二人の初めての噂(調査編)
この子が入部して僅か一日と二十分足らずで既に居心地が悪い。ついでに言うと部室の空気も悪い。大気が汚染されている。
酸素が足りんぞ、何やってんだ地球! 環境どうにかしろ先進国ども!
「今日はオカルト研究しないんですか?」
温室効果ガスならぬ、怨執効果ガスを振り撒きながら秋心女史は言う。話は踵を返していた。つまりは自己紹介など不要だという意味らしい。
そんな怪奇探索に行きたいの? なんだろう、この子よっぽど幽霊やらオカルトが好きなのかね? 変わりもんだなぁ……前評判どおりだよ。
黙ってりゃ、ただの……いや、類を見ない美少女であるがだけに、口を開く習性がある事が悔やまれる。雉も鳴かずば撃たれまい、
なんかもう俺この子に苦手意識があんだけど。いくら可愛くても勘弁願いたくもなるぜ。精神HPがもたないよ。
「まぁそのなんだ……これまでたくさん事件を解決しちゃってるから、今はめぼしい怪奇現象がないんだよ」
半分本当で半分嘘である。
真である点はたくさん事件を解決しているということ(勿論、そのほとんどが俺の手柄によるところではない)。そして偽である点はと言えば、いくら解決しようともオカルトは掃いて捨てるほどあって、一向になくならないということだ。
「あきう……君はどうしてオカルト研究なんかしたいの?」
つい今し方まで呼び方で咎められていた事を思い出し言葉を呑む。また睨まれたら火澄君は泣いてしまうのでグッと言葉を飲み込んだ。
……あ、今こいつニヤッとしたぞ。単純に俺を困らせて楽しんでいるだけじゃなかろうか?
「オカルト研究部だからですけど?」
なんだその答え。ニワトリが先か卵が先かみたいな論理である。
こちとら一年もオカルト探しをしているが、怪奇を待ち侘びた事なんてないんだよね……はい論破!
まぁ、口に出せなきゃ論破出来ないんだけど。この新米部員に対してそんな事言えない俺が部長です。
「身近に潜む噂や謎を追求し解明。そして人々に安寧な生活を取り戻すのが、我々真倉北高等学校オカルト研究部の使命なんでしょう?」
そうなの?
俺初耳なんだけど……。
「……昨日、火澄先輩がそう言ったんじゃないですか」
やべ、そうだったかもしれん。
適当なこと言うもんじゃないね。
このけったいな部活の活動理念なんてあってないようなもんだ。そもそも部活じゃ無いし。空き教室を勝手に占拠して貴重な放課後と青春を費消している俺にとって、そんなたいそうなものは似つかわしく無い。
そして、そんなオカルト研究部ならぬ浪費部に片足を突っ込んだ後輩秋心はもう片方の足を沼に進ませながら言う。
「あたしの中学校の近くに幽霊が出ると噂のトンネルがあるんです。試しに行ってみませんか?」
昨日妹が言っていたヤツだ。
やだなぁ……心霊スポットって、得てしてヤンキーがいるんだよ。学校の近くなら尚更だ。
俺は幽霊と不良が嫌いなんだよ。
そんな心の呟きを無視して彼女は続けた。
「あたし化野中学校の出身なんですが、そのトンネルには刃物を持った幽霊が現れて追いかけられる……なんて噂があるんです。
傷を負ったり被害にあった生徒がいたという話は聞きませんが、現にその姿を見たなんて話も聞いていましたし……その真偽を調べるにはおあつらえ向きじゃありませんか?」
流石は地元民。妹の伝聞によるフワッとした情報よりも重みがある。
つーか、そんなとこに誘おうとしてたのか妹の隣の席の男、ぶっ殺すぞ。俺の妹にかすり傷ひとつでもつけてみろ……兄パンチをお見舞いしてやる。
まぁ、そんな危険極まりない場所に嬉々として向かう人間の顔を見てみたいって話だよ。
あ、いた。目の前にいたよ、そんなやつ。
何考えてんだ……家帰って寝ろ。俺もめっちゃ眠い。
ここでひとつ、俺にとってはなんてことのない疑問をぶつけてみた。
「君はさぁ、その……幽霊とか信じてるの?」
この言葉はオカルトを扱う者であれば誰しも思い浮かぶ問い掛けだ。そして、オカルトを扱う者なら誰しもがぶつけられる問いかけでもある。
つまり、俺にとっては当たり前の質問なのだ。
しかし、この当然の言の葉に彼女を取り巻く空気は確かに変わった。
「……どう言う意味ですか?」
落ち着いた……と言うよりも冷ややかな声色に少しだけ戸惑う。攻撃的ではない物言いは、その敵意をより色濃く縁取っているように見えた。
「先輩はどういう意図を持ってそんなことを聞くんですか」
これが初めて彼女の感情を見る瞬間だったのかもしれない。
怒りなのか、悲しみなのかわからない言葉にできない感情。それは感情としてとても正しいものなのだと思う。
感情なんて、言葉で言い表せないものこそが純粋なのだから。
意外な反応に答えあぐねていると、彼女は耐えかねたかのようにこう続けた。
「よく分かりました、一目見た時からやる気がない人だと思ってはいましたが、そこまで消極的ならもういいです」
彼女は鞄を乱暴に掴むと、俺に背を向け部室の出口に手を掛ける。
「……あたしひとりで行きます」
乾燥した扉の音だけが教室に響いた。
「……馬鹿みたい」
彼女のその言葉だけを残して。
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