第6話 ■わたしを映画に連れてって■

こんなに上手くいって良いのか?というほど、順調な滑り出しだった。しかし俺は決して楽観的にはなれなかった。ほら、よく言うではないか、

「人生曇る日もあれば、降る日もある」

だったっけか?まぁとにかく、

「生まれて初めて彼女が出来、それがとびきりの可愛い子」

という、もう所ジョージと西田敏行が束になって降って来る様な幸運。

このマンモスラッキージャンボを手放してはならじ…。

とまあ、彼女いない歴17年の俺は当然思い、思い切りじたばたする訳だ。それでいいのだ。


とにかく、付き合う事になったのだから、まずはデートしたいわけだ。

「戦後は終わった」

などと言われた時代だったから、流石に男女で街を歩いても、奇異に見られる事はなかった。我々はアメリカ製TVドラマ世代。つまりハイスコーのダンスパーリィに、彼氏が花束を持って迎えに来る。みたいなアメリカ文化を見て育った世代だったから、デートしよう!という気持ちは充分にある訳だ。有り余る程ある訳だ。しかし完全なスティディとして周囲に認めさせるまでは、デート現場を友人に目撃されるのは恥ずかしいと思う、なかなか屈折した世代だった。


次の日の昼休みにこっそり会って、俺は彼女(くぅーっ!いい響き!)とデートの相談をした。

「どんなデートがしたい?」

「ん~。やっぱり付き合うんだから、お互いの趣味とか話したり…」

なんかお見合いみたいだ…。そもそも馴初めが幼なじみとかクラスメイトじゃないので、それに近いかもしれないな。

「じゃぁまず、お互い趣味を言って、重なったとこがあったら、それに関係ありそうなデートをしようか?」

趣味は勉強、とか言われたら嫌だな、とか思いながら俺が提案。

「わたしは、映画が好き」

そうなんだ。俺は映画はあまり見なかった。最近見た映画と言えば、

「イージーライダー」

ステッペンウルフの”Born to Be wild”がかっこ良かった。あとはミケランジェロ・アントニオーニ監督の

「砂丘」

ピンクフロイドの曲が最高。でも話は良く判んなかった。桃澤さんは?

「ロミオとジュリエットとかイチゴ白書とか、ある愛の詩とか…」

洋画ファンか…。そこは重なるな。俺は邦画は、小学生の頃の、

「三大怪獣地球最大の決戦。同時上映エレキの若大将」

あたりから見てなかった。


「ミナミくんは、何が趣味なの?」

桃澤マイカさん!と言おうとしたが、ちょっと拙速に過ぎるので自重した。

「音楽聞く事かな?」

「どんな?アグネスチャンとか、麻丘めぐみとか?」

馬鹿にすんなよ。そういうのも、まあ好きだけどな。

「ロックが好きなんだ」

「タイガーズとか?小学校の頃好きだったわ」

それ、グループサウンズですから。まだ、日本にはロックというジャンルが確立していなかった。はっぴいえんどが、初めて日本語でロックやり始めた頃の話。

「洋楽だね。まあビートルズとか、ストーンズとか…」

俺は一般人が理解してくれそうな辺りから言った。

「あ!ビートルズはわたしも好き」

本当かよ!ちょっと嬉しい。ビートルズだよ桃澤さん、ずうとるびじゃないよ。

「ミナミくんの好きな音楽聞きたいな。まとめて聞けないかな?」

わいは放送部や!カセット編集させて貰いまっせ!と思ったが、それよりナイスなプロジェクトを思いついた。

「じゃ、そういう映画、見に行こうか?」


「ウッドストック」

は、俺たちロック好きの固定観念に、大きな風穴をあけた映画だった。圧倒的で多様なロックバンドが出演する、日本では考えられない規模の野外コンサートの記録映画。そして全米各地からつめかけたヒッピーな観客達。全てが感動、というより、漫画的表現で言えば、1tのハンマーで頭をぶん殴られた様な衝撃。ロック少年のバイブルの様な映画だった。

