第5話 ■申し訳ないが気分がいい■
「ヨッッコォ、どうしよう。どっちに告られるのかなぁ」
「あんたは本当に救い難い馬鹿だね。どこにあんたとテケップの芽があんのさ」
「だって調理実習の時はいつもクッキーとかくれるし、この間は俺サイズのスタッフジャンパーくれたよ」
「馬鹿だね。あれはこないだの感謝でT組全体からだろ?他のもんだって、テケかケップのどっちか一方からだけ貰った事、ないだろ?”テケには内緒だからね”とかの」
「そりゃないけどさ。なんでそれが、テケかケップの告白じゃない事になるんだよ。恥ずかしいから、2人からってことにすることもあるだろ?」
「おまえ…。末松騒動でなにも学んでないのな。呆れるわ」
そこまで言われると、流石に鈍い俺にも判った。あの二人は、当たり前の月間行事の様な男どもの告白を、二人で同一行動を取る事で、バリアの様に跳ね返しているのだった。
振られた末松が、
「あいつらレズに違いない」
と葡萄喰えなかった狐みたいな事をほざいていたが、本命が現れるまで二人は強力タッグで身を守っている訳だ。でも本当に告白するときは、相方に内緒で…。ってなる訳か。ちなみに3年になって二人は本当に同じ本命を巡ってドロドロの争いをし、タッグは崩壊の危機を迎えるのだが、それはまた別のお話…。
当日の授業は一睡も出来なかった(寝るなっつうの)。が、俺の昨夜の楽しい妄想は厳粛な事実によって既に一掃済みである。よく考えればテケとケップは今日の帰りの放送当番。つまりヨッコに言われるまでもなく、物理的に公園に行ける可能性は0な訳だ。
じゃあ、誰なんだ?T組の誰かとは思うが。あのおっぱいの子かなあ?あの子だといいなあ。
行ってみたら、近所の不良が集まっていて…。と言う様なネガティブな予想は一切せず、俺は告白相手が誰かだけを考えて、最高の気分だった。
「共にアルプス頂上のエーデルワイスを夢みた、クラス男子同輩諸君には誠に申し訳ないが、拙者は一足お先にヘリコプターで至高の花を摘みに行くでござる!」
授業後、独りで学校近くの児童公園。通称富士山公園に向かう。知らぬ間に足はスキップ。
実はこの時俺はヨッコに付いて来て欲しいと頼み、一蹴されている。
「もし告白しようとして誰かが呼び出したとして、あちしがついて来たら、どう思われるよ」
「保護者」
「アホ。あちしのO野(仮名)くんラブは、そんな有名じゃないんだよ」
そうか、ヨッコとつき合ってるから、ごめんなさい。みたいにとられるか。
それにしても、テケップと芽がないと言いながら、なんで告白とか言うの?怪しい。
ヨッコは東洋的な笑み(アルカイックスマイル)を残して、慌ただしく下校して行った。
この公園には別の名があるが、コンクリート製の富士山があるので、当たり前の様に皆
「富士山公園」
と呼んでいた。子供でも危なくない様に裾野は思い切り緩やかだったが、標高は3m位はある。その富士山の上に、うちの生徒が一人立っていた。
「あああの子だ!間違いない」
試験でヤマが当たったより嬉しい。告白される以外の可能性など、これっぽっちも考えなかった。俺が声をかけるより先に、
「よしっ」
と小さく気合いを入れて、彼女はスロープを一気に駆け下りる。勢い余って、俺におもいきりぶつかって止まり、距離が近いのに気づき、あわてて後ろにぴょんと跳んだ。仕草が可愛い。姿も可愛い(当時無かった言葉なので、”萌える”は、あえて使わないでおこう)。
そして、やっぱし胸は大きい。セーラー服上衣の裾が浮いてる(判るよね?)。
「は、初めまして、2年T組新体操部、桃澤マイカです。わたしの事覚えてますか?」
そこで彼女は黙る。
毎晩お会いしてます。とも言えず、俺はなんて言っていいか判らない。
「ぁぁぁ…。駄目だあ。では今日はこれで失礼します」
ちょっと待って。それだけなの?やっとの事で俺は言葉を発する。
「あのときはごめんね。恥ずかしかっただろ?」
逃げ帰ろうとした彼女は立ち止まる。
「テケップに、思い切りぶつかりなさい。と言われたのでぶつかったんだけど、その後何にも考えてなかった…」
どうやらテケップに入れ知恵されて富士山から急降下したらしい。
俺は、もう一度あの時失礼にもじろじろ見た事を詫び、でもあれから君の事が忘られない、良かったらつき合って欲しい。と正直に言った。
「死ぬ程、恥ずかしかったけど…。外見だけでも、それだけ、わたしの事を、好きになって、くれて嬉しいです。普通とは、逆だけど、これから中身も、好きになって、くれたら嬉しいです。 」
ここまで話すのに、大分時間がかかった。
彼女のマイカというちょっと珍しい名前は、父親が鉱物採集が趣味なので、雲母の英名(mica)から取ったそうで、妹はきららと言うそうだ。こっちも雲母の古語だ。
どんだけ雲母好き…。
俺も自分の難解な姓名を紹介。身元調査みたいな会話をした。
「ようやく会えました」
「???俺も嬉しいです」
この時はまだ、ようやくの意味が判らなかったけれど、夕焼けに染まって富士山公園に立っている可愛いこの女の子は、下手をすると前世からの恋人なのかな?と、17歳(by南沙織)らしいロマンチックな感想に俺はひたっていた。
次の日の昼に体育館裏(誰もいそうもないので、ここにした。犀な俺ら)で会う約束をし、電話番号を交換(携帯なんかない時代。彼女の奇麗な字に比べて、俺のヘタクソな字が恥ずかしかった)して、俺たちはそれぞれ家に帰った。
家に帰って、ソファにへたり込む。その辺にあったぬいぐるみを抱きしめる。デレデレ肥満児の出来上がり。母が、
「メグル、いいことあったの?なんか顔がにやついてるよ。あ!彼女が出来たりして」
「薮蚊ではない」
「それを言うなら吝かではない。でしょ。そう、どんな子?ヨッコさん?」
「別口にござる。鋭意進行中である故、七宝を待たれよ」
「うけたまわった。吉報を待つといたそう」
母もちゃんとツッコミつつ武家言葉でかえす。
ナマコ状態からようやく復帰し、ヨッコに電話で報告。
「そうかそうか。メグルも成長したなあ。お父さん嬉しいぞ」
「保護者とは言ったけど、なんでお父さん?まあいいや。お父さん、あたし幸せになります」
と言って電話を切った。
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