3
テイルが戻ってきたのは、それからすぐのことだった。
「ただいま……って、レイラさん?」
テイルが玄関戸を閉めてダイニングテーブルの上を見ると、湯気の立った新しい紅茶が置かれていた。
「お帰りなさい。紅茶が無くなったから勝手に調理場を使わせて頂いたわ。あなたよりは上手に淹れられているはずよ」
「あ、はあ……。他は触ってないですよね?」
「何もないのに触り用がないわ」
「そーですか」
悪気がないとはわかるのだが、なんだか無性に気に障る言い方だ。とりあえず手洗いをしてから席につき、テイルは彼女の淹れてくれた紅茶を一口含んだ。
自分が淹れたものとは違い、紅茶本来の香りと味が程よく口の中に広がる。苦味などは感じられず、すっと透き通るように喉を通り過ぎていく。
「……非常に美味しいです」
「それなら良かった」
悔しそうに感想を述べるテイルに、レイラは嬉しそうに頷いた。
「それで結果だけど、誰も居なかったよ。汽車が出るまでには誰も気づかなかったみたいだ」
「……そう」
予想はしていたのだろうが、それでも彼女の顔が暗くなる。
「学校の方に連絡はとれるのか?」
「この家に電話があればとれますけど」
とてもありそうに見えない家だからか、彼女の彼を見る目はじと目だ。案の定テイルは言葉に詰まる。
「すみません、そんな高価なものはありません……。けど、隣の家の人に借りることはできるけど」
テイルがそう答えると、レイラは見るからに渋る素振りを見せる。それもそうだろう。まだ追われていたらと考えると、他の人と接触するのは出来る限り避けたいところだ。
けれど、連絡を入れなければ親が心配するし、学校側も心配する。
「他に、電話を使えそうな所はないの?」
「駅やホテルまで行けばあるけど、人目につくぞ?」
「そうですよね……。わかりました。話を通して頂けますか」
正に渋々と彼女はため息をつきながら電話を借りることを承諾した。テイルは頷くと、寝室の脇にある衝立で仕切られただけの狭い通路の奥に消えていった。扉が開閉する時の軋む音が聞こえたので、その奥からどこかに通じているようだ。
しばらくそのまま待っていると、テイルが消えた通路の奥から再び姿を見せて彼女を手招きをした。案内されるまま付いて行くと、扉の先は別の家の廊下に繋がっていた。聞くと、彼の家は元々この家の倉庫だったから繋がっているらしい。その廊下の中程にある電話台の上に黒い手回し式の電話が置かれている。
「使っていいってさ」
「すみません、お借り致します」
頭を下げてからレイラは受話器を手に取りダイヤルを回し――かけた指を途中で止め、テイルに振り返る。
「ところで、今夜はあなたの家に滞在してもいいのかしら」
「え? 別にいいけど。あ、変なことはしないから」
「当たり前です」
レイラは改めてダイヤルを回し、学園に電話をかけた。
相手が出たのか名前や状況の報告などを交え受話器の向こうと会話をしている。少しして、レイラが「家主の確認」と言って受話器をテイルに差し出してきた。
「もしもし、お電話代わりました。テイル=ブライズです」
『初めまして、ミスター・ブライズ。コバルト学園事務長のロデリック=カリエです。我が校の生徒がご迷惑をお掛け致しております』
「いえ、お構いなく。これも何かの縁でしょう。何もない家ですが、彼女に不自由がないよう努めさせて頂きます」
『ありがとうございます。確認ですが、あなたはカーナシティ在住の方で間違いありませんね』
「ええ間違いありません」
『あなたの住所を控えさせて頂いても宜しいですか?』
「もちろん」
相手がオーケーの合図をしてから、テイルは自身の家の住所を相手に伝える。
『ありがとうございます。失礼ですが、年齢を窺っても?』
「今年で十六になります」
『十六……、学校などは?』
「隣のパン屋で働かせて頂いています。今日はちょうどお休みを頂いていました」
『わかりました。念のため、あなたが働いておられる店名を控えさせて頂いても?』
「パン屋アテルネです。今度カーナシティに来られた時は是非。おいしいですよ」
『それはどうも。機会があれば是非行かせて頂きましょう。家主確認にお付き合い下さりありがとうございます』
「いえ。彼女は明日の朝駅までお送り致します」
『ええ、慣れない土地ですのでお願い致します。では、粗相のないようお願い致しますね』
念を押されてから、再びレイラに代わるよう言われたので、テイルは受話器をレイラに手渡した。
彼女が事務長と二言三言言葉を交わすと、軽い金属音を鳴らしながら電話を切った。
「もういいのか?」
テイルが確認する。レイラが「ええ」と頷いたのを確認して、彼は廊下の奥に声をかけた。少し小太りな年配の女性が姿を見せたので、レイラはテイルと一緒に頭を下げてお礼を述べる。すると、二人の目の前に小さな紙袋が差し出された。
瞬きしてそれを見つめてから、テイルは隣人の顔を見る。
「おばさんこれは?」
「差し入れだよ。どうせ一人分の食べ物しかないんだろう? それじゃお客様に失礼だろう。持ってきな」
「おばさん!」
「この分は後で働いて返してもらうからね」
「もちろん! ありがとっ!」
「くれぐれも変な気起こすんじゃないよ。そんなことしたらぶん殴るからね!」
テイルは「わかってます!」と返事をしながらレイラと一緒に家に戻る。紙袋を家に置くと、外に出て干していた布を家の中に取り込んだ。裏口をしっかりと閉めて中が見えないように戸口の覗き窓のカーテンを閉める。部屋の中がさすがに薄暗いので、今度はランプを出しに部屋の中を移動し始めた。
空は綺麗な赤焼けに染まっていた。
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