二人の初めての噂(解明編)
なぜ幽霊探しをしたくないのかって聞かれたら、その回答はとても難しい。
俺はビビリなのである。……めっちゃ端的に説明できてしまった。どうしよう。
ところで皆お化けトンネルや人が死んだ噂のある廃墟に行きたがるのか、その理由は簡単だ。
幽霊なんて信じていないからに違いない。
無理もない。ほとんどの人がそんなもの見たことないし、実際に出くわした事なんてないんだから。不可思議な出来事なんて起こるはずがないとタカをくくっているんだから。
では俺はどうなのか? そんな奴らとは違うのか?
答えはイエスだ。
この世にはどうしようもないことが沢山あって、理屈じゃないことに溢れているなんていわば常識なのだ。
この一年で嫌という程体験した超常現象が、俺を臆病にしてオカルトから遠ざけている。
俺に言わせれば心霊スポットに行こうだなんて、ライオンの檻に入れと言われているようなものなのだ。
それに起因して、トンネルに行きたくない理由がもうひとつ。例えばそこに俺が赴いて本当に幽霊に襲われたとして、我が身を守る術が無いことだ。
つい先日までは共にオカルトをつついて蛇を出していた人物ーー先代部長の事なんだけどーーが、今はもういない。こんな言い方をすると寂しい別れを想像させてしまうかもしれないけれど、別にそうじゃ無い。
その人はめでたく我が真倉北高校を卒業して行った、それだけの話である。
破天荒なその人と別れて平穏を手に入れたと小躍りをしていたのも束の間、まさかオカルトにポジティブな新入部員がやってくるとは思いもしなかったなぁ……。
話を戻そう。
『幽霊を信じますか?』
つい先程喉をついた当たり前の問いかけは、当たり前の答えで採点されるのだから、困ったものである。
俺一人に降りかかる不可思議なら、まぁ別にどうとでもなる。しかし、今回は……もしかしたら、これからはそうじゃ無い。
例え失礼な物言いをされようとも、守らなければいけない事態が訪れた。
つまり、初めてできた後輩を放っておくことなんて出来るはずはないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昨晩妹から聞いておいてよかった。
件のトンネルはこの田舎町の中心からは些か離れた所に大きく口を開けて待っていた。
鬱蒼と茂る雑草達は生命を司ることもなく、僅かばかり不気味な雰囲気を助長している。暖かいはずのオレンジの斜陽も、うら寂しさを演出していた。
「あきう……」
トンネルの入り口で彼女の後ろ姿を捉える。
彼女を挟んで2つの影が、俺の言葉に気付かずに何やら愉快そうに笑いを浮かべていた。
「君も幽霊見に来たの? 俺達もそうなんだけど、そんなのガセネタだったよ」
「だからさ、今から遊びに行かない?」
……絶賛ナンパされていた。
ほらー見ろー! 心霊スポットにはヤンキーがいるっていったじゃーん! 俺の言った通りじゃーん‼︎
だから言わんこっちゃない。こんな所来たってろくなことないんだから。
これどうしたもんかね? 割って入るのは不粋なんだろうか……。あんな見た目の秋心さんなんだから、ナンパくらいされても不思議ではない。問題は彼女がこの状況をどう考えているかだ。
正直どんな形であれ異性に言い寄られるのは嫌な気持ちがしないものである。彼女も例には漏れないとか考えていた。
……え? 俺? 無いよそんな経験。良いじゃねぇか、憶測でものを言ったって。俺にだって妄想する権利くらいあるだろ。
「幽霊がいないのに、あなた達みたいな不快な連中はいるんですね、残念です。あたしにしてみれば幽霊の方がよっぽど有益なんですが。
邪魔だから今すぐ消えてください」
あぁそうだ、この子こんな子だった。
「……いやいや、そんな言い方は無いんじゃねぇの? ちょっとこれ、頭に来るなぁ」
仰る通りである。
通りがかりの俺からしても過失割合は目に見えて我が後輩にある。世間的に見れば責められるべきは彼女なのは明らかだ。
でもまぁ、俺は特別である。何故なら、彼女の先輩様なんだから。
「あのー……すんません。うちのツレが迷惑かけてるみたいで」
不穏な空気を払拭すべく言葉を挟んでみる。なに、いざとなったら財布を差し出せば良いだけだ。安いもんだよ。俺、今十八円しか持ってないし。
ほ、ホントに安い!
