第9話 ■松竹梅■
悶々として寝不足で通学していた頃、ある日末松が俺に話があると言って来た。
こう言う時は間違いなく厄介なお願いだ。しかも恋がらみ。
末松は同じ中学で、俺は実は苦手だった。
お調子者の噂好き。
俺がイジメられた中一のクラスにはいなかったが、いたら間違いなく率先してイジメる側に回っただろう。そういう面白そうな事大好きな奴なんだ。英語の教材で、面白がって池に石を投げる子供に
「アンタには遊びかもしれないが、俺たちには命がけ」
と蛙が抗議するイソップの話が乗っていた。ヨッコが隣の席の俺にこそっと
「末松くんの様な子ども」
と言った時、おれは深く同意した。
回りも常々そう思っていたらしく、末松がいしだあゆみの歌の一節、
「私のどこがいけないの」
と口ずさんだ時、その場の全員が、
「全部だよ」
と突っ込んだのも覚えている。愛嬌があり、悪気は無いのだが、今で言う空気が読めない奴。俺もイジメを受けるまでは、そんな奴だったと思うから、近親憎悪かも知れない。
末松はこう言うのだ。
「ミナミ、お前の彼女T組だろ?だったら何とか俺と綸子姫の仲を取り持って欲しいんだ。頼む。このとおりだ」
末松は腰に手をあてて、そりくり返って言った。ここで突っ込むのはマズい。この態度を指摘すると、
「じゃあこれで」
といきなり土下座をして、そのギャップで言う事をきかせるのが奴の手だ。
マイカと付き合い始めて数日後、俺は放送室で、翌日のDJ音楽の編集のため残業していた。レコード(アナログのね)と言うものは、どうしても傷が入り易く、深い傷になると、針が同じ所を永遠に繰り返すリフレイン現象が起こって、番組が台無しになる。
ヨッコはいつもは落ち着いた大人の女声のDJをやるのだけれど、ハプニングに弱い一面があり、トラブルが起きるとパニクってしまう。そんな時の彼女のDJはオクターブ高くなるのですぐ判る。だから俺たちは、必ず音楽を一旦テープ(オープンリール)にダビングして使っていた。DJ担当が所用で昼に来れない時は、前の日までにDJも録音して、一番組まるまる録音で流したりした。
ちなみに当時の選曲の定番はクラシックかイージーリスニング。フォークもメッセージ性の強いものは駄目。ロックは不良の音楽だった。ポールモーリアとかかけておけば教師のうけも良かったが、ロック+プログレ少年だった俺は、時々ロックをかけて問題になっていた。キングクリムズンの
「21世紀のピー(今は書いちゃ駄目なり)」
をかけた時は、顧問の英語教師がすっ飛んで来たなあ。2年になった新歓で、放送部は短い部紹介テープを講堂で流したが、ビートルズの”Come Together”をBGMに使ったら、評判が良くて新入部員が増えたりした。ウォークマンもiPodもない時代なので、昼のDJは結構評判良かったんだよ。
さて、そんな残業を夕方までしながら、
「今日はマイカと帰れるかな?」
などと一人ニヤニヤしていたら、外から
「頼もう」と言う、思い切り時代錯誤の声がした。
「すざくかんりゅうどのは居られるか?」
「はい、僕がミナミメグルです」
ちょっとびびって俺は答えた。時代劇の道場破りみたいな武家言葉でありながら、声の主は凛とした女性の声だったからだ。
「あ、失礼しました。さっきまで後輩の指導をしておりましたので…」
どんな指導だと思ったが、入って来た姿を見て納得した。剣道着姿のすらりとした長身美少女が、そこにいた。
「お初にお目にかかります。2年T組の青梅綸子と申します」
まあこっちはお初ではなかった訳だが。
一年の頃、俺は恋を夢みながら、通り過ぎる美少女を眼で追い、気になる子を見つけると、ヨッコに聞いたりしていた。
「青梅?あれは無理。あの子は段持ちで入学して来たバリバリの剣道少女だよ。剣道部の顧問の愛弟子で、言い寄った男は、全員剣道場で正座さ」
