病院という名の逃げ道

学校が終わると田舎から電車で40分。

区を越えて市の繁華街。


1人高校の制服のまま地図を便りに脇道へ入ると、

あった。


「アルコール依存症専門外来 ○○神経科」


意外に綺麗な外観で入るのに戸惑いはなかった。

中に入ると先生に案内され、待合室のような場所で待たされる。


周りに10人ほどの患者さんが、皆顔見知りなのか談笑している。

年齢層は40~60代。ほぼアルコール依存の患者である。

高校の制服を着た私は明らかに浮いていた。


私は、そんな他人の目を跳ね返す様に堂々と振る舞った。


まずはカウンセリング。

先生はどのようにシンナーを始めたか。

吸っている時の気分は。

その後の身体の状態は。


など、事細かに聞いてくる。

嘘をつかず、全てを話した。

話せば話すほど「あの時」の気分を思い出し、吸いたくなる。

これ、逆効果なんじゃ・・と思うほどである。


先生は淡々と依存症について説明した後、

軽い睡眠薬や興奮を抑える薬を処方してくれた。


はっきり言おう。この時の私の心の中はこうだ。

「私はシンナーを止める気はありません。

何故ここに来ているかって?

それは親を安心させる為、離婚を止める為。

その手段に過ぎません。

早く家に帰って、部屋にこもって、シンナーを吸いたい。」


それから週1回、その病院に通った。

私の長い長いシンナーを吸う為の計画が始まったのだ。

そう、もう大丈夫と親を油断させ、またシンナーを吸う日々に戻るという作戦だ。

その為には数ヶ月の我慢すらできた。

いや、そのまま止めろよ!っという声が聞こえてくるようだ。


ある時、その病院で声をかけてきた患者がいた。

男性2人、年齢は30代後半ぐらいだろうか。


スーツ姿の木村さん。Gパン茶髪の村上さん。

木村さんはアルコール依存、

村上さんはその病院では珍しい薬物依存の患者であった。


患者数人のセッションの様な時間もあり、その2人といつも一緒だった。

悪い人ではないだろう。

若い高校生と話したいだけの軽い感じである。


村上さんが一通りの薬はやってきた。と自慢げに話す内容はなかなかの暇つぶしになった。

中でも印象的な話はこれだ。

「何よりも、シンナーが一番美味しい。」

確かに。と他の経験は無かったものの、なんだか分かる気がした。


木村さんは既婚者。多分嫁に言われて無理矢理来ているのだろう。

結婚しているからか、木村さんの方がなんだか安心感があった。


村上さんは何か危ない。ごめん、なんとなく。

外でお茶しようと何度か誘われた事もあったが、私はやんわりと断っていた。

まったく繋がりたくないコミュニティである。


そして私の思惑通り、親の離婚話はいつの間にか消え、

親は徐々に私への警戒を緩めたのだった。





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