

珍しく髪型が決まっていない。

テケップは驚き惑っているようだ。


「ミナミ。大変だ」

「一大事だ」

「マイカと綸子が決裂だ」

「もう3日もろくに口きいてない」

「今日も朝から険悪だ」

「綸子は、いてつくはどうを吹きかけた」

「ミナミ、お前何か知らないか」

「さっさと吐いて楽になれ」

ステレオで迫られ、もう悶絶しそうになった。


「デートに行くなら、テケ・ケップ。嫁にするなら綸子姫」

と歌(末松作)にも歌われた、2Tの美女二人に耳元で怒鳴られ、少しでもMっ気のある奴なら、本当に昇天してしまうだろう。しかし話題は大事な恋人とその超美人親友の紛争の件である。

俺はその日の放課後、リサーチを開始した。

まずマイカの数少ない親友の、もう片方であるヨッコに聞いた。

「いやごめん。全然情報入って来てないわ。それより聞いてよ。O野(仮名:もうこいつ”Oh!No!”でいいんじゃ?)君ったら、あちしの、上から5番目の肋骨が堪らないって」

駄目だこりゃ。聞いた方が馬鹿だった。しかしその辺の肋骨って丁度おっぱ…。

一度は惚れた女の痴態は聞くに忍びないので、肋骨の位置を確かめながら、さっさと2Tへ。


T組に行くのは久しぶりだ。普通科男子憧れの禁男の園。男が一人で行くのは、結構勇気が要るのだが、2Tならマイカやテケップに用事があって行く事はある。ファッションショーの時の活躍もあり、緊急アラームが鳴る程には、俺は警戒されていなかった。

☆警戒レベル1☆”視線注意報”ぐらいかな?

ちなみに末松は、日頃の精進の甲斐あって、

★警戒レベル5(MAX)★”強制排除命令”まで到達しているらしい。


1Tには2回ほど後輩への連絡に行ったことがある。

「ケダモノ…もも先輩を…綸子先輩まで…嘘っ?…なんて外道…」

というヒソヒソ声が聞こえた様な気がしたが、気のせいだろう。


3Tは放送部の卒業写真関係の連絡で、一回だけ幽霊部員状態の先輩に連絡に行った。教室に入ると、後ろからいきなり知らない先輩に

「ノリユキ?ノリユキなのね?帰って来てくれたのね?」

と抱きつかれ、肝をつぶした。

「レイちゃん、違うの。この人は違うのよ」

と友達が引き離そうとしたが、レイちゃん先輩が離れないので、いきなりその友達先輩はレイちゃん先輩をビンタした。レイちゃん先輩も

「なにすんのよっ!」

って言って、俺をビンタした。どうして??なんかドロドロしてて恐い女の園だった。もう行きたくない。


さて2Tに行くと、幸いマイカは部活に出かけていた。マイカに聞くのは最後にしたい。綸子もいなかった。綸子とは、

「貴方とは友達になれそうな気がします」

発言以来、マイカと3人でいる時に、一生懸命

「友達になれそうな気が、しますよねー」

ビームを俺は発してみるのだが、常に冷酷な

「そう?気のせいだったかも」

シールドにはね返されていたので、友達未満の仲だった。出来れば直接真相を聞きたかったが、その綸子もいない。とりあえず、組びとAに情報聴取。

「青梅さんねえ…。今日も桃澤さんが、”綸子、なんで最近わたしを無視するの?”って聞いたら、”自分の、その巨大で邪悪な胸に聞いてごらんなさい”だって。随分よねー」

綸子も部活に行ったんじゃ?と言うので、剣道場へ。

俺は柔道部に拉致られないため、体育の武道は剣道にしていた。だから、顧問の老先生の気性は判っている。綸子を捜しに来たなんて言ったら、正座二時間は軽い(体験談by末松)ので、そーっと体育館を迂回し、外で防具を外して休憩中、胸元をくつろげて道着に風を入れるという、なかなか結構な風情の女剣士Bに聞く。

「綸子?困ったもんだよ。昇段試験も近いのに色恋沙汰とは。今日は来てないよ。ところで、あんたあの子の何なのさ」


色恋沙汰?

硬派でならした綸子姉さんにしては、いやにドロドロじゃないか?とは思うが、俺はマイカから聞いてる、綸子の女っぽい内面、つまり

惚れた相手には一途なところ。

和裁をやりたいってT組を志願し、学業と武道を立派に両立させているところ。

さらに亡き母上に代わって父上、弟、妹の家事一切こなしているところ。

そういう古風で懸命な女の一面を知っているので、それ程意外ではなかった。

でもマイカと恋の鞘当てって、それじゃ相手は俺じゃないのか?満更でもない。いや無いな。満更だぜ。綸子に限って、親友の彼氏に手を出したりしないだろうし、

頑張れば、

「友達になれそうな気」

はするけど、それ以上は所詮無理だ。住む世界が、というより悔しいけど生物学的に違う気がする(自分でそこまで卑屈にならんでも)。

じゃ佐竹か?

と言う事は、うちのお姫さんが佐竹に惚れた?

いや、それも無いぞと信じながら、もしそうなら佐竹には勝てない気がして、またしても俺の心はずたずたになった。


実は佐竹の観星会には一回も参加してない。

皆勤の綸子は勿論だが、最近はマイカも良く顔を出しているらしい。マイカも俺が機嫌悪くなるのが判るのか、行ったとも、今度行こうとも言わなくなったのが、余計に面白くない。ちっちゃい男だな、俺。やっぱ俺って嫉妬深いのだろうか?