それは怖い。俺は即座に諦めた。
「大体あんなスポーツウーマンが、あんたのプヨプヨな腹を好きになる訳ない」
男を筋肉で評価する女、恋人の割れた腹筋であみだくじをやる女ヨッコはそう断言した。中学時代よりは肥満児から脱出したんだけどな…。
学内の美女を網羅した末松データベースによると、
青梅綸子。
ランクAAA。
T組ファッションショーの特選モデル。
身長175cm。
おさげの可愛い純和風美女。
剣道初段。別名は
「鉄火のマキちゃん(顧問のお孫さん命名)」
その名のとおり、義理人情に熱いアニキな性格。
スレンダーでしなやかな体形。
胸の発達は不明(ガード堅し)。
甘いな末松。小振りだが美しいお椀型の胸なのは、ファッションショーの日に確認済なのだよ(これ内緒)。
放送室に入って来た彼女は、驚くほど率直に物を言った。
「あなたの人物を拝見しに参りました」
T組は女の園。縦割りの授業も多く、ファッションショーも3学年合同なので、自然先輩LOVEな後輩も多くなるが、青梅綸子には熱狂的なファンクラブ
「凛綸組」
が存在し、その宝塚男役スタァ的カリスマで、剣道部に女子部員が大量発生と言う、弱小部の部長には、何とも羨ましい事態になっていると言う。
さっきの時代錯誤な武家言葉も、どうしてもと頼まれて使っているそうだ。だが普段の一人称の
「私」
も、きりっとして、ちょっと美人秘書みたいで(会った事無いけど)なかなかいい。
「まさに錦絵から抜け出した様な…」
生粋の美少女剣士、それが青梅綸子なのである。
T組では綸子やテケップとは別の意味で(放っとけない…)人気のある
「もも先輩(桃澤マイカ先輩)」
に彼氏が出来た、と言うのは衝撃的なニュースで、現にヨッコは廊下で、
「あれがもも先輩を毒牙にかけたケダモノね」
という一年の会話を聞いたそうだ。
先回のファッションショーで、俺はT組でも知られる様になったが、放送部員としては有能でも、マイカの恋人としては、首を捻る人も多いとか…。
2T一の人格者と尊敬され、マイカの大事な親友である綸子が、T組を代表して俺をリサーチしに来た訳だ。。
「ミナミさん」
「なんでしょう?」
「貴方はマイカを一生幸せにする自信がありますか?」
「まだありません。でも一生愛し続ける自信はあります」
切れ長の目を一杯に見開いた綸子は、胸ポケットの辺りをおさえた。ポケットの中の生徒手帳に、いかなる写真がしまってあるか。その時の俺には知る由もなかった(伏線にもなってない。その日の内にマイカに聞いちゃった)。
「わかりました。貴方とは友達になれそうな気がします」
凛綸組が聞いたら失禁しそうな言葉を残して、青梅綸子は去っていった。
合格だったらしい。
という大変な綸子姫なので…。
末松には無理。
第一、綸子には想い人がいる。
佐竹は俺と同じ中学から来ており、あだ名は殿様。
天文クラブ部長。
秋田に佐竹という大名が居たが、傍流の末裔という噂だった。
奴は俺の親友というより、大げさに言えば命の恩人で、中一のイジメの時、2ヶ月程学校を休んでいた俺が、ようやく登校出来た時、
「ミナミと口きいたらただおかねえ」
というクラスの凍り付いた雰囲気の中、それまで殆ど知らなかった俺にいきなり話しかけ、護ってくれた。 ちなみに女子で最初に口をきいてくれたのはヨッコだ。
佐竹は無口だが、本当に頼りになる奴で、天文倶楽部は奴が創立したクラブであった。その行動力は驚く程で、学校に掛け合い、顧問を頼み、部員を募集し、クラブの主な行事で、カップルに特に人気のあった
「観星会」
を主催していた。まあ学校のお墨付きで、星空の下の屋上デートだから人気がでるのは当たり前だが、佐竹は
「動機はなんでもいい」
と、気にも止めない。
