第4話 ■禁断の惑星■
2年になるとき、俺は部長に指名された。
3年の先輩が卒業し、一個上の先輩も女子ばっかりの上、難関校目指して、ほぼ引退状態の先輩ばっかりだったので、
「まあお前でいいや」
という顧問の無責任な決定で、決まってしまったのだ。
部長になっても俺の生活は特に変わらず、副部長のヨッコの強力なサポートで(影の部長と皆呼んでいた)、ボロを出さずに過ごしていた。
残念ながらヨッコとO野(仮名:悔しいのでずっとコレで行く)はまだ続いており、結構惚気を聞かされて、俺は悲しかった。あのとき先に告ってたら…。と悔やんだが、駄目だった時の部活での居心地の悪さを思うと、
「これで良かったのかなあ」
もう中学の時の様な、身を焦がす様な片思い感は感じなかった。俺はヨッコへの気持ちを引きづりながら、少しずつ彼女を親友と感じて行った。
放送部は、日常の校内放送。昼のDJ放送。コンクールの他に、学園祭や球技大会などの行事の放送を担当しているのは他の学校と同じだが、この学校ならではの行事として、
「ファッションショー(服飾技術発表会と言うのが正式名称)」
の音響を担当していた。
ファッションショーは、もちろんT組の大切な実技授業で、衣装は当然だが、構成、舞台装置(看板)、選曲、MCまで全てT組3学年で造り上げていた。放送部以外では、照明を演劇部が担当していた。
半年も前から打ち合わせが始まっていたが、スタッフも全員女子部員で、俺には関係ない行事だった。
MCはもちろんテケップ(だいたい縮めてこう呼ばれていた)が担当。ステージ袖はヨッコが担当。体育館ステージの2階にある調整室にも、万一に備え女子放送部員が待機するのだが、今年は3年の先輩が模試と重なり出られないとのことで、急遽俺が調整室の番をする事になった。顧問も念のためとかで、リハだけやって来た。
ヨッコは普段はアナウンス担当だったが、ステージ音響のノウハウをしっかりと事前に叩き込んでおいた(つもりだった)。
リハ前に、俺と顧問は2階の調整室に籠る。顧問に、
「トイレには行っとけ。これからリハ終わるまで、調整室を出られないからな」
と言われた。調整室から階段を下りると、すぐ舞台下手の袖に出るが、楽屋などという立派なものは体育館にはないので、モデルはここで着替える訳である。
調整室の仕事は音量の調節だけで、実際のMCや音出しは、舞台でやる。カセットデッキと簡易ミキサーを接続して、BGMはそこで変えて行くので、調整室は暇だった。
リハが始まると、顧問の様子がおかしかった。なんかそわそわして下手から舞台を見下ろす窓に張り付いている。何気なく俺も見ると、袖で着替えているT組のモデルたちが見えているのである。秒刻みで衣装を換えていく彼女たちに、調整室を見上げる余裕はなく、どんどん下着になって行く。
「このスケベ教師」
と思ったので、俺はミキサー前に座って、
「先生、このつまみは何の働きをするんですか?」
などと、わざとらしく呼んでやった。
突然音楽が途切れ、インターフォンがなった。ヨッコからだ。
「メグル、大変。音が出ない。どうしよう。ああ、もう判らない。とにかく降りて来てよ。お願い」
「え、それはまずいだろ・・・」
ところが、顧問が、
「どうした、先生見て来ようか」
と立ち上がったので、
「いやいいです。俺行きます」
と予備のデッキと工具箱をつかみ、宮田先輩から譲り受けた、俺だとファスナーが閉まらない放送部スタッフジャンパーを羽織って階段を降りた。奴にこれ以上いい思いはさせない。
原因はすぐわかった。カセットデッキがテープを巻き込んでいた。T組が練習で使い慣れたラジカセを使いたいと言ったので、それを使ったのが裏目にでたのだ。予備のデッキをつなぎ、練習用のテープを再生して、音が出る事を確認してほっとした途端、ついさっきの光景がフラッシュバックして心臓がどきどき、汗が出て来た。
音声端子のある上手袖まで約20mの道のりは、まさに極楽。下着姿、パンイチブライチの美少女(モデルはT組各学年からとびきりが約30人選ばれる)があちこちに、と言えば聞こえがいいが、上下の袖は大混雑で、着替中のモデルの間を、
「すみません、すみません」
とかきわけかきわけ。しかもちょうど夏服の部だったらしく、上はブラもなしが5人ぐらいいた。美貌とスタイルで選び抜いたT組トップモデルのおっぱいが10個・・・。極楽だ。と毎日思い返して・・たのは後日の事、そのときは、プロ意識の塊で夢中だった。