「何ですか? 気安く話しかけないでください。あなたが一番不快です」
助け舟を出したつもりが砲撃をくらった。撃沈である。
いやいや、俺ピンチに颯爽と現れたヒーローを気取ってたつもりなんだけど? なんで守るべきものから背中を撃たれにゃならんのだ。
どんなダークヒーローだよ。
「誰? あんた。俺等この子と話ししてんだけど……」
男が俺を睨む。
うひゃー! やんちゃが過ぎる! 帰りたい!
「あたしはあなた達とも話をしてるつもりはありませんが」
敵味方関係なく襲ってるぞ、この子。バーサーカー状態じゃねぇか。
火に油どころか、ガソリンぶっかける後輩秋心。危なっかしい……って言うか危険である。
「あーぁ、せっかく可愛いから優しく声かけてやってんだけどな」
「ちょっとわからせる必要あるよな。お兄さん、この子の知り合いかもしれないけどさ、ちょっと外してくんない?」
……あぁ、やっぱりこうなった。始まってしまった。
恐れていたわけじゃない。だって絶対にこうなるのだとわかっていたんだから。絶対に訪れる不幸は不安がる余地がない。
秋心さんの無闇矢鱈に火種をばらまく行為。それは肯定できるものでは無い。彼女の無礼は許されるものでは無い。これから酷い目に遭おうとも身から出た錆、自業自得だ。
「ほら、怒ってるからちゃんと謝んないと」
「そのつもりは、ありません」
頑なだ。
なにが君をそうさせる? まぁ、聞かなくてもわかるけど。彼女の特異な存在感、生まれ持った美貌でこれまでどんな目で見られてきたか、どんな声をかけられてきたかは想像に難く無い。
「いや、謝るべきだ」
ここで引き下がるわけにはいかなかった。
鋭い目で睨まれたって。口の端を強く結ばれたってたじろぐわけにはいかなかった。
俺は先輩として可愛い後輩を導く義務がある。誤った認識を正し、矯正すべき義務がある。
「いいか? 一応世界にはして良い事と悪い事ってのがあるんだよ。
それが君にはまだわらかないかもしれない。でも、君はすべきではなかった。ここに来るべきではなかった」
夕日が影を長く伸ばす。
沈黙の中、ギラギラ光る目が俺を刺している。
「まぁ、今更謝っても遅いんだけどさぁ」
せせら笑う男達に秋心の苛立ちは目に見えて尖っていた。
その角を削るつもりはない。何を勘違いしてんだ、俺の方が笑えてくるぜ。
溜息を噛み潰して俺は言葉を返す。
「別に対してあんた達に謝らせるつもりはないさ。
俺が言ってんのは……」
指差した先にいるのは後輩秋心……その先。
「後ろのそいつに謝れっつってんだよ、秋心ちゃん」
真っ黒い影はトンネルの奥深くから伸びていて、その姿は遥か暗闇よりも黒く、濃く、重たい人型は手に持った鈍色の何かを振り上げ彼女達のすぐ後ろにいた。
「うわぁぁぁぁぁ‼︎」
男のうち一人が低い金切り声を上げた。片割れはそのツレを置いて走り出す。
「っ⁉︎」
呆気にとられていたのか、足がすくんでいたのか……まさか見惚れていたのかわからないが、ただ呆然と立ち尽くす秋心後輩の手を掴み走り出す。
火照った手の平は力強く俺の指を握り返していた。
甘いんだよ、オカルトは……怪異はそんなに軽々しく触れて良いもんじゃない。
秋心、君は甘い。
オカルトが孕むものをわかっていない。オカルトに潜むものをわかっていない。
オカルトは何かを与えることなんてなくて、俺達から何かを奪っていくだけだなんて思ってもいない。
甘いんだよ、秋心。甘ちゃんだ。
引きずるつもりで走っていたけれど、気が付くと彼女の足音は聞こえなくなっていた。
俺の足音だけが背後のトンネルから響いている気がした。
おわり
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