「知ってる。聞いた事ある。でももう公開終わったよね」

この街ではね。でも隣の街の名画座で、ちょうどリバイバル上映がある。俺が前に見に行った

「シネラマワイドスクリーン(懐かしい)」

の映画館じゃないけど、音は結構いい小屋だ(放送部員らしい言い方)。

「凄い!ミナミくんの好きな音楽、いっぱい聞けるのね」

彼女は、はしゃいでいる。

と、言う訳で初デートが決定した。俺にしては、やった方だと思う。


その日、桃澤さんと駅で待ち合わせした。

隣町へは、国鉄(JRじゃないよ)で1時間半ほど汽車(これも当時の言い方)にのる。俺たちの街より小さいけど、歴史が古く、

「小京都」

なんて各地で言われている街のひとつだった。

列車の座席では、二人とも結構緊張して、最初あまり言葉が出ない。

「あのこれ…。母が…」

桃澤母は、映画鑑賞には甘納豆と都昆布と主張して譲らなかったそうだ。確かに子供の頃、映画館の売店で売ってた気がする。甘納豆を食べながら、桃澤さんの知ってるビートルズの話を聞く。東京公演の時、従姉妹のお姉さんは、駅で先生に補導された。当時ビートルズなんかに熱狂して、東京まで駆けつける様な子は、とんでもない不良だった。中には切符も無しでかけつけて、文字通り体張ってでも公演を見ようとするファンもいたと言う(従姉妹のお姉さんは幸運にも切符を入手していたので、純潔は守られた)。

「先生、お願いします。一生のお願い。見逃して…」

お姉さんは、ほぼ一年分の小遣いとお年玉を全額つぎ込んで切符を入手していた。

その場に土下座して頼み込むお姉さんに、先生もついに折れ、

「まっつぐ行って、まっつぐ帰って来い。それから俺のところに出頭しろ。処分はそれからだ」

と見逃してくれたそうだ。後から半月の停学を喰らったそうだが。

桃澤さんはうち解けると、結構おしゃべりが好きな子だと言う事が判ったのも、この日の収穫だった。


映画館で指定席に座り(もちろん俺は前もって一度映画館へ出かけ、指定券を買っていた。チケットぴあなんてなかったからね。)、上映を待つ。名画座にしては、結構音量を上げてくれる。低音は流石にイマイチだったけど、一年の冬に年賀状配達のバイト(これだけは学校が許可)で買った俺のステレオよりは遥かにいい音。後で知ったが、当時の良い映画館の定番スピーカーは、オーディオマニアの憧れ、アルテックのA7だったらしい。桃澤さんは結構ノリノリで、次々登場するバンドを楽しんでいた。

俺は、なるべく自然に(内心ドキドキ)彼女の手に触れる。彼女はビクッとしたが、ちゃんと手を離さなかった。映画鑑賞デートの醍醐味ってやつだ。しばらくすると彼女が荷物をごそごそして、小声で、

「はい!」

と渡してくれたのは、都昆布だった。母の言いつけを守る良い子だ。二人で都昆布食べながら、ザ・フーの”サマータイムブルース”を聞く。かなり酸っぱい歌詞なので、シュールにマッチする。

コンサートは途中で大雨になり、中断する。その間、群衆は服を脱いで水浴びしたりする。若い男女が上半身裸(一部全裸のお方も)で、楽しそうに水を浴びているシーン。彼女は俺の手をぎゅっと握った。この間の事を思い出したのかな?


映画を見終わって、喫茶店に行く。喫茶店と言う所が、ようやく校則で禁じられなくなった時代の話。当時ファーストフードはなかったので、高校生のカップルは喫茶店しか行く所がなかった。

「二人っきりでくつろげる所に行きたいね」

などと、俺たちもよく話していたが、ラブホテルなんて所は、考えもしなかった。

「わたし、クロスビー、スティルス…」

「ナッシュ、&ヤング。CSN&Yって言えば良いよ。あれ好きだった?」

「うん、とても静かできれいな音楽…。あと小父さん達がロックンロールダンスやるの、面白かった」

シャナナだね?あんまりバリバリなハードロックは好きじゃないんだ…。

俺は2度目だが、今回もアルビン・リー(テン・イヤーズ・アフター)のギターに痺れていた。

「あとさ、大雨が降って…」

「あ!ちが…、別に、あれはそんな意味じゃ…」

彼女が挙動不審になった。その話じゃないんだけど。

「その雨のあとで、陽が照って来ると、コンガとティンバレスのイントロから、サンタナのソウル・サクリファイスが始まるとこ、かっこ良かったなあ」

「あ、そ、そうだね…。あれ良かった、うん。ミナミくん、レコード持ってる?」

彼女は慌てて取り繕う。こういう判り易いところが、この子のいいとこだな。

ライブ版はないけど、と言ってサンタナのファーストを貸す約束をした。LPレコードは当時2千円位したけど、俺の小遣いが一ヶ月千五百円だったので、結構がんばって(昼食代貰ってパン一個ですますとか)2ヶ月に1枚買っていた。サンタナ以外にはピンクフロイドが最近のお気に入りで、牛のジャケットの

