第12話 ■B茄子■
マイカとはなるべく一緒に帰った。
俺は、自殺したい位のマイカの悩みの正体が判ったので、本当に高畑君になろうと思った。
駆け出しの超能力者マイカを正しい道に導かねば。と。
でも実際マイカに会うと、余りに可愛くて(今風に言えば萌えて)、そんな崇高な使命など忘れてしまうのだった。
放送部は追い出し放送をしなくてはならないので当番があったが、部長特権で、毎日これを買って出た。事情を知ってるヨッコは、
「さすがに部長はえらいねえ。私情を挟まず、犠牲的精神!」
と、冷やかしながら、さっさと帰って行った。下校時間になり、教師が見回って残ってる生徒を追い出す頃、校門で待っていると、新体操部を終えて、マイカが走って来た。
「待たせてごめんなさい」
と、可愛く笑う。
「生まれてきて良かった…」
そして俺にガムを渡す。
「生きてて良かった…」
マイカの家までは大通りを歩いてもいいのだが、わざと人通りのない一本外れた道を歩いた。交差点になるたび、人が来ないのを確認して、キスをした。
10m歩いてはキス。また10m歩いてキス。
マイカの家の前で、
「じゃあね、また明日」
と、お別れのキス。
そんなこんなで一学期がすぎていった。嘘だと思うだろうが、まだキスから進んでいなかった。あのときの美しいおっぱいは、いつも目に焼き付いていたが、やっぱり勇気がなかった。嫌われるの怖いもの。下手に焦ってトラウマが甦ったら、もう終わり。
校内試技会の時、運動場で演技するマイカの真っ赤なレオタードの胸を見て、
「ああ、美味しそうなトマトが2つ・・・」
と思った俺はアホだろうか?
アホだね。
その日は3年の進路懇談で、1、2年は2時頃で帰宅になった。 マイカに帰り道で、
「メグルくん、今日うちに寄ってく?」
と聞かれた。
マイカの家には一度も寄った事がない。送って行くと時々興味津々の妹(これがマイカより胸はないが背が高い)が出て来る事があり、和服に割烹着を着た、ボンカレーの看板みたいな母親に
「いつもマイカがお世話になっています」
と挨拶された事もある。 この間の電話の時も、この母上様から最後に
「いっぺん遊びにいらっしゃいね」
と言われたが、そんな社交辞令は
「ぶぶ漬け(京都のアレです)」
だと判っているので、真に受けるはずもない。
「え?まずいでしょ、急には」
と俺が言うと
「今日父は出張、母は妹と塾の面談で、帰りは夜なの」
やった!青春ドラマの定番、
「今日家に誰もいないの」
フラグじゃありませんか。ええ、俺が付いて行った事は言うまでもありませんとも。
いつも思っていたが、マイカの家は古い。なにしろ門の上にりっぱな松が下がっているようなでかい屋敷で、昭和初期か、ひょっとして大正か? マイカも
「小学校まではトイレもクミトリで」
と言っていた。
玄関を上がると、応接間があり、とりあえずそこに通された。親父さんのゴルフのトロフィーなんぞが飾ってある。
「わたしの部屋に来る?」
おおーーー!着実に一歩一歩進んでおりますよ。ベッドに2人で腰かけ、キスしながら押し倒す、と。
階段を上がると、予想もしなかった光景があった。ドア、ではなくガラス戸で区切られた部屋、その一つがマイカの部屋だった。きれいに片付いた畳敷きの6畳間で、隅に衣装ダンスと学習机、本棚があるだけ。
「布団敷いて貰うシチュエーションは無理があるか…(何妄想しとるんだ)」
代わりにマイカが座布団を出してくれた。
「今お茶もってくるね」
渋茶と羊羹かと思ったら、紅茶とケーキ。色々話をしているうちに、新体操部のことになり、マイカが
「今日ねえ新しいレオタード出来たんだよ。見たい?」
と三日月眼で聞いて来た。
「ははっ、そそりゃもう。拝見いたします」
「待っててね」マイカが部屋を出て行った。 どんなの持って来るかなあ。わくわく。
「お待たせ」
入って来たマイカは、何とレオタードを着て来たのだ。濃紺のレオタードに、学校の校章である橘の花が散っている。まあ、その時は模様どころじゃなかった訳だが。見事な2つの膨らみ。ぁぁぁぁぁぁああああああ! ぶ、ぶ、ブラの形がくっきりですよ。ええおい。
「どお?」
どお?じゃないでしょお嬢さん。動転した俺はトマトじゃなくてトマトじゃなくてと、そればかりで…。
「そ、そうだなあ。茄子って感じかな?」
マイカはマジで怒った。
「ひどい!わたしはそりゃ鳩胸だし、おしりも出てるし、紺色のレオタード着て、横から見れば、そりゃ茄子ですよっ」
「あ、ごめんごめん。そういう事じゃなくて」
座り込んで泣き始めたマイカに、あわてて近寄って肩に手をかけると、顔を上げたマイカの眼には涙はなかった。にっと笑って、
「引っかかった」
この子はこんなキャラじゃなかったはずだが。最近は何が起こっても驚かない事にしてる。
「許してあげるけど、そのかわり・・・」
「そのかわり?」
俺の喉がごくっと鳴った。
「膝にのっていい?」
えーーーっ? いいよ。
レオタードの美少女が膝にのってますよ。
「わたしね。父の膝にも母の膝にものった記憶がないの」
大事な長男と、可愛い末娘に挟まれて、両親の膝はマイカの為にリザーブされていなかったらしい。
「メグルくんの膝、おっきいなあ」
マイカは安心しきっている。ちょっとキスをさせてくれただけで、後の俺の動きは封じられている。
おぬし、国民的柔道少女(漫画の方)か?