泣きながらお礼をいうT組のスタッフを後にして、俺はいい気持ちで走って調整室に戻った。
下手の袖を抜け、階段に登ろうとした矢先、横から誰かが思い切りぶつかった。俺はかろうじて転ばなかったが、その子は尻餅をついた。
「痛ぁ、あ、ごめんなさい」
その子は立ち上がろうとしたが、大きな衣装をいくつか持っているらしく、立ち上がれない。
「いや、俺がぼーっとしてたからで・・・」
とぼそぼそ答え、とりあえず衣装を持ってあげようと、手を伸ばした。無意識に彼女も衣装を渡す。
ようやく立ち上がったその子を見て、俺は一瞬固まった。
上に何も着てなかった・・・。
衣装を渡すまで、10秒位だったろうか。俺は真っ正面からただ彼女の胸だけをじっと見つめてしまった。
今思いだして、色々な言葉でこの夢の様な10秒を語ろうと試みたけど、なんか全部嘘っぽくなる。当時の平均的男子高校生は、もちろん本物のおっぱいなんて、見た事がなかった。テレビに出て来るヌードシーン(”時間ですよ”の銭湯の脱衣場が一番いろんなおっぱいを見せてくれた)。あとは精々友達の兄貴が買ってる”平凡パンチ”を学校で回し読み、とか。そんな貧弱なサンプリングだから、間近で見る、この子のおっぱいは圧倒的だった。美辞麗句はやめて、当時の俺の貧弱な感想を素直に記しておこう。
「こんなきれいででっかいおっぱい、見た事ねえ!」
身も蓋もないな。すこし外向きで、真っ白。そして、ぴん!と張って重力に負けていない。
おっぱいの形を表現するのに、西瓜とか風船とか、釣り鐘とかお椀とか言うが、この子の胸は、強いて言えば美術室のデッサン教材裸像のような美しい胸。しかも大きい。
彼女はみるみる真っ赤になって、
「あ、急ぐので」
とかつぶやいて、衣装をひったくる様にして、走り去って行く。
それから、ファッションショーは無事に終わった。
その後も移動でT組の子達とは、すれ違った。スタッフの子たちは、
「メグル君元気ぃ?」
とか声掛けてくれる様になった。テケップもまた口をきいてくれるようになったが、俺はあの時の子にどうしても話しかけられなかった。
たまに見かけても、彼女は真っ赤になり、うつむいて通り過ぎていく。でも口元は微笑んで居た様に、思う。俺の自意識過剰かもしれんが。
悩んだ俺はヨッコに相談した。奴には何でも話が出来、猥談も平気だった。なにしろ挨拶が、
「おはよう、彼氏が好きでも、簡単にパンツ脱いじゃ駄目ダゾ」
「わかった。じゃ脱がずに横から(おいおい)」
という間柄だったので、彼女との出会いがおっぱいからだったことも含めて、相談出来たのだった。
「ふーん。でも嫌いだったら、胸見やがった奴は絶対許せんし、 廊下で会っても無視するか、逃げるよ。そりゃゾッコンだね」
と無責任にけしかけられたが、
「でも、これで俺からアクションすれば、ストーカーだよ」
と言うと、ヨッコはニヤニヤしていた。でも何か仕掛けたらしい。
ある昼休み、週一の連絡会に出て来たテケップが、
「ミナミ、明日放課後ちょっとつき合って」
「大切な話なんよ」
「何だよ(↑俺)」
「いいから絶対だよ。富士山公園だからね」
「来なかったらどうなるか、判るな?」
と言い残してさっさと帰って行った。なんだか怒ってる様にも見えたが、余計な情報を俺に与えない様に、あえて事務的に振る舞っているようにも見えた。前に末松騒動で、俺を心配してテケップになんとかとりなしてくれたヨッコが、今回はニヤニヤ笑っていた。
これは、なんなの?普通考えて、待ち伏せしてボコボコか、待ち伏せして告白だよな。
一時は(末松の件で)恨まれたが、今はそこまでテケップに恨まれたりはしてないはず。
だとすると、告白の線?
そんな絵に描いた様な幸運が、なんの特徴もない元(↑ここ強調したい)肥満児に降り掛かるとは、とても思えない。でも信じたい、幸運を。しかし、だいたいどっちだ?
テケは、長い黒髪。たおやかな瓜実顔。黒目勝ちの大きな眼。愛称の由来、おでこが可愛い。
ケップは、長くて少し茶がかった髪。愛嬌のある丸顔。気の強そうなくりっとした眼が可愛い。
つまりだ…。どっちも超絶可愛い。性格はあまり知らないけど、そんなことどうでもいい。
バラ色の妄想に包まれて俺は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます