浮気者の噂(調査編)


 相も変わらず下手くそな吹奏楽部の管楽器が響いている。グラウンドからは、遠く運動部の掛け声が聞こえていた。

 斜陽の差さない季節の廊下は冷気を足元に侍らせ、俺は木霊木さんと二人、とある場所へ向かっていた。


「本当に心霊写真の原因がわかるの?」


「あぁ……まぁ、多分」


 安堵に近い表情は些か尚早な気もするけれど、言わばその頬の緩みは希望として捉えることにしよう。やっぱ可愛いっすね! オッスオッス‼︎

 似たような出来事が以前俺にも起こったことは記憶に新しい。かつて俺の写る写真と言う写真に怨みがましい顔が写り込んでいた……いや、今もそうかもしんないけど。

 これまでお化けにけちょんけちょんにやられてきた俺ならまだしも、怪奇現象に不慣れな木霊木さんの現在の心的ストレスは計り知れないだろう。


「……新聞部?」


 辿り着いた先に掲げられたプレートを見て、木霊木さんは小さな疑問符を浮流させた。

 その懸念を察して、扉に手をかける前に簡単に叙説をしてみる。


「別にここに心霊写真の原因があるってわけじゃないんだけど、ちょっと知恵を借りたいヤツがいてさ」


 言い終わると同時にノックすると、中から入室を促す声が聞こえた。


「……あ、火澄さんじゃないですか。珍しいですね」


 小綺麗な部室の鍵中心に陣取って、小柄な少女がノートにペンを走らせていた。

 彼女は新聞部一年生、後前のちまえさんである。赤い縁の眼鏡が飴のような光沢を放っているのが印象的だ。あと、なんか喋り方が特徴的で掴み所がない様は、一見して苦手意識を覚えてしまいそうだけれど、なぜか俺はある程度の信頼感を覚えている。


「久し振り。今、ちょっと時間もらえる?」


 他に部員の姿が見えないのは、各々が部活動に勤しみどこかで真倉北まくらきた高校のスクープを探し回っているためだろうか、はたまたただのサボりなのか。安っぽいメタルラックに並んでいるケースはカメラを入れるためのものだろう。その中身が今存在するかどうかはわからない。


「あ、私は全然かまわないんですけど……」


 レンズ越しに視線が木霊木さんを指している。それを察して木霊木さんは口を開いた。


「私は火澄君のクラスメイトの木霊木です」


「あ、私は新聞部一年の後前です。火澄さんとは浅はかならぬ関係です」


「い、言い方に語弊がないかな?」


 間違ってない……のか? この子と特段の関係性があるわけでもないんだけど。


「え⁉︎ ど、どう言うこと?」


 見ろ、木霊木さんが困惑してるだろ。真顔で誤解を招くようなこと言うんじゃない。


「あ、私火澄先輩に秘密を握られてるんです。詳しくは言えないんですが、仮面を付けて縛られたこともありました」


 いかん、信頼してる場合じゃない。自分の身は自分で守らねば。もう俺の周りには敵しかいないんだね。どこのジャングルだよ。


「誤解を産む機械か⁉︎ わざとだよね? 意図的な語弊だよね⁉︎」


 ツッコミが難しい。

 ちょっと待ってよ後前さん。君そんなキャラだったっけ? それに仮面も縛られてたことも俺がやったことじゃないじゃんか⁉︎ 単語だけ並べたら俺、とんでもない変態野郎だろうが!

 秘密ってアレだろ? 秋心ファンクラブの事だろ? それもどっちかって言えば俺は被害者だろうに。


「ひ、火澄君……ちょっと私理解が追いつかないんだけど……」


 俺だって置いてけぼりだよ。後前さん、立ち漕ぎやめろ! 足並み揃えてくれ、一緒にゴールしようっつったじゃん‼︎


「いやいやいや、本気にしなくて良いからね⁉︎ 後前さんも適当な事ばっかり言わんといて!」


 両手で口元を覆い絶句する木霊木さんを宥めつつ相変わらず無表情な後前さんに釘を刺した。

 彼女は瀬戸物のような顔で俺をジーっと見つめている。


「あ、すみません。気にしないでください。最近ちょっとスクープが無くてイライラしてたんです」


 その苛立ちを俺にぶつけるな。

 平和を愛せよ。良いじゃんか、何も起きなくても。宇宙ってそんな感じでしょ?