綸子は端で見てて、けなげな程惚れていたが、佐竹は恋愛にはあまり興味が無い様子だった。マイカによると、二人きりの時、佐竹の事を話す時の綸子は、きゃぴきゃぴの恋する乙女の様だと言う。
もったいなさ過ぎるぞ、佐竹よ。
俺も何度か見かけた事があるが、佐竹の前の綸子は子犬の様に可愛い。175cmもある綸子だが、相手が更にデカイのだ。俺の柔道部と同じく、入学式の時いきなりバスケ部の部室に拉致されたという程でかい。190cmは超えている。いつもは周囲を睥睨する綸子が、頬を染めて佐竹を見上げる姿は、縮尺を忘れる程可愛い。
「あ…あの」
「どうした青梅さん」
「これ…」
「これは?”天文ファン19●●年7月号”!」
「はい。部室の本棚に、この月だけなくて」
「そうなんだ。どこに売ってた?」
「京極堂で…」
「あそこは古文書専門…、盲点だった。他にも天文関係が?」
「はい。で。今度いっし」
「今度行って来るよ。ありがとう。代金は?」
「いえ…。いいんです」
「それは困る。”友達同士でも金の貸し借りは厳禁”が佐竹家の家訓」
「に…、にひゃくえんでした。…ともだち…」
こんな数分の会話を、マイカは延々数時間聞かされる事になる。もちろんまる一日を費やして古書店巡りをし、ようやく発見した喜びとか、百円玉2つは宝物。一生使わない。とか…。
佐竹は決して美男子ではなかったが、男子にも女子にも惚れられる男で、奴にはかなわないという思いがあった俺は、綸子繋がりでマイカが観星会に行こうよと行った時、ちょっと嫉妬してしまい、曖昧な返事をしていた。
「お前は佐竹に勝てるか?」
と言われた末松は力なく首を振った。
まあ奴は惚れっぽいので、また次を見つけるだろう。うちの1年部員にも目をつけ、かなり引かれていたし。
去り際に末松が、
「そういや、お前の彼女さ。グリーン教室だった奴に聞いたんだけど、田岡と噂があったんだってな」
やっぱりこいつ嫌いだ。
人間、つらい事は後回しにしたくなるもの。試験前になると、なぜか勉強放っぽって部屋の模様替えをするように、ずっと頭から離れなかった、
「俺はジョージ・ワシントン少年になるべきか?」
という悩みはひとまず隅に
「置いといて(NHK、”ジェスチャー”の仕草で。知らないか。)」
マイカと田岡先生との噂の真相を確かめたいと思った。
顔色の変わった俺を見て、末松はまずい事言っちまった事を悟り、そそくさと立ち去ろうとした。平和主義の俺だが、急を要する案件のため、ちょっと胸ぐらなど掴ませていただき(そう言う時この体は便利)、辛うじて噂の出所であるグリーン教室に通ってた奴のクラスと名前を聞き出す事に成功した。
「ああ、マイカね。途中から突然田岡先生が連れて来てさ。月に二回位、マイカは学校休むんだけど、その日は私服着て田岡先生の車で塾に来てた。おっかしいわよねぇ。大人が中学生なんか相手にしないと思うけど、マイカ胸大っきいからなあ…」
その子は俺がマイカと付き合ってる事を知らないらしく、チェリオ一本でぺらぺら喋った。
田岡先生は、グリーンとオレンジを掛け持ちと言う事は聞いていた。古いスバル360は、生徒のからかいのタネだったが、先生には良く似合ってる気がした。あの車で二人はどこに行っていたのか?回りくどい事は嫌になったので、俺は本人に聞きに行く事にした。と言っても、流石にマイカに聞く勇気はなかった。嘘を言われるのも嫌だった。
やっぱりこっちが先だな。
尊敬する大好きな田岡先生だけど、人間という種の一対一の牡として、先生ときっちり対決しなければならない。
マイカは俺の女だから(しっかり心はビーフ)。
田岡先生はマイカをどう思っているんだろう?薔薇的な意味ではなく、もし俺が女ならば、俺も先生に惚れると思う。田岡先生が好きなら、マイカはどうして俺に告白したんだろう。
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