二人の初めての噂

二人の初めての噂(提起編)


「お兄ちゃんさー、真倉北まくらきた高校の新入生に秋心あきうらさんって女の子いる?」


 夕食を終えた火澄ひずみ家団欒の時。チャンネル争いを制した妹がテレビから視線を外さずに語りかけてきた。ちなみにその戦いの敗者は俺である……言わずもがな。

 全く、勝利ってやつを知りたいぜ。


「え……なんで?」


 耳にしたその名前は、まさに今日我が真倉北高等学校オカルト研究部の門をくぐった女子生徒のそれと同じものだ。

 思いがけないところで飛び出た言葉に、なんとなくドキリとした。


「なんかさー、化野あだしの中学の人が話してたんだ。その子すっごい美人で、だけどちょっと変わってるんだって」


 ……あの子のことだろな。

 たった二つのヒントだけでピンと来ちゃったよ。きっと秋心さんのタグはそんな言葉で埋まってんだろうなぁ。


「そんな有名なの? その秋心って子は」


「うん、男子が盛り上がってたよ」


 リモコンを握りしめたままの妹の目の前で、彼女の携帯が振動した。妹はと言うとテレビに夢中で意に介していないようである。

 ところで秋心さんの話は置いておいて、ひとつ気になる点ができた。

 兄としてひとつ確認しておかねばなるまい。


「……え、お前男友達できたの?」


「そりゃできるよ。隣の席になった人とかよく喋る。

 面白いんだよ、化野中学って学校の近くに心霊スポットがあるんだってー」


 むむむ、聞き捨てならない台詞が聞こえてきたぞ……。

 もしかして今の携帯の着信も男から⁉︎


「心霊スポット? ……まさかお前、一緒に行く約束とかしてないよな?」


「してないよー、誘われはしたけど断った。

 なんか幽霊が出るんだってー。怖いじゃん」


 正解だ。我が妹ながら賢い判断だよ。

 よし、そんな聡明な妹君に勇壮な兄から更なるアドバイスをしてあげよう。


「その男子とはもう喋らない方が良いぞ」


「なんでー?」


「だってお前、女の子を心霊スポットに誘うとか下心しかねぇだろそいつ。そんなやつと仲良くすんな。

 いいか? 二人でそんなとこ行ってみろ。絶対付き合うことになるんだから。吊り橋効果ってのがあってだな……」


 恐怖によるドキドキを恋愛によるそれだと勘違いしてしまうって言う話だ。有名な話だけど、そんなことも知らんのかこの妹は。

 いつまでたっても子供だなぁ。件の秋心さんとは大違いだよ。あちらさんは中学卒業後も噂されるくらいモテモテ女子なのに、まるで同い年だとは思えん。

 そんな幼気な妹に悪い虫がつかないように俺が目を光らせておかなければ……。蚊取り線香でも薫いとこう。


「その理屈で言えばお兄ちゃんも彼女の一人や二人できてるはずだよね?

 オカルト研究部なんだし」


 ……なに痛いとこ突いてんだお前。それは反則だろ、激痛のツボを突くんじゃない。

 けむをまいて自室に逃げ込む。

 妹に馬鹿にされて、俺は少しだけ泣いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「今日からよろしくお願いします、火澄先輩」


 翌日の放課後。

 秋心さんはオカ研部室を訪れた。いやまぁそりゃそうか。昨日入部するって言ってたんだし。

 どこまで本気だったのかは知らんが、どうやら本気だったと言うことがわかった。


「あぁえーと……よろしくです」


 気不味いというかなんというか、どう接して良いかわからん。

 この秋心と言う少女、妹も話していた通りとんでもない美人である。同級生だった男達が話題にするのも頷けまくる。クラスにこんな子がいたら勉強どころじゃないだろ、正直羨ましい。

 そして、そんな彼女と今俺は放課後の空き教室で二人きりなのである。流石の火澄君も身の置き方に困るってもんだよね。


「……あの、今日は何をするんですか?」


 声も可愛いなぁ……透き通ってるよ声が。

 神様ってのは不公平だよね。ありったけの美だとか可愛らしさをこの子に詰め込んで、まったく何がしたいんだ神様ってのは……。

 グッジョブ‼︎


「そうさなぁ……。

 とりあえず今日はお互いの事を知る為に自己紹介でもしない?」


 我ながらナイスなアイデアである。

 いや、全然いやらしい気持ちは無いよ? ホントだよ?

 だって仲良くしてた方が部活動の効率も上がるじゃん? ちゃんと考えてるんだって俺も。いやー先輩してるね、火澄先輩。


「自己紹介なら昨日したじゃないですか?

 ……え、まさか先輩あたしの話を聞いてなかったんですか? それとも頭が絶望的に悪くて記憶出来てないという事でしょうか。

 前者なら殺します。

 後者なら死んだ方が良いです」


 ……え?

 いや待て待て、聞き間違いかもしれん。流石に出会って二日目の相手--ましてや先輩--にそんな失礼な事言わないよね? あぁ、俺緊張してんだろうな。うんそうだ、きっとそうだ。


「あたしの名前は秋心です。三度目はありませんよ。ちゃんと覚えておいて下さい、命って大事なんですから。

 たとえ先輩の命でも」


 あ、これ聞き間違いじゃないや。意図的なやつだこの暴言。

 そうだよ、うちの妹言ってたじゃん。『凄く綺麗で』って。

 ……ちょっとどころじゃなくない?


「名前は覚えてんだけど……ほら、もっとお互いの事を知っておいた方が今後の部活がやりやすくない?」


「今後先輩にとってこの部活がやりやすくなることなんてないと思うんですけど?」


 とんでもないこと言ってるこの人。

 真顔だ、この子マジだ。

 マジのやばい人だ。


「だって先輩、あたし秋心ですよ?

 昨日も言ったじゃないですか、『新入生一の嫌われ者』だって。その覚悟あってあたしの入部を認めたんですよね?」


 細かい話をすると別に認めてない。断る理由もないと思ったから何も言わなかったけど……。

 今からお断りしても良い?


「秋心さんはその……あんま遠慮とかしないんだね」


 野球部の勧誘にもズッパリ意見してたし、もともとこういう性格の子なんだろう。

 いや、少なくともあの時は暴言は吐いてなかったっけ? なんで俺にはこんな感じなの? もしかして悪いのって俺なの? って言うか『悪』って何? 『正義』って何……?


「先輩、その『秋心さん』って言うのはやめてください。あたし後輩なんですからもっとフランクに接してもらって良いですよ」


 君のフランクは度を超してる気もするけど。

 別に敬意を払えと言うつもりはないが、蔑んで良いとも言ってないんだよなぁ……。


「じゃ、じゃあ秋心はさぁ……」


「何呼び捨てにしてるんですか。流石のあたしでも怒りますよ」


 超えちゃいけない一線がわからん。

 むしろ今までは怒ってなかったんか。既に恐ろしいのに怒ったらどんだけ怖いんだろうこの後輩。


「……それなら君の下の名前教えてくれる?」


「まさか名前で呼ぶつもりですか?

 セクハラです。公安に言いつけますからね!」


 公安て……どれだけの重罪なんだ、名前を呼ぶことが。

 ちなみに公安が何をするところなのかはよく知らん。警察の凄いやつくらいの認識である。怪獣と戦ったりするんだっけ?


 ……って言うか、じゃあ俺は君をなんと呼べば良いんだ?

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