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少しトイレに行ってくるとテイルが席を立った。レイラはそれを見送って、窓の外に視線を移した。カーナシティを出た時とは打って変わって見える景色が低くなっている線路の高さがいつの間にか地上とほぼ同じ高さになっていたようだ。線路のすぐ隣を川が流れており、その向こう側に木々の合間に小さく建物が並んでいるのが見える。街道か何か、宿場町だろうか。それらが窓に現れてはすぐに消えていく。
一人で寂しそうに窓の外を眺めていると、突然ノック音がする。レイラは返事をせずに、扉を少しだけ開いて外の様子を見た。
スーツに身を包んだ男が一人、立っていた。
◇ ◆ ◇
テイルが個室に戻ってくると、中には誰もいなかった。
――いや、正確にはレイラがいなくなっていた。代わりに知らない黒いスーツに黒いハット帽を被った男が座っていた。テイルは無言で一度扉を閉める。それから廊下の部屋番号を確認した。
出た時に確認した部屋番号だ。もう一度扉を開いた。やはりそこには彼女の姿はなく、代わりに男が一人鼻歌を歌いながら腰掛けている。
「あの、どちら様ですか? ここに、女の子がいたと思うんですが」
男はそこで帽子のつばを押上げ、初めてテイルの方を見た。口角が両方上がり楽しげな表情をしているが、それ以上に目が、これからとても楽しい事が起こるかのようにきらきらとしていた。無邪気な子どもと同じ表情だ。
「おや、来ましたね、少年」
テイルは訝しげに男性を見る。
「ノーノー。そんな怖い顔をしないで。私は君と取引をするためにここに来たのだから」
「取引? そんなことより、ここにいた女の子はどこだ」
男性は困ったように肩をすくませると立ち上がる。テイルに向き直ると、右手でハット帽を外すと一礼した。明るい茶髪の少しだけ長めの髪がその拍子に男性の目元にかかる。
「まずはご挨拶を。私めはコリン=ブラックストンと申します。以後お見知りおきを」
「いいから、質問に答えてくれないか」
「相手が名を名乗ったらあなたも名を名乗るのが礼儀ではないでしょうか? まあ、とても高貴な身分をお持ちの方とは思えませんが」
テイルの顔が更に剣呑になる。「おお怖い」とふざけるようにコリンは帽子を元に戻しながらまたも肩をすくめた。
「こちらにおわしたご令嬢なら今は我が主と面会されている頃ですよ。私は主の命で君と取引に来ました。どうです? お話だけでもとりあえずお聞きしませんか?」
「どこだ」
やれやれと言いたげにコリンは息を吐く。この反応を予想していたのだろう。右手人差し指を顔の前に立てる。
「どうです。私の話を聞いて下さるのならば、主の場所をお教え致しましょう」
「オレはあんたの話を聞くつもりはない。お前らだろ? 彼女を誘拐しようとしたの。悪党の話なんて誰が聞くか」
「では、どうやってその少女の元にたどり着くと? この長い汽車の中で、君に見当が着くと? 取引相手に嘘は言いません。取引の話を聞けば教えてあげると言っているのです。こちらの方がよっぽど合理的で無駄も省けるというもの」
「どうです?」とコリンは問う。
テイルは少しだけ無言になると、そのまま扉を閉めた。これで驚いたのはコリンの方だ。慌てて閉められた扉を開ける。
「まさか本当に」
廊下の様子を見ようとして顔を出した所で、急に視界が暗くなる。不思議に思って上を見ると、顔面に靴の裏があった。
重いものが倒れる音が廊下に響き、別の個室から何事かと別の客が顔を出す。が、廊下には特に異常はなく、至っていつも通りだ。何もないと安心した他の乗客たちは再び個室の扉を閉めた。
扉が開いた直後にブランコの要領でコリンを顔面蹴りして再び個室の中に飛び込んだテイルは、ついでに頭を打ったらしいソイツを地面に押さえ込んだ。
「彼女はどこだ」
問うテイルの目が据わっている。声も押し殺したように低い。
「ら、乱暴な……!」
「相手に力で優位にたって吐かせるっていう選択肢もあるんだよ」
「訂正します。随分と粗暴ですね。育ちがわかるといイタタタ」
腕を軽く捻るとコリンは悲鳴を上げた。
「確かこのまま捻ると腕って折れるんだっけか。どうする? 折っていいか」
「それは、ご遠慮願いたい……」
口の端を噛んでコリンは屈辱的な目でテイルを睨みつけた。対して彼を見下ろす目は氷のようだった。
「話すら聞かないとは、低俗な人間は話が通じなくて困る。主は後部車両に乗っておられる。行きたければ行けばいい」
「お金で着飾ったお犬様はご主人様の命令よりお身体の方が大事なんだな」
八つ当たりのように背中を一度蹴りつけてから、テイルは個室を飛び出した。
開放されたコリンは咳き込みながら仰向けになる。
「ふん、誰が犬か。時間稼ぎさえ出来ればいいんですよ。まあ、あの程度では行った所で命を落とすだけ。かわいそうに、取引に応じれば主の温情で命は助かったものを」
口から笑いが漏れた。小さかったそれは少しずつ抑えきれずに大きくなっていく。ひとしきり笑うと満足したのか、彼は起き上がり、部屋を出た。
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