第11話

「俺と話せよ、イサク。神様だとかなんだとか、そんな話はもう十分だ。居もしないものに語りかけて、在りもしない力を借りるような事を言って、――そんなチャチな演技をしてまで、いつまで保護者ぶるつもりだ」

 目を合わせようとしないイサクの肩を両手で掴み、その双眸を睨みつける。

「……、居もしないもの?」

 イサクの肩が震えている。それでもシモンは、己の言葉を止められなかった。

「そうさ。お前が普段話しかけているものは、全てお前の空想の中の生き物なんだよ。どうして現実を見ようとしないんだ。どうして現実を生きてくれないんだ」

 イサクの目が、ようやくシモンの目を捉えた。それでいい、どうかそのまま、目を覚ましてくれとさえ思う。だがしかし、

「俺の言葉、……ずっとシモンは、信じてなんかいなかったんだね」

 静かな声でイサクは言った。不気味さを覚えるほど、それは静かな声だった。

 静かでか弱い、――厳かな声であった。

 「そうさ」被せるようにシモンは言った。イサクの言葉に、イサクの視線に飲まれてしまう前に、すべてを言ってしまわなくてはならなかった。

「今まで、お前に話を合わせてやっていただけだ。淵の神様? なんなんだよ、それ。お前は何に縋ってるんだ」

「シモン。お前は彼らのこと、知らないっていうの」

「そうだよ、俺は知らない」

 そう呟いたシモンの言葉は、酷く陰鬱に沈んでいる。

 続く言葉を発してはならない。これ以上貶めてはならない。頭のどこかで、シモンはそれを理解していた。

(貶める? 一体何が貶められるっていうんだ。俺の言葉に偽りはない。ずっと思ってきたことだ)

 そう、ずっと、心の中では思い続けてきたことだ。今、ここでそれを吐露して、何が悪いというのだろう。何が変わるというのだろう。何も変わらない。ああ、ああ、胸のつかえがとれていく、――

「俺は知らない。その存在を信じてすらいない。あんたの妄言に付き合わされるのは、もうまっぴらだ。勝手にしろ! ああ、そうとも、俺は知らない! 俺は知らないからな!」

 眼前に立つその男が、悄然とした表情で目を見開く。まなじりにかけてきらりと光るものがあった。

 涙。

 何故泣くのだ。何故そんなにも簡単に、己の心の内の痛みを、表に出せてしまうのだ。

 お前のその素直故に、今までどれ程の我慢を強いられてきたことか!

「すまなかった」

 ぽろぽろと涙をこぼしながら、血を分けたシモンの唯一の兄は、両手で静かに、己の顔を覆い隠す。

「わかった。わかったよ、シモン。もういいんだ、お前は自由にするべきだ。……もうこれ以上、俺の『嘘』に付き合う必要はない」

 嘘、とイサクは明言した。それを聞けば何やら急に、シモンの熱が冷めていく。

 嘘であったと、兄が認めた。

(そうだ、俺が認めさせたんだ。けど、……けど)

 この、釈然としない思いは何だ。

――父さんも母さんもいなくなってしまったけど、でも大丈夫。俺にはシモンが居るもの。おせっかいな神様達も、俺達を見守ってくれているしね。

――お前がにんじんを残すから、ほら、そこで淵の神様が泣いているじゃないか。ちゃんと食べないと大きくなれないぞ。

――シモンは凄いな。シモンの演技を見ていると、まるで自分まで、その舞台の中に迷い込んだような気持ちになれる。みんなもそう言って、シモンのことを絶賛していたよ。

 ぽっかりと胸に穴が空いたようにさえ思われるのは、一体、何故なのだ。

「もう行きな、シモン。お前のこと、待ってる人がいるんだろう」

 穏やかな兄の声が、そっとシモンの背を押した。

「さっきはいじけたことを言ってごめん。でも、――俺はお前のこと、応援するよ」

 神様達もそう言ってる、と、いつもなら続くであろうその言葉は、ついぞ聞こえてこなかった。

 涙を拭ったイサクが、おずおずとシモンに笑いかける。それを見てシモンは、ようやく、己のしたことに気がついた。

 己のために旅立つシモンは、この家にたったひとりで残されるイサクから、彼の家族・・をすべて奪ってしまったのだと。

 

 ***

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