「あ、でもアレですね。今、学園で渦中にある火澄さんが女連れで放課後デートとなると、これは立派なスクープですよね。

 明日の一面の見出しが決まりました。『色男、火澄。刺殺体で発見』です」


 え……? 何それ笑えないんだけど。


「は、早くない⁉︎ 俺の死への過程が駆け足すぎないかな? 起承転結成り立ってないよ! 起からの死の展開は唐突すぎる!」


「あ、犯人を見つけ出すのは私達新聞部の役目なので安心してください。

 いったい何心なにうらさんが犯人なんだ……⁉︎」


「答え出てんじゃん‼︎」


 現行犯ですらない……。未来殺人ですら犯人像がくっきりし過ぎだろ。そして俺も否定できないから困る。


「べ、別に放課後デートとかじゃなくて……」


 木霊木さんが両手と首をブンブン横に振って否定していた。

 なんだろこの感じ……懐かしい気がする。

 もうあの頃に帰れないんだなぁ。あ、死んじゃうかもって意味でね。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ、なるほど。確かに顔に見えますね」


 そうだった、危うく本題を忘れるところだった。

 俺達は何もこの下級生に弄ばれるためにここに足を運んだわけじゃない。俺、変態じゃないもん。

 彼女の心霊写真について助言を乞いたくてやって来たのである。


「あ、でもどうして新聞部に? オカルトに関してなら火澄さんの方が専売でしょう?」


 残念ながら俺にそんな専門的知識はない、恥ずかしい話だけど。俺の心霊知識は人並み以下だぜ‼︎


「いつかの心霊写真騒動の時に力添えしてもらったから、今回も何かわかると思って」


 後前さんは『あ、そうですか』と素っ気なく答えて画面にまた視線を戻した。

 落ち着かない様子の木霊木さんは額に縦線を蘇らせて彼女の表情を伺っている。


「まぁ、こんな子だけど心配しなくて良いよ。考えてる事はよくわかんないけど根は良い子だから」


 心弛びを誘ってそう微笑んでみる。木霊木さんも力無い笑顔で応えて見せた。


「うん。火澄君が言うんだから、心配してないよ」


 あ、惚れそう。秋心ちゃんいなかったら抱きついてるわこれ。すげぇな、犯罪抑止力にもなるんだね秋心ちゃん。やっぱり人間は暴力と恐怖で支配するに限るよね。

 俺、好きな子のことこんな風に思っちゃって良いの? 良いわけないよね。言い訳しないよ。


「あ、火澄さん私の事をそんなふうに思っていたんですか?」


 思わぬ方向から弓矢が飛んできた。


「げ……ま、まぁそうだね」


 気を悪くしたのだろうか。何時もの人形みたいに変化しない表情からは伺い知ることは出来ない。

 何を考えているのかわからない点では秋心ちゃんと同じだけど、その根本は真逆の二人。最近では同じクラスの友達として仲良くやっているようだけど、俺だったらこの二人が一緒にいるところに混じっていく勇気は無いな。


「あ、火澄さん。ずっと思っていたんですけど、あなたは人の考えや思っている事を想像する力が欠如しているんだと思います。

 ご自身が気付いているのかどうかはわかりませんけれど」


 二本目の弓矢も見事グサリ。


「自覚はない……けど」


 そもそも、この子の考えている事を察する事が出来る人間なんているんだろうか。いたら連れてきてくれ、通訳として雇うから。


「あ、私のことじゃないですよ。例えば秋心さんの事とか……あとは、お隣にいる木霊木さんの事だとか」


 木霊木さんが驚いたように顔を上げた。

 同調して俺も言葉を発する。


「どういう事だ?」


 後前さんは木霊木さんのスマートホンを手に、淡白な眼差しを俺達に交互に投げながら言った。


「その力があれば、答えがわからなくてもこの心霊写真の真相を『想像』する事は難しくない……と、そういう事ですよ」

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