嫉妬に狂う高畑君。ちょっと見てみたい(そんな事言ってる場合じゃない)。

部活さぼって、綸子が行きそうな所、あそこしかないな。


屋上は不良が煙草吸うところ。と相場が決まっているが、うちの高校には不良がまずいない。頭の悪い不良は入れない偏差値だし、勉強しなくても成績がいいスーパー不良は、もっといい学校に行って本物のワルになる。

半端な学校。それがうちだ。

とはいえ、当時は高校生になったら煙草を吸う。というのが暗黙の了解な時代でもあった。俺だって吸ってみた。喉が弱いのですぐ止めたが。友達の一人など、母親に

「お前も高校生になったんだから」

と一箱渡されたそうだ。


綸子は剣士なので煙草は吸ってないと思うけど、ここが彼女の一番幸せな想い出の場所(観星会の会場)である以上、恋の傷を癒すのはここしか無いだろう。

屋上には誰もいなかったが、しょんぼりが居た。

しょんぼりはフェンスにもたれていた。

「青梅さん?」

と俺はしょんぼりに声をかけた。しょんぼりは

「ミーナーミー」

と大阪の繁華街の様に俺を呼び、俺の胸に飛び込んで来た。お?いい展開か?調子にのると、某漫画ならここで電撃だよな。俺は天を見上げたが、恐怖のリバースタイマーは浮遊していない。あたりまえだが。

綸子は俺の胸をトントン叩き、泣きながら。

「ミナミミナミミナミ」

と連呼し始めた。こらこら痛いじゃないか。おーよしよし。

いや段々洒落にならん程痛くなって来た。綸子の剣は長身を生かした上段。手首のスナップは半端じゃなく強い。


「ミナミミナミミナミミナミ」

更に泣きながら俺の胸を叩きまくる。ちょと止めっ!痛いじゃないか。俺の自慢の上から5番目の肋骨が折れるぅ。

「ミナミ!マイカをしっかりつかまえとけ~っ!」

あ、やっぱりか。そういう事か。大泣きで綸子が話しだす。

「観星、会でね、さ、佐竹君、ヒック、ま、マイカにばっか話しかけて。ヒック、綸子にはぜん、ヒック、ぜん、ヒック、お話してくれない、の」

お姉さん。キャラ違ってます。あんた一人称

「私」

でしょ。自分で名前呼びってなんだよ。最後の”の”。って何だよ。お願いだから、凛綸組が見てないからって、

「うぇ~~~ん!」

って泣くのはやめて下さい。可愛いけど。

「気のせいだよ。マイカにはその気ないって」

「マイカ、なんかハイだったのよ。あんな楽しそうなマイカ、見た事無い」

「なんですと?いやいや気のせい気のせい。焼き餅はみっともないですぞ」

「とにかくあんたがしっかりしなさいよ。綸子のなま乳見たくせに」

バレてたんかい…。


しょうがないので、よしよしと抱きしめて頭を撫でてやったら、しばらくくすんくすん泣いた後、我に返って思い切り突き飛ばされた。でもなんか友達になれた気がする(かなり痛い代償を払ったが)。

そうか佐竹が本編の恋のライバルか。それにしても佐竹に懸想されて(殿様だけに)、マイカは満更でもないのか?満更なのか?

かなり気になって来た。

「俺の恋をどうするよ」

というだけなら、言えずにうじうじもんもんと過ごしたかもしれないが、マイカの能力を知ってしまった

「高畑くん」

としては、マイカがほいほいと、佐竹に超能力の事を喋っちゃわないかも心配だ。

やっぱり、ここは本人に聞くしかないな。


体育館の女子更衣室前で、俺はマイカが出て来るのを待った。漫画演出的に言えば、

「マイカ!マイカっ!聞きたい事がある」

と俺が焦って更衣室の扉を開け、下着姿(レオタードの下ノーブラのお方もありやとも漏れ聞く)の女子部員が

「きゃーっ!変態スケベなケダモノよー」

と、リングやリボンやボールや棍棒(怖い)を俺に投げつける所だが、俺はナウでヤングな紳士だから、そういう下手は打たない。じっと待つだけである。出て来た生徒が怪訝と言うより露骨に嫌な顔をした様に思ったが、気のせいだろう。天下の公道だ(いや廊下だ)。別に悪い事はしていない。

30分程してマイカが出て来た。

「あれー?メグルくん、そんなとこに居ると、通報されちゃうゾ?」

先週ここに張込んでいたカメラ小僧が通報され、指導部の鬼頭に連行されたと言う。なにやら松がつく奴だったとか…。

運動後で、ややハイな感じのマイカだったが、綸子の事を聞くと、にわかに顔を曇らせた。綸子の件では、マイカもだいぶ焦燥していた様子だった。


「そう…。綸子がそんな事を…。佐竹君はとてもいい人だし、大好きだけど恋人としては考えた事ないなあ…」

「そうだよな。マイカには合わないよね」

「いや、意外と…。いいかも…。うん…その手もあるなあ」

ちょっとぉ。やめて下さいよ。心臓に悪いから。

「嘘だよ。わたしはメグルくん一筋」

ほっとしながらも、この釣り合わない恋愛に、いつかこう言う結末が来る様な予感がしてならなかった。

「教えてくれてありがとう。明日綸子に”心配させてごめんね。佐竹くんの気持ちは知らないけど、マイカはメグルくんしか愛してないよ”って謝る」

俺は心の中に総天然色の花園が生まれた気がした。漫画表現的に言えば、眼がハートのマイカに告白され、超格好良く修正されたつもりの俺はこう言った。

「頼んだぜ。もう親友を俺の胸で泣かすなよ」

「へ?それはどういうことかな?説明して貰いましょうか?」


一言多い俺の癖は、完治していなかった。

電撃(漫画表現的で言えば)が…。

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