先代部長と秋合宿の噂(解明編)
「ちょっと待って先輩。俺の部屋……あれどう言う事っすか」
ロッジに戻り、時間を忘れてどうでも良い話(主に俺の悪口……やっぱどうでも良くは無いな)をしているうちに夜は更けて行った。今はそろそろ寝ようか布団の準備をしているところである。
リビング? に女性陣は寝るとの事で、奥の部屋をあてがわれた唯一の男……つまり俺にはひとつの不満があった。
「なんや? こないだ一緒の部屋やったのが嫌って言うから今回は別々にしたんやろ。まだなんか文句あるんか?」
溜息を吐きながら雪鳴先輩はこちらを睨む。風呂で酔いもすっかり冷めた彼女はいつもの恐ろしい彼女だ。
物怖じくらいするよ? だって俺、生き物だもん。でも、今回はこの不満を口にせねばなるまい。
「いや……俺の部屋めちゃくちゃ寒いんすけど」
山の夜は寒い。今日何度か聞いた話だからそれくらい理解してるつもりだ。
それにしたって、この部屋と俺の部屋では室内温度が10℃くらい違う……いや、冗談抜きで。夕方までは全く気が付かなかった。
夜も更けた今、あの部屋はTシャツ装備のみの俺には凍え死ぬには十分すぎる環境が整っている。
「そうなん? エアコンないん?」
無い。何故かこの部屋にはあるが。イジメか?
「そっか……短い付き合いやったな」
あれ……解決策は提案してくれないの? 死ぬ前提っておかしくね?
「なんなん? この部屋で一緒に寝たいんか? なら素直にそう言えや、雪鳴先輩と同じ部屋で寝たいですって」
違いは無いけど全然違う。誠に遺憾である。
でも、聞き入れてくれるなら是非お願いしたい。
「あっきーが良いならうちは別に構わんのやけど……」
秋心ちゃんが許すわけないだろ。つまり遠回りな拒否って事じゃねぇか。
……って言うか、秋心ちゃんもう寝てるし。早くね? さっきまで俺の内臓をどうとか言ってたじゃん? 皮膚の裏側がどうとか言ってたじゃん?
よく安眠できるな……どんな睡眠導入法だよ。
「ん……もっと強く叩いて……」
なんか変な寝言言ってる。
これ、聞いちゃいけないやつじゃない?
「そんなんじゃ火澄先輩の肉は裂けません……」
「叩かれてんの俺かよ⁉︎」
そんで誰に叩かせてんだ、凄え気になる。
どんな状況だ君の夢の中……。
「火澄」
ちょっと待ってくれ先輩。この夢の続きを知る権利が俺にはある! だって殴られてるの俺だし‼︎
「良いから、後ろ見てみ」
邪魔しないでくれ! あぁ、秋心ちゃんの恍惚とした表情……。
……後ろ? って言うか、なんだその真面目な口振り。嫌な予感しかしないんだけど。
生唾を飲み込み背後の窓に目をやる。
カーテン越しに、暗闇が広がる筈の山の嶺には……。
「……マジっすか?」
巨大な光が浮かんでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……先輩、寒いっす」
光を追ってロッジを飛び出した俺と雪鳴先輩。
光源があった方向へ歩を進める最中、こびりつく冷気に二の腕をさすることしか出来ない。
「なら走るか?」
「……我慢します」
一歩先も見えない山道。ここをがむしゃらに走るのなんて忍者じゃなきゃ無理だろ。んなことしたら凍死より先に別の死が待っている。
闇の中、姿の見えない先輩の声を頼りに恐る恐る歩くのだけで精一杯だ。懐中電灯のひとつでもあればよかったのに。
秋心ちゃんを連れて来なくて正解だった。彼女が鈍臭いとかそんなことは無いけど、この危険な道のりを彼女に歩かせるのは気がひける……って言うか、起こそうとしたらめっちゃ良い蹴りを貰ってしまったから諦めただけだけど。
鳩尾を蹴られて俺、ちょっと泣いちゃったし。
どんな寝相だよ。
「確かこの方向やった筈やけどなぁ」
光る物体はもうその姿を眩ませている。
雪鳴先輩の野生の勘を信じてひたすら歩いて入るけれど、果たして辿り着けるものなのか。
「あれって、やっぱりUFOなんですかね?」
「どうやろなぁ。そうやったらえぇなぁ」
