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報告を聞いたカルザスは眉をひそめた。
「消えた……?」
汽車は今ベルマークシティの一つ手前の駅に停車している。カルザスはそこで降りて部下たちの「
彼女と話した時からこの駅までの間に他に停車駅は存在しない。ならば二人はどこに消えたのだろうか。
カルザスがサングラスに隠した目を細めていると、汽車の車掌がおずおずと近づいてきた。恐怖か畏怖かはわからないが、こちらの機嫌を伺うように口を開く。
「あのぉ、そろそろ……探しものは見つかりましたでしょうか?」
カルザスが無理矢理汽車を駅に停車させ続けているのでさすがに痺れを切らして来たといったところだろう。カルザスはすぐに外向きの笑顔を顔に貼り付ける。
「お留めしてしまい申し訳ない。この通り落とした時計は無事見つけることが出来ました。他の乗客たちにもご迷惑をおかけしてしまい実に申し訳ない」
カルザスは懐から落としてもいない懐中時計を取り出してわざわざ見せてから、車掌の手を握って金貨をいくつか握らせた。
車掌の表情と態度がわかりやすく変わる。
「いえいえ、見つかったのであればようございました。今後もどうぞ我が鉄道をご利用ください。それでは、汽車を動かしますがよろしいでしょうか」
「ええ、部下たちは引き上げさせましたので。ご協力感謝いたします」
車掌は握らされたお金をしっかり懐にしまい、頭を下げながらそそくさと機関部へと移動していく。対応を終えたカルザスは、笑顔をなくして駅の出口へと向かい始め、先ほどの思考の続きをし始めた。カツ、カツ、とステッキの音が響く。
(さて、ミス・レイラと少年はどこへ消えたのか……)
そこでふとカルザスは気づいたことを後ろについてきた部下に問うた。
「ところで、なぜそんなにガキどもに手こずったんです?」
「は、少女の方は武道の心得があるらしく、妙に実戦慣れもしていたようです。本気でかかるわけにもいかなかったというのもあるでしょう」
「そうですね、彼女には死なれては困りますから。しかし、女性だというのに乱暴ですねぇ」
カルザスは「それで?」と続きを促す。
「少年の方は暴力ごとには慣れていないド素人の動きということでしたが、妙な力を使ったと言っていました」
カツンっ、とカルザスは足を止めて部下を振り返った。
「詳しく」
聞かれて部下は二人を捕まえに行った者達から聞いた話をそのまま主に伝える。聞いていくに従ってカルザスの口が嬉しそうに歪んでいく。
「なるほどそうか」
聞き終えると納得して再び歩き始める。
「問題なく動ける者は何人いる」
「三名です」
「そいつらに今から来た道を戻れと伝えろ。とりあえずは街道でいい」
「は?」
意図がわからなかったのか、聞き返してきた部下に、カルザスは言葉を付け足した。
「途中に湖があったはずだ。その周辺に宿場があればそこを徹底的に調べろ。他の者は手当し次第この街から山狩りを行う」
「はっ」
部下は一礼すると速度を落としてカルザスから離れていく。
一人になったカルザスの顔は笑みの形に歪んでいた。ようやくだ。ようやく、彼の願望を叶えることができるのだ。これが笑わずにいられるだろうか。
もうすぐだ。もうすぐ――……。
◇ ◆ ◇
ベルマークシティ、コバルト学園事務室室長室――
そこで、ロデリック=カリエは頭を悩ませていた。日も沈み、さてそろそろ仕事を切り上げ学校を出ようかという頃に、学園高等部に所属するレイラ=ウェイズ=ミズィアムの親から連絡が着たのだ。曰く、“娘がまだ戻らない”と。
ひとまずこちらで確認すると対応してそちらへの電話は切り、昨日メモしておいたテイル=ブライズという少年の連絡先に電話をかけてみれば、朝から留守だという。彼の働いているパン屋、アテルネ店主の妻と名乗った女性の話では、彼は一日非番で朝から昨日泊めた少女を連れて外出したきりまだ戻っていないとのことだった。
彼は更に、カーナ駅の方にも連絡を入れてみた。彼女の名前と分かる範囲の容姿の説明をすると、対応した駅員から話を聞くことができた。後払いで少年を連れてホームに入っていったというのだ。
つまり、少年は約束通り彼女を駅まで連れて行き、そのまま二人でベルマークシティ行きの汽車に乗車しているということになる。
そこから更に各駅にも問い合わせてみた。結果は全滅。誰もそのような少年少女は見ていないし、改札を通っていないという。途中下車をせず乗ってきているのならば、夕方にはこちらに着いていておかしくないのだが、不思議なことに現実は未だ帰ってきていない。
ここまで来て、さてここから彼らの足取りをどう追ったものか、ロデリックは難しい顔で唸っているのである。
「室長、まだ残っていらしたんですか?」
職員の一人が開け放たれている室長室のドアを覗きこんで驚いた顔をしていた。
「ちょっとなぁ……。なあ、お前人を探す時どうする?」
ロデリックはその職員に気晴らしに訪ねてみる。職員は首を傾けながら中に入ってくる。
「どう探すかという、方法ですよね? そうですね――、まずはいそうな場所を探してみて、それでダメなら人に見ていないか聞いてみて……それでダメなら確実に戻ってくる場所で待っていますかね。それがどうかしました?」
「いや、ほら、昨日帰ってこなかった生徒が一人いただろう?」
ロデリックの言葉に、職員は「ああ」と合点がいった顔をする。
「もしかして、まだ戻ってきてないんですか? 家出じゃないですよね?」
「家出するような人間がわざわざ事情を説明に電話をしてくると思うか?」
返されて、「それもそうだ」とその職員も眉根を寄せて唸り始めた。
「ベルマークシティ行きの汽車に乗ったことは間違いないようなんだ。が、その先の足取りがサッパリなんだよ」
「何かトラブルでもあったんでしょうか。例えば――そう泊まった先の少年とか。学校に行ってないんでしょう? 怪しくないですか」
「お前、人にはそれぞれお家事情ってもののがあるだろう。それだけで人を判断するのはどうかと、私は思うぞ」
昨日の少年の簡易データは職員がひと通り目を通している。十六歳で働いているというのは確かにこの街では珍しいことだが、それで人を判断するのはおかしいことだ。軽く説教をすると、職員は理解したのか、していないのかよくわからない反応を示してから、一礼して自分の仕事に戻っていった。
再び一人になったロデリックは最初のように頭を抱える。
「これ以上ここから追えないなら、警吏に報告して明日出向くしかないか……」
渋々といった様子で明日の予定を頭の中でざっと整理し、受話器を手に取りながら、ロデリックは生徒の親に言い訳という名の事情説明をするべく文章を考え始めた。
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