「原子心母(Atom Heart Mother)」

の初回版赤いレコードは殆ど毎日聞いていた。次はCSN&Yを買おう(含下心)。

まあそんな話をしながら、汽車にのって帰った。


帰りに桃澤さんが、

「図書館寄ってもいい?迷惑だったら、わたしだけ行くけど」

と言った。迷惑なわきゃないじゃないですか。

本は音楽より更に好みが別れる趣味だし、館内私語禁止だから、どうしても二人で行動は難しい。気がつくと彼女がいなかった。俺はと言えば特に気になる本もなく…。当時図書館にはあんまりSFは無かった。当時の俺はボーイズライフ掲載の筒井康隆の短編からSF好きになり、まず火星シリーズ(桃澤マイカ様は武部画伯の描く火星のプリンセスに似ている。おっぱいも)、レンズマンとかそういう宇宙活劇、そこからヴォークトとかハインライン、アシモフと読みふけっていた時代だ。

「桃澤さん?」

退屈になったので、探しに行ったら、彼女はカウンターで、係のお姉さんに何かを尋ねていた。お姉さんが首を振った。


「あ!ミナミくん、お待たせ。もう用事すんだから、ミナミくんが良ければ、帰ろう」

彼女はちょっと焦った様に言って、さっさと図書館を出て行った。俺もついて出ようとすると、

「あ、ちょっと…」

俺は係のお姉さんに呼び止められた。

「君、あの子に気をつけてあげてね。おばさん余計な事言うけど」

まだ充分おばさんじゃないお姉さんは言った。

「なんですか?気をつけてって」

「あの子”自殺マニュアル置いてますか?”って聞いたのよ」

当時、ちょっと話題になった本だった。色々な自殺の方法を図解した文化人類学的な本で、怖いもの見たさ的な意味で、若者に人気の本だったが、中にはマジに死にたい人が読む場合もあったらしく、問題になっていた。もちろん図書館には在庫してない。

興味本位なのかな?とその時はあまり気にも止めなかったが、心には残っていた。


図書館の外で、彼女は待っていた。

「勝手に出て来てごめんなさい。そろそろわたし、門限なので」

門限という様な麗しい?魔法が効力を持っていた時代だった。

それから家まで送った。途中で俺は思い切って彼女の手を握った。彼女は、またちょっとビクッ!としたが、すぐ握り返してくれた。第一段階合格である。

しばらく手をつないで歩いた。”靴が鳴る”のお遊戯みたいに繋いだ手を振って、

「今日でまた仲良しになれたね。ありがとう」

と彼女は言う。俺は一言多いのが欠点だが、この時も痛恨のエラーをした。

「映画館で、俺の手握ってくれたから、俺から手をつなげた」

桃澤さんが、慌てて手を離した。明らかにまたテンパっている。しまった…。

「あ、あの…。仲良しだから正直に聞くけど、雨のシーンで、わたしを想いだした?」

顔が真っ赤だ。言わんとしている事は伝わって来る。今度は俺がテンパる。

「い、いや…。桃澤さんの方がずっと綺麗なお、いやあの…。綺麗だ!」

「馬鹿…」

彼女は笑ってくれた。良かった…。


家の前で、桃澤さんはぴょこりとお辞儀をし、

「今日は楽しかったです」

おれはどきっとした。仲人好きの母からの豆知識だが、この言い回しは、

「今日は」

に重点があり(明日は無いの意)、帰宅後仲人を通じて正式なお断りがあると言う決まり文句らしい。やっぱな…話がうま過ぎると思ったさ…(しょぼーん)。

「それから、桃澤さんって言われるのあんまり好きじゃないの。これからはマイカって呼んで」

どうも、帰宅後テケップあたりを通じ、正式なお断りがある訳ではなさそうだ。

ご覧、パレードが行くよ!”祝・初デート大成功!”の横断幕が脳裏を通り過ぎる。

「じゃ…、マ、、マイカ、、ちゃん?」

「ちゃん要らないから」

「じゃ俺もメグルって呼んでいいよ」

「ミナミくんは、ミナミくんだよ」

そうなのか?何故だ?

じゃあまたね。と浅田美代子の様な挨拶をして、マイカは玄関に消えていった。妹さんの

「お姉ちゃん、どうだっ…、え?…、ほー…、きゃーっ!おかあさんおかあさん」

と言う声が聞こえた。今夜の桃澤家の肴は俺ってわけですね?

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