あれだけ眩く光っていた筈なのに、それを探すのは俺たち二人だけ。それが多少の不安ではある。みんな寝てんのかな? 気が付いたら探しに行くはずだろ。
見間違いでは無いと思うが、いくらなんでも不自然だ。
草陰が大きく揺れた。
雪鳴先輩が立ち止まる。刹那に緊張感が頬を伝った。
「……こんにちは」
現れたのは若い女性だった。
その違和感に俺は声を詰まらせる。雪鳴先輩は毅然と言葉を返した。
「こんなところで何してるんですか?」
「何を……と言うわけではないんですが……」
困ったように笑う女性。
「人を探しています」
その答えの割に落ち着き払った様子が側から見て異様だ。笑ってる場合か? 誰かいなくなって捜索してるなら、もっと焦りを見せてもいいだろ。
そんな違和感を感じ取ってか、雪鳴先輩はまたはっきりと言葉を返す。
「ひとりで?」
先輩も気付いている筈だ……おかしい、この人、あまりに不自然過ぎる。
「いえ、他の人とははぐれてしまいました。もう帰りますから、あなた達ももう戻った方が良いですね。
危ないですよ」
そう言うと、唐突に彼女は踵を返して去って行った。
その姿が見えなくなるのを待ち、小声で先輩に話しかける。
「……あの人、人間じゃないっすよね」
「流石に火澄でも気付いたか。おかしかったもんな、色々と」
帰ろう、と先輩は元来た道を歩き出した。
今の出来事の真実を知りたくて、言葉少ない雪鳴先輩にまた声をかける。
「あれは宇宙人ですか?」
「わからん。
あんたは何で人間やないと思ったんや?」
雪鳴さんは歩みを止めずに、森の中に声だけを響かせた。
「だっておかしいじゃないですか。はぐれたって言ってましたけど、こんな山の中に女の人ひとりって。
それに……」
草を掻き分ける音を追って土を踏む。
俺の一番の違和感を彼女に投げかけた。
「あの人、ノースリーブでしたよ」
夜になり、この山の寒さは俺が一番体感しているところだ。
着の身着のまま連行された俺ならまだしも、キャンプ場の利用者がそんな薄着で夜に出歩くとは考えられない。まして若い女性だ。雑木林に踏み入るのにあのミニスカートはおかし過ぎる。
「んー……60点やな」
先輩の採点はギリギリ及第点といったところか。
シビアな判定に驚きつつ、その理由を問い詰める。
「他にもおかしな所がありましたか?」
「あったやろ。あの人、歩くときに全く音がせんかったやんか」
……言われてみれば。
今耳を突くガサガサと草木の擦れる音。あの女性音もなく去って行った。そんなこと、人間にできるはずもない。
「あともう一個」
遠く見えたロッジの光に胸を撫で下ろしているところに雪鳴先輩は立ち止まり言葉を足す。
「あんた、なんであの人の服装わかったん?」
一瞬、その問いの意味がわからなかった。
しかし仄かに映る先輩の姿を見て納得がいった。
あの暗闇の中で出会った人物の造形など、目に見えるわけがないのだ。
すぐ目の前にいたはずの先輩の姿さえただの黒い影だった。それなのに、あの人物についてははっきりと覚えている。
よく考えてみれば、それは明白で簡単な間違い探しだった。
「火澄、あんた幽霊に慣れすぎや」
雪鳴先輩は笑いながらまた歩き出した。
確かに先輩の言うとおりなのかもしれない。これは人ならざる者に僅かばかり耐性のある俺だからこその見落としだったのだろう。
しかし、と言う事は……だ。
「……あれ、幽霊だったって事ですか?」
UFOの目撃例の多い土地、直前に見た眩い光の物体……先入観から宇宙人のお出ましとばかり思っていたが……。
「わからんけど、一応確かめる方法はあるよ」
ロッジの前でオロオロと落ち着きのない秋心ちゃんの姿が見えた。
目が覚めて俺達の姿がなかったから慌てているらしい。
先輩の答えよりも、秋心ちゃんにどう説明すべきか、置いて行ったことをどう謝るべきかを考え始めていた。
「このキャンプ場で過去に……もしくは今日、死んだ若い女の人がおったら多分それはあの人なんやろうな」
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