2
テイルが家の中に戻ると、少女が落ち着きなく言われた通りダイニングテーブルの椅子に座っていた。
「おまたせ。お茶でも入れるから、事情聞いてもいいか?」
「え、ええ」
返事にも落ち着きが無い。テイルが軽く首をひねって、すぐに何を気にしているのかに思い至る。すぐに通りに面する窓のカーテンを閉めて中が見えないようにした。
「じゃ、お茶入れてくるからちょっと待ってて」
「……ありがとう」
少女は少し意外そうな顔をしていた。
少しして、テイルが台所から紅茶を淹れたカップを二つ持ってくる。片方をダイニングテーブルに置くと、もう片方を少女に差し出した。
「熱いから気をつけろよ」
「気が利くのね。ありがとう。頂きます」
そのままお互い一口。
「……淹れるのは下手なんですね」
「……飲めればいいんです」
お互い微妙な顔をして紅茶に目を落としていた。
「それより、何がどうしてどうなってオレは痛い思いをしなくちゃならなかったんだ?」
「あれは、緊急事態で――その、ごめんなさい」
「いや、事情話してくれればこれ以上言わないけど」
「――先に一つ確認してもいいでしょうか?」
なかなか本題に入らない目の前の少女に、テイルはやや諦めを持って「なに?」と返す。
「ベルマークシティへの汽車が何時に出ているか、あなたはご存知ですか?」
「ベルマーク? 今日はもう最終出たんじゃないか?」
テイルが棚に置かれた小さな時計に目をやりながらそう答えると、彼女はしょんぼりと俯き「そう」とだけ呟いた。
「ベルマークがどうかしたのか? ベルマークに行く予定があったとか?」
少女は一つ頷いて顔を上げた。
「私はレイラ=ウェイズ=ミズィアム。ベルマークシティ良家、ミズィアム家の者です」
「りょーけ?」
「――それなりの身分が有って教養ある裕福な家の事」
「てことは、君やっぱり良いとこのお嬢さん? 綺麗な子だなーとは思ってたけど」
「……あなたのお名前は?」
「オレはテイル。テイル=ブライズだよ」
「テイルね。改めてお礼を言わせて頂くわ。ありがとう、テイル」
はにかんだその表情もチューリップの様に凛とした愛らしさがあった。
「あ、いえ。別に」
お願いを聞いただけで特に何かをした覚えがないテイルは、曖昧に返事を返す。
「私は今、学校の研修旅行でカーナシティに来ていました。一泊二日の旅行で、今日がベルマークシティに帰る日だったのですが――。汽車に乗る前、お手洗いに寄って出てきた際に誰かに気を失わされました。気付いた時には知らない倉庫に一人寝かせられていて、見張りが二人ほど居たので気絶させて逃げてきた所を丁度あなたに出会ったのです」
なぜだろう。後半にツッコミどころが聞こえた気がする。いやでも、さっき自分を一息に行動不能にした身のこなしを考えたら、それくらい出来る実力をもってるのかもしれない。もしかしたら自分みたいに貧弱な見張りだったのかもしれないきっとそうだ、そうに違いない。
レイラの話を聞いて一通り逡巡した後、テイルは気になった所を詳しく聞いた。
「どの位気絶してたんだ?」
「そんなに時間は経っていないと思います。汽車がお昼の汽車でしたから」
「了解。オレの庭で尻餅ついてたのは?」
「ちょうど隠れるのによさそうな、登りやすそうな木があったので、外から登ろうとしたんですけど、垣根を越えた辺りで足を滑らせて……」
「なるほど落ちたと。君をさらった人はどんな人達か見たの?」
「少なくとも見張りをしていたのは黒服スーツの男たちでした」
「そう。それでその、のしたって聞こえたけど」
「隙だらけでしたので、少しの間気絶していただいただけです」
レイラはすました顔で紅茶をすする。一方、テイルは渋い顔をした。
「そ、そう……。お嬢様って言うけど、随分乱暴な」
「そうですか? お父様に護身術の一つも学んでおくよう言われただけですけれど」
レイラはテイルの質問の方が疑問なのか、不思議そうに軽く首を傾げた。
「まあ、そんなことはどうでもいいです。ベルマークへの汽車は、今日はもうないのですよね」
「あそっか。今日帰る予定だったっけか。オレ、ちょっと駅の方で聞いてこようか? 学校行事で来てるなら、引率の先生とか何人か一緒だったんだろ? 気づいて残ってないか見てくるよ」
「それはありがたいですけど、どう聴きこみをされるおつもりですか?」
そこでテイルは、彼女の学校名を聞いていないことに気づく。彼女の服装を改めてよく見てみると、茶色のブレザーから赤い線の入ったブラウスの襟が覗いており、首元のリボン、丈の短いスカートも赤を基調にまとめられている。恐らく彼女の学校の制服なのだろうが、彼にはとんと覚えがなかった。
「――えっと、学校名は?」
レイラは一つ溜息をつく。
「コバルト学園高等部二年です。あなた、何も知らないのね」
「まあオレ、
「それでも学校名を聞いてもその反応では、物知らずもいいとこです」
彼女のその言葉にテイルは一瞬何かを堪えるような顔をするが、すぐに「行ってくる」と言って表玄関から家を出て行った。
一人残されたレイラは、残った紅茶を飲みながら失礼だと思いながらも家の中を見回した。
――質素な室内だった。
入ってきた裏戸口は向かいに見えるキッチンに通じていた。其のキッチンとリビングを仕切る壁には棚が備わっているが、その棚の中には本が二冊、小物が三つ程――内一つは先程彼が見ていた時計だ――それ以外のスペースは空いている。後ろを見れば、少しボロのある衝立がある。先ほど裏戸口から歩いてくる際に垣間見えたが、その衝立の向こうにはベッドとタンスが置いてあった。彼の寝室なのだろう。リビングと寝室を遮るのはその衝立しかないのだ。この分では湯浴み場が備わっているようには見えなかった。
「よっぽどの貧乏人かしら、彼……」
レイラは光の遮られた暗い部屋で、最後の一口を飲み干した。
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