浮気者の噂(解明編①)
「あ、今言ったように結論から申しますと、私にこの心霊写真の真相はわかりません。
ただ推測するだけですので、その点は悪しからず」
画面を木霊木さんに向けスマートホンを持つ小さな手が止まった。
後前さんの言葉は、俺達……もとい、俺の信条とするオカルト研究部の活動理念とよく似ている……いや、全く同じものだった。
超常的な力を持たない俺は、身の回りで起こるオカルティックな出来事に対しその根源を突き詰める事は出来ない。ただ、どうしてそんな事が起こっているのか想像して勝手に納得する事で幕を引くのが常だった。
でも、俺はそれで良いと思っている。
本当に恐ろしい事は、恐れている事の正体がわからない事だ。俺にとっての解決は、問題の解明は『心の安寧を取り戻す』事にある。したらば、沸き起こる怪奇現象を解き明かす事が出来なくても、幽霊を祓う事が出来なくてもゴールにたどり着くまで事が出来るから。
モノローグが長くなってしまった。話を元に戻そう。後前さんの見解に耳を傾ける。
「あ、そう言えば火澄さんの心霊写真の時に私が披露した事を覚えていますか?」
「まぁ、なんとなくな」
「あ、そうですか。木霊木さんもいるので掻い摘んで説明しますと、秋心さんと仲が良い火澄さんに対する他男子生徒達の妬みが生霊として纏わり付いている……と言うのが、その時の私の意見でした」
それは説得力はある見解だった。
現にその後、俺は秋心ファンクラブに拉致されるハメになるし、その以前にも呪いのおまじないを仕込まれたりもしたし。
「って事は、私も誰かに怨まれているって事?」
木霊木さんは惧れを抱きながら声を震わせる。俺も同じ事を考えていた。
しかし、その推理には違和感がある。俺と木霊木さんの間には大きな違いがある。そんなことはお見通しだと、後前さんは彼女の意見を否定する。
「あ、それは違います。火澄さんと違って木霊木さんは人に怨まれるような人ではありませんから」
「俺とは違うってどう言う意味だ」
いや、自分でも思ってたんだよ? 同じ事。でも、人に言われると少なからずショックである。だからとりあえず否定してみた。
ごめん、邪魔したね。どうぞ続けて?
「あ、具体的に言うとですね、木霊木さんは二年生の間でも人気者です。女生徒からの信頼も厚いですし、男子からは言わずもがなです。とても美人さんですし。
あなたの事を悪く言う人を見つける方が難しいんですよ、実際」
「そ、そんな事ないよ」
謙遜でもなんでもなく、彼女は純粋にそれを否定しているのが見て取れる。これもまた、人から『嫌い』を享受しない謂れの一つなんだろう。
「って言うか後前さん、木霊木さんのこと知ってたの?」
「あ、それは勿論。一応新聞部員ですし」
聞くだけ野暮か。何せこの子はこの学園の一大派閥『秋心ファンクラブ』を牛耳る存在である。この高校を影で支配する人物だと言っても過言ではない。
大人しそうな顔をしてとんでもないな。
「私に言わせれば、人に嫉妬を抱かせずにここまで好意だけを纏う事が出来るのは恐ろしいことなんですが……まぁ、その話は置いておきましょう」
そこでひとつ呼吸を置いて後前さんは言の葉を連ねた。
「あ、ここまでの話は理解していただけてますか? 火澄さん」
「言ってる事は分かるけど……なら尚更この写真は説明がつかないだろ?」
誰かの恨みではないのであれば、この人ならざる者の悲しげな表情の正体は何なのだろう。
「全体をよく見てください。火澄さん、あなたはこの写真を見てどう思いますか?」
……何度見ても木霊木さんと幽霊にしか見えないが。
考え込む俺を前に、ポーカーフェイスな彼女は腹の中で呆れているに違いない。
「木霊木さん、となりの人はサッカー部二年の濱田さんですよね?」
「え? う、うんそうだけど……」
「確かチームのエースストライカーで人柄も良く、後輩からの人望も厚い方だと聞いていますが、仲は良いんですか?」
秋心ちゃんや木霊木さんみたいな学内有名人はまだしも、こんな一般男子の事も把握してんのかよ、流石だな。って言うか、俺の事も知ってたくらいだからそんなの当たり前なんだろうね。サッカー部のエース君と俺を見比べた時、絶対俺の方が『誰君?』感は強いもんなぁ……。悔しい!
「よく話しかけてくれるし、仲は良いと思うよ」
「あ、わかった!」
ここに来て名探偵火澄君登場!
「こいつ、木霊木さんのこと好きなんじゃねぇの? つまり、幽霊の正体は木霊木さんに恋い焦がれるこいつに違いない!」
全ての点が線でつながったぜ! 今の俺なら新しい星座も考えつくくらい冴えてるぞ!
「あ、違います」
はい違いましたースーパー火澄君人形没収でーす。……うわ! 弾け飛んだぞ火澄君人形⁉︎ なにこの過激なボッシュート。
「あ、でもすごく惜しいです。私の考えでは、この心霊写真の幽霊……その正体はこの写真に写っている人ですから」
この写真に写っている人物?
「え? まさかそれって……」
写真にはピースサインのサッカー部エースと、隣で物憂げに微笑む少女しか写っていない。
まさか……。
「あ、気付きましたか? この幽霊、多分ですけど木霊木さん自身ですよ。ニアピンです
。火澄さん、ちょっと携帯電話貸してください」
あまりにも当たり前の様に無機質な少女はそう言って、訳もわからず渡した俺のスマートのカメラを俺と木霊木さんに向けた。
「……あ、やっぱり」
後前さんは素っ気なくそう漏らすと、画面をこちらに傾けた。
見慣れた無数の影が俺にまとわりついている他はなにも代わり映えのない写真。
件の写真の様に、木霊木さんの隣に何かおかしなものは写る事はない。
「幽霊の正体は木霊木さん。そして、その原因は……」
木霊木さんは唇を噛んで俯いている。枝垂れた前髪が表情を心無く隠したが、膝の上で握られた拳が小刻みに揺れていた。
「原因は火澄さんなんでしょうね」
後前さんの声はあくまでも平坦だった。
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