第2話 ■星に願いを■

「十で神童、芋虫ゃ二十歳、蛇は二十五でただの人」

と言うが(言わんか)、俺も小学校の時は学校の授業だけで充分◎が取れたので、まず家で勉強した覚えが無かった。

ところが中学になるとそんな訳にはいかず、地道に家で勉強してる奴らにどんどん追い抜かれ、

「こんなはずでは…」

と焦り始めていたのが、俺の中学時代である。親なんて言うものは、子供を過大評価しがちなもので、

「お前はやれば出来る」

が口癖だった。確かに俺もそう思ったが、問題は

「出来るだろうがやれない」

事だった。

その上、ちょっと事情があって欠席が多くなり、長期転落傾向が明らかになったのを見て、母は地元で評判のいい塾に入る様、俺に勧めた。数少ない友人のヨッコも行ってる事でもあり、その塾に俺は通い始めたわけだ。


塾に入ったからと言って、成績は簡単には好転しなかったが、家で勉強する習慣がなかった俺にとって、塾に行けばとりあえず勉強している訳で、転落から横ばい程度にはなった。

俺の住んでいた県の県立高校は、

「質実剛健」

が売りで、特に俺が行けそうだった近所の県立高は、かなり長距離のマラソン大会で知られていた。また教室に暖房がなく、進学した近所の上級生が、

「真冬はコート着て勉強すんの。そんで放課になると、皆で窓際に集まって10分間だけ”解凍する”んだぜ」

と言っていた。そこはちょっと俺にはハードに過ると思った俺は、珍しく真面目に夏期講習を申し込んだりして、少しだけラストスパートした。

結果的に3年2学期と言う土壇場で若干内申点が上がり、噂の県立極寒高校よりワンランク上の、市立温泉高校(暖房完備・マラソン大会なし)に滑り込む事が出来た。バス通学で30分程かかる、入試の日まで行った事もなかった高校だった。結果的にこの選択が、この物語のヒロイン、俺の彼女との出会いになった訳なのだが、とりあえず話は中3の年末から始めたい。


学習塾と言うものは、入試が迫って来るとやたらに力が入り、

「集中講座」

だの

「合格祈願」

だの

「寒中合宿」

だのやりたがる。

塾長の知り合いに住職がおり、町外れの、日本昔話に出て来そうな山寺に住んでいたが、ここを年末に借りて仕上げの合宿をするのが、この塾の決まりだった。2泊3日で結構勉強を詰め込まれ、座禅もさせられた記憶がある。


この塾はいくつかの教室を持っており、知らない子も沢山来ていた。

お決まりの必勝ハチマキを締めてのハードな勉強に疲れ切って、宿坊の様な所で雑魚寝をする訳だが、もちろん男女の宿坊は別で、渡り廊下でつながっており、真ん中にトイレがあるので、用を足す時に

「ゆきえちゃん、すっごい大人のパンツぅ!」

「ほんとだ、エロエロ~っ!」

なんて華やかな女子の笑い声とか聞こえて、青春まっ盛りの中坊には、なかなか刺激的だった。


もちろん女子部屋に行くなんて夢の様な事もできず、どの子が可愛いなんて話しながら就寝時間過ぎても遊んでいたら、突然田岡先生が来た。こりゃ怒られるかな?と思ったが、

「来たい人はコートを着て玄関に集合すると良いです」

と言って出て行った。

田岡先生は理科と数学の先生だったが、俺たちは兄貴の様に信頼しており、当然の様にコートを着て外に出た。ヨッコたち女子も来ていたし、よその教室の生徒もいた。


この先生は地元の国立大で物理学を専攻する院生で、合宿前から今がどんなに貴重な時かを教えてくれていた。

大きな彗星がこの年地球を訪れていた。

ハレーコメット程有名ではないが、やはり何十年もの周期で接近する彗星で、この町の緯度でもはっきり目視できるとの話だった。ただし、街中ではさすがに無理で、こんな山寺ならきっとこの彗星を見る事が出来ると、我々はちょっと楽しみにしていたのだ。


寺から更に山道を少し登ると、山頂に着いた。

小さな展望台があり、我々は先生の指差す彼方に、本当に尾を引いて

「ほうき星」

が輝いているのを見た。ちょっと感動した。翌日に差し支えるので、すぐ宿坊に戻らねばならなかったが、帰り道で誰かが、

「あ!流れ星」

と叫んだ。山の中だけあって、豪勢な星空に流れ星も結構降ってくる。当然みんなは流れ星に願いをかけた。間違いなく殆どが、

「志望の高校に合格出来ます様に」

と祈った事だろう。

俺は、立ち止まって、願掛けを終わり山道をおりて行く仲間を全員見送った後、ゆっくり振り返った。緩やかな上り坂の上に、俺専用みたいに彗星が尾を引いて輝いていた。

「彼女が出来ます様に」

と俺はコメットさんに祈ったのだった。


山道を下って、宿坊に戻り、自分の部屋に入った。

戻ったのが最後だったので、一番廊下の近くの布団しか空いてなかった。2時間ぐらい寝ていただろうか?なんかとてもハッピーな夢を見ていた気がする。

「ひぇっ!なんだ?なにが起こった?」

俺は、突然冷たいものをお腹に当てられて眼を覚ました。

それは、小さな人だった。

俺は当時既に175cmは越えていたので、友達は大体自分より小さいのだが、それにしても小柄だった。俺は150cm位しか無い友達を思い描いた。

「こら山下。ふとん間違えるなよ」

起きない。

この野郎。と脇腹をこそぐって起こしてやろうとして、その小さな闖入者に手を伸ばした。

「柔らかい?」

なんかお腹の上に、山下くんにはない、ぐにゃりとしたものがあるような?