「茄子かぁ」
「もう許してくれよ」
「茄子じゃそのまま食べられないものね。トマトなら」
え?なんでトマトの事?こいつテレパシーまで?あわてて
「マイカはまだ青いトマトだね」
とまた失言。
「もう充分熟してるよ」
へ?これって、GOサイン?
恐る恐る、レオタードの胸に手を伸ばす。
ブラを付けているとはいえ、ほとんどおっぱいの形が出てしまっている。
そぉっと手に包み込む。感激だ…。
「くすぐったいよー」
マイカは体をよじって逃げたが、膝から逃げたりしなかった。
ぱんぱんに熟したトマトにまたちょっと触れてみる。
「エッチ…」
マイカがやさしく俺の手を遠ざける。また手を伸ばす。の繰り返し…。そのうち、もちろんじかに触れたくなった。でも、どうやって脱がすの?ハイネックでしかも長袖のレオタードって。
「駄目だよぉ。それ以上は」
えー!そんな殺生な。
でも無理強いしてトラウマ出て来たら怖いし、巻き戻されても元も子もない。
最後にもう一度だけチャレンジした(懲りない俺)。諦めたら試合終了。実に清々しいスポーツマンらしい態度だ(?)。
!!こんな所にファスナーが…、下げますか?
・何気なく下げる(何気にという言い方は、当時まだなかった)。
・ゆっくり焦らして下げる。
・可及的速やかに下げる。
「こらこら!駄目だって。もうしないって言ったじゃない!」
いつ?
まあ、しょっちゅう言ってるか。でもやっぱり今日は言ってないぞ。
「ひょっとして、巻き戻した?」
「今日はしてないよ」
今日は?
「朱雀還流君を高畑君だと思った訳、教えてあげましょうか?」
マイカは膝を降り、俺の前にちょこんと座った。女の子特有の、お尻がぺたんと畳に着く座り方だ。
「聞きたいけど、なんか怖いな」
この間は教えてくれなかった、マイカが俺を信用してくれた本当の理由を聞いて、それがマイカの買いかぶりだと判ったら、俺はもうマイカのダーリンではいられない。
「わらわの目に狂いはない。安心するが良いぞ」
「へへ~。おおせのままに」
このころ2人の間だけでブームになってた
「姫様と家老」
ごっこモードになって、おれは正座してひれ伏す。
「メグルくんって正直者なんだよね」
へ?
俺は鉄の斧をいつ落としましたか?
考えに考えた挙げ句、突然ある可能性に思い当たり、じわじわじわじわじわと震えが来た。
やっぱりマイカはあの時の事、俺だと判ってる。
「ちょっと待ったぁっ!すみません。おっしゃりたい事、思い当たりますが、わたくしめに少しだけ、時間をください」
紅白歌合戦で、引退する都はるみに異例のアンコールを歌わせたい司会者の様に、俺は懇願する。
「何いってんの?」
「俺が正直な高畑君でいられる為には、俺から言わなきゃいけない事があります。少しだけ時間を」
マイカと田岡先生の噂事件と、突然の先生の死、それからマイカのエスパーカミングアウトで、すっかり
「置いといて」
になっていた、とても大切な事。
俺と言う人間が、スケベだけど卑怯者じゃないと証明しなきゃならない事。
これだけは例え振られても言わなきゃ。
必死で心を落ち着かせながら、俺は言葉をまとめた。
いっぺんまとめて、その中から、言い訳に聞こえる部分を極力削ぎ落とした。
気がついたら俺は兵隊さんになっていた。
「桃澤少尉殿。申しわけありません。自分は昭和マルマル年マル月マル日未明、マルマル寺宿坊において、熟睡しておられる少尉殿の胸を触り、あまつさえ、パジャマのズボンを脱がそうといたしました。自分は根っからのスケベでありますが、もう二度と合意なしにそのような行為に及んだりいたしません。悪くありましたっ!」
「合意なしに」
に、まだ今後に希望を繋ぐエクスキューズがあるが、俺の誠意は伝わったはずだ。
「脱がそうとしたぁ?」
マイカは眉をきっと上げ、ちょっと怖い顔をした。
へっ?本当は脱がしたの?
胸を触った辺りまでは現実だった気がするけど、それからはっきりした記憶がない。後は全部夢だと思っていた。
でもヨッコから、マイカの合宿での体験を聞かされて、自分に違いないと思った。
やっぱり巻き戻したんだね?
俺が知らなくて、マイカだけが知ってる、俺の行動があるんだね?
俺はせっかく削ぎ落とした言い訳を、しどろもどろで付け加えた。
「もういいよ」
マイカは言った。その後の言葉が、
「別れるから」
じゃありません様に。俺は神に祈った。
短いが、俺には五劫の擦り切れぐらいに感じられた沈黙の後で、マイカは言った。
「あの時、謝って貰ったから」
俺は確かにマイカのズボンを脱がせたらしい。膝まで。その時マイカは目を覚まして、俺を見た。俺は慌ててズボンを元に戻し、”本当にごめん。おれスケベだから、誘惑に負けた。先生に言って貰って構わない。”と土下座したそうだ。
マイカは、あの変質者おじさんに謝って欲しかった。俺が真剣に謝るのを見て、なんかトラウマが消えた気がしたそうだ(そんなに簡単なものでもないだろうが)。
急いで時間を巻戻す。丁度胸触られた直後に戻った。俺は半分寝ながら事に及んでいたので、布団から抜け出すのは簡単だったそうだ。
「そうか、でもなんでパンツが?」
「あ、それはね。幸せそうにわたしを脱がす夢をみている寝顔を見てたら、そんなにこれが欲しかったの?って思って、正直な子には三日遅れのサンタさんが来ますよって」
部屋に戻って、替えのパンツ(未着用)を取って来て、寝ている俺の枕もとに、そっと…。
マイカさん。俺の欲しかったプレゼントは、パンツじゃなくてその中身な訳で。
もう一度、真剣に謝って俺は本当に許して貰った。
代償にハグを俺にオーダーし、マイカがつぶやく。
「でも同じ事他の子にしたら、メグルくん殺しちゃうかも」
顔は見えないが、冗談でないのは判る(怖)。
マイカにはとても不安定なところがある。
もしマイカを極限まで追いつめたり、怒らせたり、恨ませたりしたら、マイカは能力をどんどん悪い事に使う様になるだろう。何度人を殺しても巻き戻せるのは、精神衛生上あまりよくない気がする。そうなって行く自分を自己嫌悪して、死を選ぶかもしれない。
「ねえ、何考えてるの?」
自分でも怖い事言っちゃったと思ったらしく、マイカが不安げに聞く。今にも泣きそうだ。
「俺がついてる。もう二度と自殺したいなんて考えないで」
カラスが泣く前に笑って、こくんとうなずいた。
「メグル君、ギュッてして…」
くぅっ!可愛いすぎる。
腕の中のこの子が生きてく為に、マイカの能力を解った上で、悪用したり、騙されたりしない様に見守って、助言して、支えになる、
「高畑君」
が必要なんだ。
マイカは、無心に俺のお腹を押している。
「ぷにぷにして、気持ちがいいんだよねえ」
どうぞお遊び下さい。いつもの俺なら、
「お返し!」
とか言って、胸に手が行く所だが、考えるのに忙しくて、されるがままになっていた。
俺はスケベで。チキンで、運動音痴で、一言多い。
つまりどこにでもいる平凡な人間なわけで、マイカみたいな美少女に惚れられているってだけで、もういつ化けの皮が剥がれて、
「なんであんなデブ、好きだったんだろう」
と幻滅されんじゃないかと、いつもハラハラドキドキしてる。
「もう一回お膝乗っていい?」
貴女の為の指定席でございます。マイカが猫だったら、完全に喉ゴロゴロ言わせてるな。でもこれって、彼氏を求めてるのかなあ?親の愛情を求めてるのかなあ?
だんだんマイカの理想の彼氏になる自信がぐらついて来た。
そんな俺の悩みを知ってか知らずか、マイカは俺の膝の上でニコニコしている。
「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」
と俺。
「えーとね…。あとね…」
相変わらずマイカは解り易い。
立ち上がって通学鞄から取り出したガムを一枚自分の口に放りこむ。それから、小さい子がお菓子くれるみたいにしゃがんで、
「はいっ、ミナミ君にも。あれっ?」
差し出したガムは、もう緑色の包装紙だけだった。マイカはくすっと笑う。
「ごめんね。じゃ」
そのまま膝立ちになり俺の首に手をからめ、キスをする。
マイカの噛みかけのガムが、俺の口にするりと入って来る。
どうだ、羨ましいか。未来の照屋君。
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