「女子?」

熟睡しているその子の顔を覗き込んだ。豆電球だけなので、はっきり判らないが、見た事無い顔。他の教室の子だ。寝ぼけてトイレに行った後、部屋を間違えたのだろう。


この場合、正しい行動は、

1.起こしてやり、正しい部屋に帰す。

なことは判っている。でも中学3年生男子にそんな分別を期待してはいけない。特に俺は脳の半分をエロが占めており、残りの半分で受験勉強している有様だったから、こんなチャンスを逃すのは惜し過ぎる気がした。


2.折角だから、思う存分触り倒す。

なかなか危険である。眼を覚まされて騒がれたら、ちょっと困る。いくら向こうから布団に入って来ても。

「窮鳥懐に入らずんば虎児を得ず」

だったっけか?難関校入試問題にあった中国のことわざを思い出した。なんか間違っている様な気もするが…。

そのころ少年漫画誌の恋愛もので、好きな子が安心しきって隣で寝てしまい、

「こんなに信頼されちゃ、何にも出来ないよ」

と言うのがよくあった。俺はいつも、

「そんな事あるか~。やるだろ漢は!」

と魂の突っ込みを入れていたが、現実になると、なかなか出来るもんじゃない。


3.明日もハードな勉強だ。俺は眠い。コレハマボロシダ。と言い聞かせる。

結局一度はそうしたんだ。信じて欲しい。でも眠れるもんじゃないです。自慢じゃないが、俺は女の胸なんか赤ん坊の時以来触った事無い(自慢にならん)。

「結構おっぱいでかかったなあ」

中学生男子は愛読書

「ボーイズライフ」

の、ヌードでもない水着グラビアに反応してしまう。俺なんか国語の問題集で、

「概ね」

という言葉の読みを問う問題の正解が、

「おおむね(↑大胸)」

であることを発見し、激しく反応してしまい、それから会話に多用する様になった位だ。しかしエロ妄想一杯の中学校生活で、現実のエロは訪れなかった。

深夜に電気を消し、親に隠れて茶の間のテレビにイヤホンをつけ、

「11PM」

とか、

「プレイガール」

に時々出て来る裸にドキドキする位。

あとは大掃除のとき、クラスの女子の(膝下15cmの)スカートが風でぱーっと捲れて、パンツがもろに見えた位。

毛糸のパンツだったが…。


こんなチャンスは二度とないだろう。

「揉まなければ起きない。そっと触るだけ…」

そーっと手を伸ばす。

ノーブラだ。

中2辺りから、女子はブラを付け始め、夏服になると前に座ってる子のブラが透けて見えて、かなりドキドキした。もう勉強に身が入らない位。

女子は寝る時は外すのか。

パジャマの上からちょっと触ってみる。

柔らかい。大きい。そして固い。

思わず興奮して、ぎゅっと掴んでしまった。やばいっ!起きるか?


「んんんん」

と小さな声を上げて、彼女は寝返りを打った。なんか抱き合うような形になってしまった。

「結構うれしいぞ」

とりあえずちょっと抱きしめてみる。これだけ近いと、もう胸に触れない。

「困ったな」

抱きしめた格好の手は背中に回り、ちょっと下へ。パジャマのズボンへ。折角だから(なにが折角だよ)ちょっとお尻を触ってみる。

「丸いなあ」


何遍も俺の手は、パジャマのズボンのゴムの所を行ったり来たりする。

「ここから先やったら痴漢だよなあ」

今思えばここまででも充分痴漢だが。片側だけちょっと下げてみる。

もう天使と悪魔が頭の中で、激しく言い争っている。

悪魔は

「行けるって!下げちゃえ下げちゃえ」

とでっかい扇子で三三七拍子。

天使は

「やめとけって。胸でやめとけ」

と全部止めるつもりは無い様子。


いよいよ最後の砦である。

もう悪魔も天使も一体になって、指先探検隊に声援を送っている。

おそらくクラスの男子の誰も知らない秘境へ…。指がゴムにかかる…。

あたりで朝だった。

「夢オチかよ!」

という突っ込みが聞こえてきそうだが、大丈夫である。もう少し俺の話を聞いて欲しい。


「おい、早く起きろよ。あと10分で朝の座禅だぞ」

良く知らない他教室の教師が叫ぶ。

寝坊を昨夜の彗星観測のせいにされると、田岡先生の立場が無いので、手近にあったフェイスタオルをつかんで、顔を洗いに走った。

もう誰もいない洗面所に着いて、顔を洗ってタオルで拭こうとして気がついた。


タオルじゃなかった。

それは小さなパンティだった…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る